17話 新しい同僚(後編)
「なんなのよっ」
「いいから来て、セシリー」
私は抵抗するセシリーを半ば無理矢理引っ張ってきた。居間にはモニカ奥様、ジェラルド司祭が揃って待っている。
「……旦那様、奥様」
「お話があるのよ、セシリー」
「何でしょう」
「アンナマリーの事なんだけどね」
「ええ」
奥様の言葉にセシリーがすっと背筋を伸ばす。それからチラッと私の方を見た。……あのね、あんたが期待しているような話じゃないのよ。
「これは絶対に口外しないで欲しいのだけど、約束できる?」
「え、あ……はい」
困惑しながら頷くセシリーを確かめてから、モニカ奥様は口を開いた。
「アンナマリーは聖女なの」
「……」
「……」
セシリーは奥様の言葉に固まった。私は心の中であっちゃあ、と頭を抱える。奥様……説明が下手すぎる。理解不能でフリーズしちゃっているじゃない。
「あの、それはどういう……」
「ええと、そうね。彼女が回復魔法が使えるのは知っているわね?」
「はい、もちろん」
「アンナマリーが使う回復魔法は特別なのよ。それを使える人間を聖女と呼んでるの」
ぽかんと口を開けたセシリーは目を見開いてこっちを見た。はい、そうらしいです。と、無言で私は頷く。
「その事はあまり広めて欲しくないのよ、セシリー。あなたがここで働くから明かすけど」
「奥様……その……」
「アンナマリーはその関係で仕事を抜けることがあるけど多めに見てやってね」
「あ、はい……」
セシリーはコクコクと頷くと退室していった。私は奥様に向き直って頭を下げる。
「ありがとうございます、奥様。お手を煩わせてしまって」
「いいえ」
私はモニカ奥様にお礼を言うと、セシリーの後を追った。急にしょぼんとしちゃってたけど大丈夫かしら。
「セシリー!」
「……聖女って何!? どういうこと?」
さっきまでお二人の前で被っていた猫をぶん投げて、セシリーは私の腕を掴んで揺さぶった。
「なんかそうだったみたいで」
「みたいってなによ……あんた呑気ね!」
「いやぁ……」
出来れば私もそんな面倒な役割は返上したいんだけど。興奮気味のセシリーは止まらない。
「よく分からないけど、聖女ってこう教会の奥とかでかしずかれたりしてるんじゃないの? なんであんたメイドなんてやってるのよ」
「そういうのはガラじゃないっていうか……」
「そうか……目立つとあんたの能力を狙って悪い人たちがやってくるのね」
「……ん?」
「安心して、私絶対口外しないから!」
なんか勘違いされてる気がする……。困惑する私の様子に気づかないまま、セシリーはがしっと私の手を握った。
「何かあったら私が守ってあげるから」
「うーん? ありがと……」
なんか知らないけどセシリーの母性本能を刺激しちゃったみたいだ。大家族のお姉ちゃんだもんなぁ。
「ほら、アンナマリー! 帰るわよ」
「へ?」
仕事が終わると、セシリーはいきなり声をかけてきた。今までこんな事なかったのに。
「帰り道、何かあったら大変じゃない!」
「そこまでしなくてもいいよ……!! 今までだって大丈夫だったし」
あーあ、つっかかって来るのはなくなったのは良いけど、これはこれで……。結局どうしても譲らないセシリーに根負けして、一緒に帰る事になった。
「ねぇねぇ、アンナマリー」
「なによ」
薄暗い村の道をセシリーと二人で歩く。今日一日の気疲れを纏わせた私の顔を彼女はのぞき込んできた。
「あんた本当にジェラルド司祭のこと何とも思ってないの?」
「ぶっ!?」
何言いだすのいきなり! 絶品のイケメンの近くで働くのは楽しいよ!
「素敵な方だとは思うけど……」
「けど!?」
「奥様はそれ以上に素敵じゃない?」
はーっ、とため息をセシリーは吐いた。自慢の巻き毛を弄びながらセシリーは口を尖らせる。
「それなのよねー。あの奥様、とてもいい人だわ」
「そうなのよ」
だからって訳でもないけどジェラルド司祭は見るだけで十分っていうか。
「そうじゃなかったらほっとかないんだけどなー」
「セ、セシリー!? そんな事考えてたの? 私たちまだ子供よ?」
この世界の婚姻がどっからOKなのかよく分からないけど13歳はさすがに犯罪なのでは!?
「あら……私モテるのよ」
ふふん、というようにセシリーは首を傾げた。こうして見るともうちょっとしたら本当に美人に成長しそうだなぁ。
「あんたのとこのマークも私の誕生日には花束を持って来たわ」
「ぶぶっ!」
マーク! あんたなにしてんのよ。高望みしすぎだって!
「そ、それで……マークは……」
「お礼を言って置いたわ」
ぷー! あしらわれてる! 年下の女の子にいいようにされてる……。我が兄ながら情けない。私が笑いを堪えていると、セシリーはうつむき加減に呟いた。
「ねぇ……アンナマリー、ごめん」
「どうしたの急に」
「本当は同じ職場でこんな話をしたかったの。でも、あなたが同じメイドなのに……」
うん、さっきも言ってたもんね。私だけがひいきされているように彼女には見えてしまってこんな風にこじれてしまった。
「ううん、ちゃんと説明しないでごめんね」
「こっちこそ……感じ悪くしてごめん。今更だけど、よろしくね」
「うん!」
私はセシリーに向かって手を差し出した。その手をセシリーが握る。ちょっとはにかみながら私たちは微笑み会った。
「じゃあ、ここでお別れよね」
「ええ、また明日」
手を振るセシリーの姿が遠くなっていく。よかったなぁ、仲直り出来て。そういえばこの世界ではじめて女子トークしたかもしれない。私は足取りも軽やかに家路を辿った。
「ただいまー」
「あ、お帰り。アンナマリー」
帰宅して早々出迎えてくれたのはマークだった。マーク……さっきあんたの恋バナを聞いちゃったんだけど。と思いながらそのそばかすの多い顔をじっと見る。
「……なんだぁ? どうしたアンナ」
「ううん、なんでもない」
頑張れマーク! ターゲットは美人だしお世話焼きで結構性格いいぞ!
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