第39話:貴族派

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「な、なにかの間違いであろう!?」

「……で、ですが、隣国からの使者や偵察の兵によってもたらされた、確かな知らせです」

「だ、黙れ! 黙れ! 黙れ!」


 明らかに狼狽うろたえる目の前の男は、報告に来た兵士に怒鳴り散らしていた。こんな者に、王たる度量も覚悟もありはしない。


 この男のために、どれだけの血が流れてしまったのか。そんなことばかりに思考が向いてしまっていたときだ。


「ア、アリサ! 軍をひきいて、直ちに国境線を防衛しろ!」

「お言葉ですが、私の軍は近くにおりません」

「だ、だったら、お前だけでも国境の防衛を指揮して来い! あそこには国境守備隊がいただろがぁ!」

「……同盟国相手に、形式的に置いている隊のことでしょうか? ご命令とあれば、すぐにでも……」


 この男は、目の前の私が隣国バラクとの交渉の鍵だと言うことさえも忘れてしまっているようだ。


 財力で圧倒されるバラク王国を頼ることも出来ず、軍事力で圧倒されていたゴンド王国を破った帝国を相手にする。もはや、この国の運命は風前のともしびのように思えた。


 そんな自暴自棄じぼうじきと、見るに堪えない男の姿に出た言葉だった。


「め、命令だ! す、すぐに行けぇ!」


 これまで兄と呼んでいた者から発せられた命令に、深々と頭を下げて応え、ようやくこの場を後に出来た。


 この国のために役立てる事を喜んで、死力を尽くしてやろうと心に誓って。


※※※※※※※※※※


「アリサ王女、お待ちを!」


 謁見の間から退場した直後、一人の貴族が私を呼び止めた。


「貴方は、ブルーム家の……」

「はい。ブルーム家の当主、ハル・ブルームにございます」


 ブルーム家。この国の有力貴族の中で、最大の勢力を誇る名家。そして、貴族派の筆頭。


 そんな人物が、私に何の用件があるのだろうかと思いながら、彼の方へと体を向けた。


「アリサ様。先ほどまでのお話、大変失礼ながら裏でお聞きしておりました」

「……本当に失礼ね」

「お怒りはごもっともですが、ご容赦を。アリサ様。大人しく、バラクに行かれるつもりはございませんか?」


 予想していた通りの提案に、心の中で大きなため息をつきながら、冷めた目で相手を見るが、彼の主張は止まらない。


「バラクに行かれれば、今しばらくお命はご安泰あんたい。我が国とも同盟が復活し、大きな友好の架け橋となりましょう」

「私に生き恥をさらせとおっしゃるのですか?」

「国益を考えた、思慮深いご判断を、と……」

「国益? おのが保身の為でしょうに」

「ご決心なされれば、王子は私が必ずおいさめ致します。どうか、ご一考を……」


 頭を下げ、身勝手な主張を続ける貴族に困り果てながら、今度は彼の耳に届くようにハッキリと答えた。


「私の考えは変わりません」

「……そう、か」


 すると、今までの腰の低さは何処へ行ったのか、ブルーム家の当主は私を見下すように頭をあげた。


「馬鹿な女だ。そんなに死にたければ、勝手にするが良い。バラクへは、別の貢物みつぎものかつげば良いだけのこと」

「ようやく、本心が出てきましたか」

「扱いにくい奴だ。あの我侭わがままが服を着たような王子の方が、幾分いくぶんかマシと言うものだぞ」


 王家の者に対しての礼儀を捨てたハル・ブルーム。だが、その方が私も接しやすい。


「兄を焚き付けたのは、貴方ですか」

「焚き付けたとは、人聞きの悪い。お手伝いしたに過ぎません」

「貴方は何を企んでいるの? このままでは、この国は……」

「滅びはしませんよ」


 まるで確証があるかのように、彼はハッキリと言いきった。


「この国の西半分の割譲かつじょうを条件に、帝国は進軍を止める」

「あ、あなた!?」

「流石に、動揺されましたか」


 こちらの反応を楽しむように、彼はとんでもない事を口にする。


「では、もう一つ。私どもが、これだけの行動を取ることが出来た理由ですが……」


 まるで手品のタネ明かしのように、勿体振もったいぶった態度で、こちらをもてあそんでくる男。


「王やテミッド王子は、既にこの世におりません」


 この言葉で、貴族派と帝国との間に密約がある事実がハッキリした。隣国への派兵自体が、既に仕組まれていた罠だったのだと、あんに伝えている。


―― この国は、内部から既に腐ってしまっている


 この戦争は、戦う前から既に始まり、そして、戦う頃には勝敗が決まってしまっている。


「愚かな王女よ、哀れな父と兄を追て逝け」


 放心状態の私に吐き捨てて、売国奴ばいこくどの男はその場を去っていくのだった。


※※※※※※※※※※


 未だに心の整理がつかない私に、一人の憲兵が近づいて来くる。


「……お願い。宮殿へは戻らず、このまま城門へ私を連れて行って下さい」


 死ぬことが決まっているところに、みんなを連れて行くことなど、私には出来ない。


 死地に向かうのは、私、一人で良い。


 だが、この憲兵はあろうことか私の腕を掴むと、強引に王宮の外へと私を連れ出した。


「ちょ、ちょっと!? 放して!」

「……」


 王宮を出て、少し歩いた物陰に押し込められた私は、思いきり激しく腕を振って、憲兵の手から逃れた。


「あ、あなた! 一体、何を考えているの!?」


 だが、奇妙な事に不思議と目の前の男からは、敵意を感じることは出来ない。それ以上に、危害が加えられてもおかしくない状況なのに、ククリが平然としている。


「ま、待て! 落ち着け、俺だ!」


 憲兵の格好をした者の声には、聞き覚えがあった。顔を覆った布を引き剥がし、現れた人物に息を呑む。


「あ、あなた、どうしてここに!?」


 それは、今、私が側にいて欲しくて、そして、私に付いて来て欲しくない人物。


 黒い髪の頭を掻きながら、はにかんだ青年が私の前に立っていた。

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