柿の実
森 モリト
第1話
「なぁ、あそこの柿の木の根元の方な、何か埋まってるように見えへん」
学校の行きかえり、表通りから見えるその家は、間口が狭く目立たないものだったが、裏庭にはそこにあるのが不釣り合いな大きな柿の木があった。
ある時、何気に覗き込んだその庭、柿の木の根元がもっこりと盛り上がっている。人一人すっぽりと入る位の膨らみがあった。
中学の頃、関西から東京に引っ越した。東部の下町と呼ばれる所は、想像していた東京とは違った。テレビで見たお洒落な場所も人もいない、ぼろい家と年寄りの多い街。それでも、直ぐに仲間ができた。
あの夏、その仲間達と過ごした夏休み。
夏休みも数日で終わる頃になって、俺が言った一言に遊び仲間のユウタと
シンジとツトムが口々に
「それ、いいじゃん」
「あぁ、面白そう」
「俺も、前から気になってた」
一同、顔を見合わせて決定。皆、互いの家に泊まると嘘を付いて、その夜に自分達の手で掘り返してみることにした。昼間のうちに侵入箇所を確認、懐中電灯や軍手、スコップを準備して、夕方にファミレスで集合して時間をつぶした。
零時を回った頃、その家の前に立つと、真っ暗に静まり返った裏庭に入り込んだ。柿の根元に集まると、懐中電灯の光の輪が照らす足元に腰をおろす。この辺りと見当をつけ、雑草をざっと引き抜きスコップで土を掘り返していく。誰も喋らない。汗が滴る。掘り返したスコップがカッンと何かにあたった。他の三人も一緒に手元を覗き込む。そこにあったのは、割れた茶碗を抱え込むように歪んで膨らんだ木の根だった。
「はぁー」
誰かが大きく息を吐きだすと、残念な気持ちと安堵の気持ちがない混ざったものが湧き出した。気が抜けたその時
「何処の小僧だ。いーの柿の実を盗む、がんどーわ」
大きな声に顔をあげると、真っ暗だった縁先の部屋に煌々と灯りがついて、小太りの男が大声で叫んでいた。見上げた柿の木には、大きな実がたわわに実ってぶらぶらと揺れている。俺たちは、そのまま後ろも振り向かずに逃げ出した。すっかり疲れて何も言わずに解散、家に帰った。残りの休みは、宿題に追われて、皆で顔を合わせる事はなかった。
始業式の日、ユウタの家に集まる事になった。ユウタは、他の者と違って地元の人間で、中学のOBだった親父さんは酒屋をしていた。俺たちが居間に居るとユウタの親父さんが、遅い昼飯を食べにやって来た。挨拶すると親父さんがいきなり言った。
「お前ら、夜遊びしてたろ」
びっくりして、皆で顔を見合わせると、親父さんが笑いだした。
「やっぱりかよ」
「なんだよ。かまかけたな」
「おお、やる気か・・・。隣の源治が、ユウタらしいのを夜中に見たって教えてくれたんだ。かあちゃんには、言ってねい。お前らの親にも言うつもりはない。だが、何をやってたか、正直に言え」
今度は、慎重に四人で顔を合わせて相談した。悪い事だけど、正直に話すことにした。俺が、三人に柿の根元が気になるって言って、掘り返しに行ったことを打ち明けると、親父さんは大声で笑った。
「さすが、中学生だよな。よくやるよ。」
少し呆れたようだったが、柔らかい物言いに、叱られずにすむと思った。そこにユウタが付け加えた。
「でもな、一番怖かったのは、あそこのオヤジに怒鳴られた時だったよな」
皆、やっぱりあれは怖かった。いつもは、気取った感じのシンジも
「何処の小僧だ。いーの柿の実を盗むがんどーわって、ほんと驚いたわ」
「・・・」
すると飯を食っていた親父さんが箸を止めた。それに気が付いたユウタが声をかける。
「親父どうした」
「えっ、あぁ。・・・お前ら、皆、その声を聴いたのか」
「声、あぁ、声だけじゃないぜ。あそこの家、てっきり空き家だと思っていたのに人が居て驚いたよな」
皆して、そうだよなと互いに言い合っていると、親父さんは、箸を置いて俺たちの顔を其々見ると改めて話し出した。
「ちょっと、聞いてくれるかな」
俺たちも座りなおして親父さんに向かい合った。
「俺もどう言っていいのか分からんが・・・まぁ、聞いてくれ。
俺たちが、小学校の頃かな。まだコンビニもゲーセンもあまりなくて、それにこの辺のガキは金もなかったしな。近所の家の柿の実を狙うのは、ちょっとした遊びだったんだ」
「あの家の柿の実・・・」
「あぁ、偉そうな話じゃないがな・・・。あの家は、夫婦で、縫製の仕事をしていた。板の間にミシンを置いて・・・親父は小太りの赤ら顔で、俺たちは、柿の大将って呼んでた。親父も毎年、俺たちが来るのを待ってるようで、見つけて大声で怒鳴るくせに・・・逃げ遅れた子には、柿を袋に入れて持たせてくれるんだ。でも、中学になるとそんな事は、止めちまった。そのうち、そこそこ世間も変わって柿を盗む子供もいなくなった。・・・俺も後から聞いた話だが、その頃、そこの家仕事も上手くいかなくなってな、一緒に働いていた女房も病気で死んじまって・・・秋になって、たわわに実った柿の木を親父は赤い顔して、一人で眺めていたってよ・・・それから何年かして・・・親父、柿の木で首を吊って亡くなった」
俺たちは、顔を上げれなかった。沈黙が苦しくなったのか、一番大人しいツトムが
「でも、僕たちが見たのは、他の人かも知れない。ホームレスの人がコッソリ忍び込んだのかも・・・」
ユウタの親父さんは、分かってるって顔をして、
「そうだな。そうかも知れない。でもな、俺たちも言われたんだ。何処の小僧だ。いーの柿の実を盗むがんどーわってな・・・」
ツトムは、それ以上何も言わなかった。俺たちは、知っていた。昼間に見た家は、かっちりと板が打たれていた。あそこから光が漏れるはずがない。人が出てくるはずがない。この夏に、あんな風に柿の実が、枝で揺れる事はない・・・。
ユウタの親父さんは、今までで一番優しい声で
「きっと、賑やかで懐かしかっただろ。でも、忘れっちまえ。お前らが、覚えていてやる事はない。それと、もうこんな事はすんなよ」
その後、俺たちは二度とその話をする事はなかった。
それから何年かして柿の家は、取り壊された。死体が見つかったと言う話も聞かなかったので、やっぱり何も埋まっていなかったようだ。
柿の実 森 モリト @mori_coyukiko
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