第46話:人の壁

 国境の拠点に着いて最初に気付いたこと。いや、ここに向かっている時から既に気付いていたことだったが、ゴンド側からの物流量は想像以上に多かった。


「さっきから見てりゃ、引っ切り無しか……」


 ヒルもすれ違う馬車の量に違和感を感じていた。


 この石壁の向こう側は、きっと異常な状態にある。


「おい、貴様ら! さっさとしろ!!」


 青年兵士の怒鳴り声に、ヒルは舌打ちすると、


「ヘイヘイ、只今!」


 ヒルが荒い口調で答え、二人で青年兵士の荷物を抱えて城塞の中に入って行く。


■■■■■■■■■■


 国境警備隊の隊長に先導され、石段を登った先で見た光景の異常さに言葉を失う。


「こんなことって……」


 ゴンド側の壁の向こうには、数万もの難民が押し寄せ、辺りを埋め尽くしていた。さらに、ゴンドの方からは、未だに細く長い列がこの国境を目指して続いている。


「いつからこんなことに?」

「帝国が侵攻を始めた当初は数十人程度だったのですが、遠征軍が国境を抜けて以降、日々、増え続けまして」


 隊長の困惑した表情に、彼もこの状況に相当の苦労があったことがうかがえる。


「す、すぐに城門の開放を……」

「それはなりません」


 いつの間にか私の後ろに現れた青年に、私の指示を否定される。


「あ、あなたは?」

「申し遅れました。私、騎士見習いをしております。ラウ・ブルームにございます」


 兵士姿の青年は、深々とお辞儀をしてくる。しかし、彼の名乗った名前には聞き覚えがあった。


「ブルームって……」

「はい。ブルーム家の者です。ハル・ブルームは、私の父です」


 貴族派筆頭の息子? 何故、そんな青年が私に着いて来るのか? そんな疑問が頭に浮ぶが、まずは彼に聞かなければならないことがある。


「……何故、開城を止めるのですか?」

「こんなに多くの難民を受け入れれば、我が国の国力は失われます。人は、食べねば生きられません。彼らを受け入れられるほどの余裕が無いのは、ご存知のはずです」


 彼の言うことは正しい。感情的に彼らを受け入れても、その後に彼らが生き残るための支援をする余裕など、今のこの国にはありはしない。

 言い返すことが出来ずに黙り込む私に、青年はさらに続けた。


「それに、このままの方が都合が良いではないですか」

「……都合が良い?」


 不思議そうにする私をあざ笑うように、青年は呆れたように俯きながら笑う。


「彼らには、帝国の侵攻をせき止める壁になってもらいましょう」

「そ、そんなこと!?」

「いかに帝国とて、民草で塞がれた道を容易には通って来れないでしょう。それに、犠牲は我が国の民ではありません。まさに理想的な人の壁です」

「黙りなさい!」


 思わず出た大声に、ラウ・ブルームはやれやれと肩を落として石段を降っていく。


「だが、貴女は決断出来ない。結局は、同じ道を歩むのです」


 去り際に吐き捨てられた言葉に反抗するように、隊長に国境の開放を命じようとしたのだが、


「――!?」


 何故か声が上手く出せなかった。様子のおかしい私を心配して、隊長が声を掛けてくる。


「どうかされましたか?」

「いっ、いえ。何でも……、ありません」


 結局、私は国境を開く命令を下せないまま、その場に立ち尽くすしかなかった。


■■■■■■■■■■


 青年兵士の部屋に荷物を放り込み、城塞の窓から外の様子を覗うと、ゴンド側の国境には難民が溢れていた。


「おいおい、こりゃ、随分なことになってんじゃねぇか!?」


 ヒルもその光景に驚きを隠せない様子だった。下では商隊が食料品や衣類を持ち寄り、人々が群がっている。


「オエスの街が、あんなに落ち着いていた理由が分かりましたね」

「通りで商人の行き来が激しいわけだ。こんなに近くに商売相手がいりゃなぁ……」


 だが、ずっとこのままではいられないだろう。敵は、すぐそばまで来ているかも知れないのだから。


「しかし、こいつらどうするだ? こんなに多くの人間、この国でやしなえないだろ?」

「だからこそ、彼らはここに留め置かれているんです。それに、彼らで国境をふさいでおけば、少しの間は時間が稼げますから……」


 その言葉に、ヒルは冷たい目を向けてきた。


「まさかお前、王女様にそんな策を?」

「言いませんよ。彼女は受け入れられないでしょうから。それに、この状況が敵の思惑だとしたら……」

「罠だってのか?」


 少なくとも、この状況は敵も予想しているはずだ。ならば、早く手を打たなければあやういのはこちらだ。


「でも、アリサは国境を開く決断を躊躇ためらうでしょう。ヒルさんの言っていた通り、彼らを受け入れる余裕がないことは、彼女が一番分かっているはずですから」

「手詰まりってことかよ!」


 その言葉を聞いて黙っていると、こちらを怪しむような目でヒルが視線を向けてくる。


「お前、何か隠してるだろ?」

「……何がですか?」

「お前が黙り込んじまうときは、大抵、いろんなことを頭ン中でブン回してる時だろうよ?」


 フッと、小さく笑った自分を、やっぱりなぁとヒルは呆れた顔で見てくる。


「別に隠しているわけじゃ無いんですが、既に動いてる人がいると思いますよ」

「いつの間にそんな奴を用意したんだ? それに、そんな大規模な事が出来る奴なんて、たかが知れてるだろ?」


 そう。そんな事が出来る人物はそうそういない。


「ええ。ただ、それが良いこととは限りませんが……」

「はぁ? どういうことだよ?」


 その人物は、恐らく別の目的の為に事を起こしている。だが、それが自分の思惑と共通しているなら、利用させてもらうだけだ。


「いずれにせよ、頑張ってもらいましょう。アリサのに」


 玉座に居座る男のことを思い浮かべながら、自分たちは、次の準備の為に、その場を離れることにしたのだった。

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