第23話:奇妙な依頼主

 貼り紙に書かれた場所は、街の郊外にある広場だった。ヒルと共に指定された場所へ行くと、一人の少年がうずくまっていた。


「……ギルドに依頼を貼ったのは、君かい?」

「……」


 少年に話しかけてみたが、返事がない。

 近づいて彼の肩に手を当ててみると、少年の体は力無く横たわってしまった。


「お、おい!」

「……見せな」


 慌てる自分とは対象的に、ヒルは少年の体を素早く仰向あおむけに寝かせる。


「弱いが、息はある」

「それは?」


 少年の手には、ボロボロの布切れのようなものが握りしめられていた。


「話は後だ。とりあえず、ここから運ぶぞ」


 ヒルが少年の体を抱きかかえ、二人で宿営地まで戻ることにした。


※※※※※※※※※※


 軍の遠征には、医師や料理人、神官までさまざまな職種の人たちが行動を共にしている。倒れた少年を宿営地の救護所まで運び込み、軍医に見てもらった。


過労かろうと栄養不足による衰弱すいじゃくでしょう。しばらく休ませれば大丈夫です」

「話せませんか?」


 軍医は首を横に振る。意識が戻るまで救護所で預かってくれると言われ、少年を任せてその場を後にした。


 彼の握りしめていた布を開いてみると、簡素な地形やマークが書かれている様に見えた。


なんて握りしめて……」

「お前、地図を知ってるのか?」


 ヒルの質問の意味が分からず、思わず聞き返してしまう。


「地図なんて、誰でも知ってるんじゃ……」

精度せいどはどうあれ、そいつは国の重要物だ。そいつの有無で、戦略が大きく変わるような代物だ」


 日本では当たり前に手にすることが出来た地図が貴重なものだと言われ、改めて手にした布切れを見る。


 測量そくりょう技術も未熟で、大まかな内容しか読み取れないが、山脈に連なる山の形が正確に描写され、大体の場所を把握することが出来た。

 山のふもとにいくつかの家のマークが描かれ、その中の一つが丸で囲まれていた。


「……村、ですかね?」

「この丸印の場所に行けってことだろうが、何にしても探ってみよう。この地図も、もう少し見られるように出来るだろ」


 ヒルはふところから出した布にスラスラと地図を書き写すと、宿営地から出ていった。


※※※※※※※※※※


 ヒルをはじめとした冒険者たちには、周辺の探索をお願いしている。


 不慣れな土地で、何の準備も無しに行動を起こすことはできない。アリサも王都を出る前から準備を行っていたようだが、冒険者は自分の知る限り最も優秀なレンジャーとして機能する。格が違うと言って良い。


 ヒルが出ていった後、宿営地に引き入れてしまった少年のことをアリサに報告しなければと、彼女を探す。


 借り受けた議会場の執務室しつむしつに向かうと、疲れた顔をしたアリサが座っていた。


「どうだったんだ、軍議とやらは?」

「聞かないで……」


 彼女の顔色を見れば、上手くいっていないのが直ぐに分かってしまう。


「それで、用事?」

「ああ、実は街で奇妙な子供に会って、こんなものを持っていたんだ」


 布切れに書かれた地図を見せると、アリサはまじまじと描かれた地形を見ていた。


「……よく出来てる。山や峡谷きょうこくの位置関係が、ほとんど正確に印されてる」


 そう言いながら、彼女は執務室しつむしつに置かれていた机に、自分たちが使用している地図を広げはじめた。

 それは、エルド王国全土を描いた地図で、縮尺しゅくしゃくが大きすぎて分かりにくいが、確かに山脈の形がどことなく似ており、峡谷きょうこくの位置やノルの街の位置が酷似こくじしているように見えた。


「……いい、この地図を見たことは口外こうがいしないで。本来、王族や騎士にしか見せられないの」


 それで軍議は、限られた人物しか参加できないのかと納得する。もちろん、それだけが理由ではないだろうが。


 地図では、ノルの東を南北に走る峡谷きょうこくが王国を中央から横断するように伸びており、いくつかの都市や拠点のような場所が印されていた。


「その地図を見ると、北部に点在している村の一つを指しているようだけれど」

「ああ、そこに行ってみようと思うんだけど……」

「それはダメ!!」


 思いがけず大きな声で否定されて、少し驚いてしまう。彼女も自分で出した声に戸惑っている様子だった。


「……小鬼ゴブリンの活動は始まってるの。無闇むやみに出歩かない方がいいわ」

「それなんだけど、アリサ達はどうしようとしてるんだ?」


 彼女は少し暗い表情でうつむくが、再び顔を上げてこちらを見る。


「今、二つの意見があるの。このノルで防備を固めて籠城ろうじょうするか、打って出るか」

優勢ゆうせいは、籠城派か……」


 ノルの街は城塞じょうさい化されていて、しっかりした城壁に囲まれている。北部全域に少ない兵力を分散させて危険にさらすより、ここに兵力を集めて防御にてっするのは正しい。だがそれは、


「そう。でもそれは、ここ以外を切り捨てること。それに、問題もあるの」

「……」


 籠城策で危険なのは、圧倒的な兵力で取り囲まれ補給すら出来なくなること。


「私の援軍えんぐんをお願いしても、すぐには難しいでしょうから」

「……本隊?」

「私の領地は東の、バラクとの国境沿いにあるの」


 ならば、何故。


「何故、ここに本隊を呼ばなかったのか?でしょ。呼ばなかったんじゃない。の」

「呼べなかった?」

「バラクの侵攻に備えるため。今は、彼らを動かすわけに行かないの」


 バラクの侵攻とは、どういうことなのか。

 バラク王国との間には同盟があると聞いたのに。


「侵攻って、バラクとは同盟があるんだろ?」

「……何十年も前の同盟よ。

 ゴンドに王が自らおもむいたのも、自身を人質とするため。誰も……、信頼なんてしていないの」


 三王同盟は、とてもあやういバランスで保たれているらしい。そのバランスが崩れた時、何が起こるのか誰もわからない。


「やめましょう。今は、ここを乗り越えなければ……」

「ああ、そうだな。そう言えば、その地図を持っていた子なんだけど……」


 救護所で預かってもらっている少年のことを、アリサに告げようとした時。


「お嬢!」


 部屋の扉を勢いよく開けてデルトが入ってきた。


「変なガキが、救護所で暴れてやがる!」


 身に覚えの有りすぎる事態に、急ぎアリサと救護所に向かう。

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