28話 魔法じゃなくて
「あら! アンナマリー、フィリップもどうしたの!?」
こっそりとはいかない程にびしょ濡れの私たちは、仕方なく正面玄関から帰宅した。驚いた声を出したのはちょうどリオン坊ちゃまを抱いてあやしながら廊下を歩いていたモニカ奥様だ。
「川に落ちてしまいました、奥様」
「私が付いていて申し訳ない」
「あらあら……早く着替えてらっしゃい。アンナマリーは私の……」
「奥様の服はちょっと……サイズが。私は着替えに戻りますので」
以前、主教様はいらした時に着せ替えさせられたけど、どれもこれもガバガバだったのを思い出して私は回れ右をした。
「ちょっと待って、それじゃ寒いでしょう。ジェラルドの所に行きましょう」
「ええ……?」
「さ、フィリップも付いてきて」
なんでここでジェラルド司祭の名前が出てくるのか分からないまま教会へと向かっていく。執務室から出てきたジェラルド司祭はぽかんとして私たちを見ていた。
「モニカ……この二人はどうしちゃったんだい」
「川に落ちたそうよ。ほら、二人の服を乾かして。あなたならできるでしょ?」
「しょうがないなぁ。さ、二人ともそこに立って」
「は、はい」
教会の前の広場に立たされた私たちに向かって、ジェラルド司祭は口元でなにやら呟きながら手をかざした。途端に身体が温かい風に包まれる。
「うわぁ……」
その風が止んだ頃には、私たちの服はすっかり乾いていた。
「こんなもんかな」
「すごい……!」
フィリップ様が乾いた服を撫でながら感嘆の声を漏らした。
「これは火の魔法ですか? 風の魔法ですか? これだけの微細なコントロールがで出来るなんて」
「ふふ、ちょっとしたものでしょう」
「ジェラルド……もしや『疾風のジェラルド』とは貴方の事では」
急にフィリップ様はキラキラした目でジェラルド司祭を見た。その視線を受けてジェラルド司祭は頭を掻いた。
「うっ、その名前は……まぁそう呼ばれた事もあります」
「やはり……! よかったら話を聞かせてください!!」
「ま、まぁ構いませんが……」
食いつくような勢いのフィリップ様に若干引きながらジェラルド司祭は頷いた。
「さ、アンナマリー。私たちはもう行きましょ」
「はい、奥様」
「男の人がああなると長いもの」
「そうですねぇ……」
フィリップ様の顔、虫取りででっかいでっかい虫を捕まえた村の子みたいな表情していたものね。屋敷に引き上げて厨房に行くと、セシリーとケリーさんが夕食の準備をしている所だった。
「ただいまー」
「あら、おかえり。魚は釣れなかったの?」
「それがね、セシリー。釣る前に川に落ちちゃって」
「ええ……なんでそんな事になるのよ……?」
「はは……」
ホントになんでだかね。自分でも呆れるわ。やたら恥ずかしい目にもあったし。私もフィリップ様もびしょ濡れで……。フリップ様は水に濡れたシャツが……。透け……。
「アンナマリー、熱でもあるの? 顔が真っ赤よ!」
「えっ、いや無いわよ。何でも無い無い」
私は邪な考えが一瞬頭を過ぎったのを頭から追い出しながら、夕食の仕度に取りかかった。
「いやぁ、あの勇者殿と共に戦場を戦った方とお会い出来るなんて」
夕食時のフィリップ様は上機嫌だった。ジェラルド司祭とはたっぷりお話したらしく、旦那様はちょっとぐったりしている。
「私は後方にいただけですから、前線の戦況はただ聞くしかなかったですからね」
「お兄様」
興奮気味に語るフィリップ様の袖を引いて止めたのはエメラインお嬢様だった。
「司祭様が困ってらっしゃるわ。少し落ち着いて」
「エメライン……」
ここに来てはじめて自分から口を開いたエメラインお嬢様を私たちだけではなくフィリップ様も驚いた顔で見ていた。
「さ、フィリップ様。ワインのお代わりは?」
「あ……ああ、貰おうか」
変な空気になってしまったので、私がフィリップ様にワインを勧めるとようやく空気がほどけた。あのお嬢様は別に感情のないお人形って訳じゃないのよね。いままでどんな目にあって来たんだろう。このルズベリー村に来たからにはゆっくりでいいから自分を取り戻して欲しい。
「こういう時、無力よね」
帰り道を歩きながら一人呟く。私の回復魔法が心まで届けばいいのに。なんか私が出来る事ってないかしら……。でもお嬢様は外に出たがらないからなぁ。
「あ、そうだ」
あるじゃない、外に出なくでも出来る事が。私は急ぎ足で家へと向かった。
翌日、私は朝食の片付けが終わると、客間のドアをノックした。すぐにフィリップ様が顔を出す。
「おや、アンナマリー。どうしたんだい」
「エメラインお嬢様に用事が」
「エメラインに? 分かったよ、お入り」
「失礼します」
部屋に入るとエメラインお嬢様は昨日と同じように窓の外を見ていた。
「これ……私のなんですけど、よかったらと思って」
「……本?」
「何もないお部屋ではさすがに退屈だろうと」
「あり、がとう」
エメラインお嬢様はその小さく白い手で私の本を受け取った。私がにっこり微笑むと、少し恥ずかしそうにお嬢様は俯いた。
「良かった、受け取って貰えた」
これもいらないとか言われちゃったらどうしようもないもんね。自己満足に過ぎないかも知れないけど、なんかしてあげたかったんだ。
「ご機嫌ね、アンナマリー」
「へ?」
「鼻歌なんか歌って」
廊下の拭き掃除をしているとセシリーにそう指摘された。そんなご機嫌だったかしら……。
「そうねぇ、私が当ててあげる。あの若様とか」
「ちっ、違うわよ!」
「えー? そうなのー?」
なんでセシリーは全部そっちに持って行こうとするかなー。このおませさんめ。
「おおーい」
「フィリップ様」
そんな話をしていると、ちょうどそこにフィリップ様がやって来た。セシリーが私を肘で突っつく。だから違うんだってば。
「どうしたんですか? フィリップ様」
「エメラインが……笑ってる……」
「え?」
「アンナマリーが差し入れた本を読んで笑ってるんだ」
本当に!? ずっと無表情だったのに。良かった、少しは役に立てたんだ。ほっとしているとフィリップ様は私の両手を掴んだ。
「屋敷に居た頃からあんな顔をした事は無かったんだ……」
「それは良かったです」
「ありがとう、アンナマリー」
そのままフィリップ様は私を引き寄せると、おでこにキスをした。へ!? 嘘??
「じゃ! 気分がいいから散歩に行ってくる!」
「ふ、ふぁい……」
後にはゆでだこみたいな私と、ニヤニヤしているセシリーが取り残された。
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