【七月二二日 午後九時三十分】

「・・・何の冗談よ、それ・・・。」

彼女の言葉が信じられず、私は後退る。だが、彼女が手首を掴んでいるため、半歩ほどしか後ろに下がれない。

彼女の手は、私の手首を痛いほどに締め付けている。

私と彼女が、双子?

確かに性格も似ているし、趣味も似ている。けど。

その事実が一緒だとしたら。

そう考えた瞬間、悪寒が走る。全く一緒、同じ顔、同じ体、同じ性格、同じ趣味。それでも遺伝子だけは違うから、どこかに違う所があると信じてきた。

それなのに。

もしそうだとしたら。

吐き気と眩暈に急激に襲われ、私の視界が歪む。

「本当よ。その後に両親に確認したし、生まれた病院にも問い合わせたわ。私だって信じたくなかったけど、全部の事柄が事実を証明していたわ。」

「でも、私には両親が・・・。」

「貴女の両親は本物。私の親が偽物よ。貴方の両親は当時、金銭的に余裕がなかったんだそうよ。それで、仲の良かった私の両親―――日向家に子どもがいなかったから、そこで面倒を見てもらうことにした。日向家も子どもを欲しがっていたけど、なかなかできなかったから、この話はのどから手が出るほどに嬉しかったみたいね。そうしてお互いの利害が一致して、今の状況が出来上がったわけ。」

彼女は下を向いて呆れたように笑った。

「でも、なるだけ二人とも同じ環境で育てたかったのだそうよ。お互い似たような家の隣同士に住んで、何をやるにも一緒にして。・・・馬鹿みたい。」

そのせいで、私は苦しんだって言うのに。

彼女はそう言って、ずっと持っていた紙袋を地面に置いて、片手で中から何かを取り出した。

それは、刃渡り二十㎝以上はある、出刃包丁だった。

歪む視界の中でそれを見詰め、必死に後ずさろうとするが、彼女の力は驚くほどに強く、振り切ることができない。

「何度も悩んだわ。死のうとも思った。いやでいやで仕方がなかったもの。何せ、〝同じ人間が傍にいる〟のよ。気味が悪い。私は私一人なのに。何で同じことを考えている人間がいるの。同じ姿をしている人間がいるの。私の、私という人間は、じゃあ、どうなるの。私を私足らしめる私は、私の姿をした違う私が築き上げてきたものなの。私は私が―――――」

彼女はぶつぶつと呟きながら、その場で顔を俯けている。ただ立っているだけなのに。恐ろしいほどの力で私の腕を放さない。

「でも、どうしても、死ねないの。私は死ねなかったの。だったら・・・。」

不意に顔を上げた彼女の顔には、おおよそ表情と呼ばれるものが何もなかった。

世界を捨てた、表情。

私の体は、恐怖で硬直した。

「私は私が私を殺す前に、私に私を殺させるしかないじゃない!!」

彼女の叫び声で、腰が砕ける。幸か不幸か、座りこんだ私を見失い、彼女は突き付けた包丁を空に切って、私の背後に転がり込んだ。

これが、美樹?

私と同じ?

(じゃあ、私も、それを知っていたなら、こうなってしまっていたの?)

体中の悪寒と吐き気と眩暈が、答えを出している。

私も、きっとこうなっていたのだ。

彼女は床に手を付きながら、独り言を続ける。

「・・・〝あの時〟、〝あの時〟貴女は、ちゃんと死んだはずなのに・・・。ちゃんと殺してくれるって言っていたのに・・・。」

「あの時、あの時って、また・・・なんなのよっ!」

―――ぽこぽこ、ぽこぽこ・・・。

事実を聞いたはずなのに。双子だって分かったはずなのに。

音が止まない。

この音は、何だ。

「貴女は、死んだはずよっ!生きているわけがないの!だから霞、貴女はっ」

貴女は人造人間なのよ――――!

そう叫んで、彼女はこちらに向けて包丁を構える。

―――ぽこぽこ、ぽこぽこ・・・。

人造人間。私が。

そんな。じゃあ、あの噂は。

こんな時に、なぜか私の踝が目についた。

多分それは偶然ではなかったのだ。何かを感じていたのだと思う。

山道を歩いてきた足。草木で切り傷が付いているはずの私の足は。

プラスチックのように、傷一つなく照明の光を反射させていた。

人造人間は。

私だったのか。

―――ぽこぽこ、ぽこぽこ・・・。

―――ぼこんっ。

(あぁ、全て、思い出した。)

そして私はすべてを理解した。

彼女の後ろ。私たちが入ってきた扉の前に、白い少年の姿が現れた。

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