短編集

文乃綴

リンダリンダを聴きながら

 最悪の気分だった。

昨日もまた酒の海に浸かってしまった。

世の中は嫌なことばかりで、それを放り投げて飛び込むのはいつも酒の海だった。

あの豊かの海は私を拒絶することなくいつもいつでも受け入れてくれる。

昨日は何を飲んだのだったか。冷凍室のジンか? それともそこにあるサントリー製のダルマだろうか?

酒の海は豊かの海だ。それは遠く月にあって酩酊感を伴うことで辿り着くことが出来る。

私はそこへ行くためいつもいつも強い酒をしたたかに飲み、次の日には後悔するのだ。

頭が重い。ズキズキする。アルコール漬けの脱脂綿みたいに、身体の疲れが染み付いている。

 飲んでいた時の私に、豊かの海に辿り着いた私に問いたい。

そこは心地良い場所でしたか?

あなたは幸せでしたか?

嫌なことを全部放り投げることが出来ましたか?

私の気分は最悪です。

もう二度と会うことはないであろう昨日の私へ一言、地獄に落ちろ。もう酒なんて飲むな。

 気分を変えなきゃいけない。

昨日の私はもう居ない。今日のことは、今日の私がなさねばならない。

私は、昨日の夜からつけたままのノートPCの音楽プレーヤーをいじくって適当な曲を流し始めた。

『ドブネズミみたいに、美しくなりたい』

 ブルーハーツのリンダリンダだ。

私は水道の蛇口を捻り、溢れるほどの水をコップに流し入れ、それを飲んだ。

生温い液体が喉を通って、アルコールの染みた私の身体を揺さぶってくる。

「朝ごはん……」

 面倒くさい。

二日酔い対策のしじみの味噌汁のインスタントを飲んで終わりにしよう。

何となく、目が覚めてきた。

今日の私も、昨日の私と同じようにやるべきことがある。なさねばならぬことがある。

洗面所の鏡越しに見た私の髪はぼさぼさで、目の下にはクマがあり、口元には二日酔いの苦悶が浮かんでいた。

「ドブネズミって、こんな感じなのかなあ」

 そうじゃない。きっとドブネズミはもっと美しい。甲本ヒロトもそう言っている。

私は美しくない。それでも生きていかなきゃならない。

未来は僕等の手の中にある。

そうだ。冷蔵庫にトマトがあったはずだ。そろそろ食べておかなきゃいけない。

私はトマトをまな板の上に置いて、そしてナイフを持って立っていた。

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