18話 スーパーベイビー
「お茶が入ったよ、あたしらも休憩にしよう」
「はーい」
私たちの仕事も午後になるとちょっとゆったりする。その隙にケリーさんの入れてくれたお茶を飲みながらサンドイッチやお菓子をつまむ。
「はい、アンナマリー。これ美味しいわよ」
「ありがとう」
セシリーが私にサンドイッチをとってくれる。
「それにしてもリオン坊ちゃまはやんちゃね、アンナマリー」
「うん、わかる。今日も気がついたら廊下にまで這い出してるんだもの。びっくりしたわ」
「あれは誰に似たのかしら」
「……うーん、多分奥様」
「私もそう思う」
成長してますます活発になったリオン坊ちゃまはあちこちに興味が湧くようで屋敷中を徘徊しようとするのだ。……かといってベビーベッドに入れっぱなしも可愛そうだし。
ミルクも卒業して今は離乳食になっている。食べたり食べなかったり気まぐれなリオン坊ちゃまとにらめっこするのも仕事のうちだ。
「寝顔は最高にカワイイんだけどね」
「そうそう。うちの弟たちもそんなんだったわ。今は可愛くないけど」
ふーん。私は生前は一人っ子だったし今は末っ子だからはじめての経験だなぁ。まぁ、これから落ち着いていくんだろう。そんな風に楽観視していられたのはその日までだった。
「はーい、リオン坊ちゃま。おっきですかー」
「あぐー」
眠っていたリオン坊ちゃまがぐずる声でセシリーがゆりかごに向かう。
「おむつかなー? ごはんかなー?」
そう言いながら、抱き上げようとした瞬間だった。
「きゃああああ!!」
「セッ、セシリー!?」
振り向くと、セシリーが床にひっくり返っていた。慌てて抱き起こすとセシリーがうっすら目を開けた。
「大丈夫!?」
「うん、こう……びりっと来て……あああ!!」
「どうしたの!?」
「私の髪の毛!」
見るとセシリー自慢の巻き毛が縮れている。
「うう……どうしよう……」
「泣かないで、セシリー。私が治してあげるから」
涙目のセシリーの髪を魔力をこめて撫でると縮れが治っていく。うん、以前よりツヤツヤなくらいよ。
「一体何が起きたのかしら?」
「わかんない。ちょうどリオン坊ちゃまを抱っこしようとしたところだったんだけど」
「坊ちゃまは大丈夫かしら」
万が一怪我でもしてたらどうしよう。私が恐る恐るゆりかごを覗くとリオン坊ちゃまは無事にそこに居た。
「よかったぁ……」
ホッとして坊ちゃまを抱き上げようと手を触れた瞬間だった。
「あぐー」
「あ、痛!」
強い静電気のような痛みが指先に走って、私は思わず手を引っ込めた。……どう言うこと?
「あぐー」
「今、リオン坊ちゃまに触れたらビリッときたんだけど」
「私も抱き上げた時に……まさかとは思ったんだけど……」
私とセシリーがゆりかごをのぞき込むと不機嫌そうなリオン坊ちゃまがこちらを見ている。二人して顔を見合わせて頷いた。
「奥様に相談しないと」
「そうね」
私とセシリーは慌てて自室で読書中の奥様の元へ向かった。ドアをノックして失礼すると、私は事の顛末をモニカ奥様に伝えた。
「え? リオンの様子がおかしい?」
「はい、その病気って訳じゃないのでなんとも……」
「一体どうしたの?」
「触るとビリッとするんです」
「……へ?」
奥様にも心当たりがないようだ。何か知ってそうだと思ったのに。
「とにかく様子を見に行くわ」
「お願いします」
奥様とともに居間のゆりかごのリオン坊ちゃまの元に舞い戻る。
「リオン……?」
「あぱぁ」
ママの顔を見た途端に満面の笑みのリオン坊ちゃま。モニカ奥様は怪訝な顔で私とセシリーを振り返った。
「……いつもどおりみたいだけど」
「抱っこしたらビリッとしたんですよ! ねぇ、アンナマリー」
「はい。ちょっと触っただけで手が」
「そう? じゃあ」
奥様が私たちを怪訝に見ながら、リオン坊ちゃまを抱き上げた。
「ほら、なんでもないじゃない。気のせいじゃないの」
「ですが確かに……」
リオン坊ちゃまを抱いた奥様は何ともないようだ。一体なんだったんだろう? と首を傾げたところでリオン坊ちゃまがぐずりだした。
「ぐっぐっ……うえーん」
「あらあらリオンどうし……きゃああああ!!」
思わず坊ちゃまを取り落としそうになるのを堪えて、何とか奥様は我が子をゆりかごに横たえた。
「本当だわ……!!」
「奥様、御髪が……」
私はササッとモニカ奥様の髪が爆発しているのを回復させた。
「……これは魔法だと思うのよね。ジェラルドに相談しましょう」
「ジェラルド司祭に?」
「アンナマリー、忘れたの? ジェラルドは元魔術師よ」
「あっ……」
それにしても魔法? リオン坊ちゃまはまだ赤ちゃんなのに。でもこのままだとごはんもおむつ換えも出来ない。私とセシリーは教会の執務室までジェラルド司祭を呼びにいった。
「どうしたんだい、急に……」
「それが……」
無理矢理引き摺ってきたジェラルド司祭に私たちは事の顛末を伝えた。
「うーん……これは魔力が漏れ出してるんだな。泣くのと一緒に」
「そんなことってあるんですか?」
「普通の赤ん坊はそんな事ないよ。大体魔法が使えるのは四、五歳くらいからだ。だが前例がないって訳じゃない」
……私もそれくらいだった気がする。転んで怪我して手当しようとしたら勝手に治ってたの。
「どうしましょう、このままだと坊ちゃまのお世話が出来ません」
「大丈夫、考えがある」
ジェラルド司祭は私たちを安心させるように片目をつむると、教会に一旦戻った。こちらに戻ってきたジェラルド司祭の手にはブレスレットが握られていた。
「ほら、リオン……ああやっぱり大きいな」
ジェラルド司祭の手から光りが放たれる。そうすると、ガバガバだったブレスレットがぴったりの大きさになってリオン坊ちゃまの腕にはまっていた。
「ふう……まさか我が子にこれを使うとは」
「何なんですか、それ?」
「犯罪を犯した魔術師にはめる手錠だよ」
「うわぁ……」
ちょっと可愛そう。だけど自分の意志でコントロール出来るまでは仕方ないだろう、とジェラルド司祭は言った。
「まったく誰に似たのか……」
「それはあなたよ」
「旦那様だと思います」
奥様と私とセシリーの声がぴったりそろった。
「あっぷー」
当のリオン坊ちゃまはきょとんとした顔で頭を抱える私たちを見ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます