第34話:帰還

 波乱続きだった北方の小鬼ゴブリン討伐も、ようやく一段落し、ノルへの帰路に就いた。


 小鬼ゴブリンの残党への対処を、後続の部隊に任せ、アリサ達も共に山道を進んでいた。数を減らしながらも、村を一つ飲み込んだ群れは、南下する危険リスクを恐れたのか、すでに山の奥地へと消えて行ったようだった。


 そんな帰り道で、アリサ達と一緒に合流したシンが、この微妙な雰囲気に耐えきれなくなったように、こちらに小さい声で話しかけてきた。


「な、なぁ、兄貴。王女様に何かしたのか?」

「……分からん」


 合流した時は、相当怒っている様子で、説教されることも覚悟していた。だが実際は、言葉を交わすどころか、こちらと目を合わせようともしない。


「……もしかして、その人が原因なんじゃ?」


 シンの目線の先には、意識を失って自分に背負われた、真っ白な少女の姿があった。お互いに傷だらけだったが、彼女を放っておくことが出来なかった。


 そんなギクシャクした中で、眼前にはノルの街が見えていた。


※※※※※※※※※※


 ノルに到着してすぐに、救護所へセナを担ぎこんだ。あちこちが傷だらけで、肩口には小鬼に放たれた矢傷が残っている。

 幸い小鬼ゴブリンとの戦闘が一方的な展開となったことで、救護所には余裕があり、すぐに軍医に診てもらうことが出来た。


か、この子は……」

「また?」

「セナだ。彼女は任務があるたびに、こんなになって……」


 どうやら、彼女がこうして運ばれるのは、一度や二度の話では無いようだ。


「君は、そちらで手当を受けて行きなさい」

「俺は、別に……」

ひたいの裂傷。それに、あちこちボロボロじゃないか。他人の事を言ってる場合ではない」


 そう言われて、額や全身に包帯を巻かれると、意識の戻らない彼女を置いて、救護所を後にした。


 救護所を出るとすぐに、自分を待ち伏せていたように、ヒルが壁に持たれかかりながら立っていた。


「よぉ、まずはお疲れさん。それにしてもスゴイ奴だな。お前は」

「いいえ。全部、ヒルさん達のおかげです」


 これは、謙遜けんそんでもお世辞でも無い。

 今回の北方での行動に関して、冒険者達の力無くして、成功など何一つあり得なかった。

 少し照れくさそうに小さく笑ったヒルだったが、すぐに元の顔に戻り、救護所の方を見る。


「……あの嬢ちゃん。大丈夫そうか?」

「先生に任せてきましたから、おそらく」

「そうか……。ああいう人間を、何度か見てきたが、どうも好かねぇんだよなぁ」


 ヒルの言いたいことは分かる。おそらく、彼の持った印象は自分と同じものだと思った。


「あの嬢ちゃん、自分の命に執着しゅうちゃくしてねぇぞ。どうして、あんなになっちまんたんだか」

「ええ。アリサやエマが、あんな事を許すとは思えない……」

「お前やあの子には悪いとは思うが、あれは一種のだ」

「……」


 女の子を形容するのには、あまりに不釣り合いな言葉。だが、セナにはそう感じさせてしまうような、何かがある。


「悪いな、嫌な空気にしちまってよ。冒険者ほかの連中も皆帰って来てる! 後でお前もギルドに顔だせよ!!」


 ヒルは、場の空気を変えようと無理やり大声で叫ぶと、手を振って立ち去って行った。


※※※※※※※※※


「なんで、俺が付き合う必要がある」

「いいから付き合えよ! 一人じゃ、身が持た……。じゃない、勿体無もったいないからさ!」


 宿営地の中を歩いていると、シンがコルトに何かをせがんでいた。森の中ではいがみ合っていた二人だったが、今やすっかり打ち解けているように見える。おそらく、シンが気を遣って歩み寄ったのだろう。


「お兄ちゃん、一緒に行ってあげなよ?」

「ほら、ソニアもああ言ってるしさぁ」

「黙れ! ソニアも、どうしてコイツの肩を持つ?」


 コルトの妹ソニアも加わり、その場は、よりにぎやかになっていた。


 そんな彼らを見ていると、後ろから不意に声を掛けられた。


「こんなところをウロウロして、どうしたの?」

「うわぁぁ! な、何だ、シャルか……」


 思わず変な声が出てしまったこちらを、しばらく見つめて、シャルは小さくため息をついた。


「あなたには、会うべき人がいるはず。迷っているの?」

「……正直、分からない」


 何故か、いつの間にかシャルには、本音が言えるようになっていた。

 そう、自分には会うべき人が二人いる。セナの事情を知っているはずのエマと、自分を避けているように見えるアリサ。

 その両者に会うことを、自分は躊躇ためらっていた。


「一歩間違えば、関係が一気に崩れてしまう気がして……」

「変わったのね。会ったばかりのときは、あなたの方が全てを拒絶していたのに」


 目の前で話すシャルに背中を押してもらって、ようやく変わり始めることが出来た。表情の変化にとぼしく、平坦へいたんな喋りは、冷たい印象を彼女に与えてしまうが、実際にはとても優しく、世話焼きで母親のような印象だった。


「大丈夫。二人は弱くない。それに、迷っているのは、


 そう言い残すと、シャルはシンたちの方へと歩いて行った。


 シャルが近づいてきたのに気付いたシンは、全力で逃げようとするが、あっという間にシャルに捕まってしまう。そして、シンがコルトの方を指差すと、二人はシャルにどこかへ連れて行かれてしまった。ソニアも、そんな三人の後を追ってこの場を後にし、自分だけが取り残されてしまった。


※※※※※※※※※


 彼らと別れて、いよいよ向き合うべき人物の方へと足を向ける。

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