5-1 あなたの娘に襲われたり乱暴されたりしたくないんです
ファーストステージは何とかクリアしたが、これからどうやってつきあいを続けるかが難問だ。家でいちゃつくなんて問題外。学校もだめだ。デートするにしても、野獣のテリトリーの外に時間をずらしてばらばらに出て、現地集合だ。それでもかぎつけるだろうな。なんせ野獣だから。下手に隠してまた寝込みに牙をむかれるよりは、いっそオープンにした方が身を守りやすいか。
なんか対策はないか。過去の事例を調べてみた。アメリカにメガヒット曲連発のカーペンターズという兄妹アーティストがいて、兄に彼女ができるたび、妹は彼女にひどいことをしたそうだ。日本でも超人気アイドルの妹が同様だったことがあるらしい。天才作曲家でもイケメンアイドルでもないおれの参考になりそうにない。関係ないが、オフコースに所属会社が勝手につけたキャッチは「日本のカーペンターズ」だそうだ。
***ほほえみだけが愛じゃなかった***(「汐風のなかで」鈴木康博)
義母がオフコースのライブ盤レコードを聞いているようだ。なんと我が家には、マニアな父が集めたレトロなオーディオセットがある。オフコースのレコードは、義母の年の離れた姉が結婚するとき実家に置いていったそうだ。おれにとっては義理のおばにあたる人はもちろん小田さんのファンだ。うちでは小田さんじゃない方の溝ばかりすり減ってるが。
小田さんのMCが聞こえる。「次はヤスがつくったとても素晴らしい曲です。聞いてください。『しおかぜのなかで』」
へーえ、小田さんがそんなほめる曲なのか。期待した。だが、イントロから、「だ、だるーい」。なんだこれは。1年中夏なんだか冬なんだかわからないような南の島で1日中ぐたーっとしているような感じの曲だったのだ。(注:人生経験が浅く、人として未熟な主人公の個人的な感想です)
「お義母さんには悪いけど。どこがいいんですか、この曲。小田さんが絶賛するほどですかね。なんかたるいっていうか。この人らしくありませんよね。この人はもっと、行けーとか、走れーとか、叫べ-とか、飛べ-みたいな、そういうまっすぐで明るい感じの」
片思いを吹き飛ばして走り出すようなアップテンポの曲がけっこう気に入っていたのに。
「彼はそういうライブのにぎやかしみたいな扱いをいやがっていたのよ」
目が笑ってなかった。お義母さん、小田さんじゃない方の話になると時々ちょっと怖いです。あの野獣の母だけあって、ただ美しくやさしいだけの人じゃない。
「この曲のよさ。そうねえ」
義母は遠くを見るような憂いを含んだ瞳になった。
「お兄ちゃんは恋をしたことないのね。恋をして、恋に破れればわかるわよ」
まったくおっしゃる通りだった。いつかこの曲を思い出して泣きそうになる日が来ようとは。
「ところで、お義母さん」
俺はつとめて何でもないような口調で言った。
「できたら俺の部屋にもうちカギがあるといいかなって・・・」
「そういえばないわね。気づかなかった。お兄ちゃんも男の子だからいろいろ困るわよね。私はよくわからないけど。姉しかいなかったから」
思春期の男子には残酷な屈辱だ。だが耐えねば。あなたの娘に襲われたり乱暴されたりしたくないんですとは言えない。おれはおどけた。
「あはは、いや、ツキノワグマがぶちかましても壊れないとかそんな高いのじゃなくていいですから。本当に安いので」
不法侵入しようとしたら物音で目が覚めるぐらいの強度があれば十分だ。
仕事の早い義母はさっそくカギを手配してくれた。義母が頼むとどんな業者でもすぐに来てくれるのはなぜだろう。
♪♪♪♪傷つき疲れて離れたことも♪♪♪♪
(「汐風のなかで」鈴木康博)
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