8話 とある訪問者

「アンナマリーとは君か」

「はあ……あ、はい」


 至極ぼんやりとした返事をしてしまったのは私のせいってだけではない。ジェラルド司祭が言った私に会いたがっているという人物、その人が私を訪ねてやって来た。黒い髪に黒い瞳のオリエンタルな容姿の男性だ。それで……やって来たのはいいのだが……。


「あの、暑くないですか?」


 思わずそう聞いてしまった。冬とはいえ、彼は金属鎧に身を包んでいたのだ。暑そう。そして重そう。あと……時代錯誤も甚だしい、と思う。


「……やっぱりそう思うか。こんなもの着込んでいる人間はいないもんな」

「あの……まぁ」

「お前も! コスプレみたいって! 思ったんだろう!」

「へあっ、あ。そこまでは思ってません!」


 唐突に彼は怒り出した! ひえええ。なんか地雷を踏んじゃったみたい。


「ハヤト、落ち着いてください。今日ここに来た目的を忘れていますよ」


 ジェラルド司祭がまぁまぁ、と彼の肩を叩くとようやく興奮が治まったようだ。びっくりしたぁ。


「……まぁ、いい。俺はハヤト・オダ」

「小田さんですか。はじめまして」

「……」


 挨拶を返したら小田さんは今度は顎に手をあてて考え込んでしまった。もう! なにこの人? 情緒不安定!?


「今、小田さんって言ったな」

「んっ……!?」

「お前、やっぱり日本人だな。さっきコスプレって言葉にも反応していたし」


 しまった……おおお、両親にも言っていないのに! って別に秘密にしていた訳じゃないんだけど。今までそんな話をしなきゃいけない場面に出会わなかっただけで。というか私は別の世界の記憶があるんですなんて言ったら頭がおかしくなったと思われそうでわざわざ口にはしてこなかったのだ。だってそうでしょ? 常識的に考えて。


「まぁ……そうです。気がついたら赤ん坊でしたけど……」

「それでか。戦争中にいくら探しても見つからない訳だな、ジェラルド」

「……アンナマリー。本当かい?」

「はい。私は産まれる前は日本人でした」

「そうか……アンナマリー、どうか落ち着いて聞いて欲しい」


 そう前置きをして、ジェラルド司祭はゆっくりとした口調で話しだした。私を落ち着かせるように。


「戦時中、我々の国は劣勢だった。そこで戦況を挽回する為にいちかばちか古くから伝わる禁断の術を行った」

「勇者と聖女の召還だ」

「……しょう、かん?」

「別の世界から人を呼び寄せる術だ。呼び寄せられた人間は特別な力を持つようになる、と言われていた」


 そう言って、司祭は小田さんを見た。赤ん坊になった私と違って彼はそのままやって来たのだろう。だって思いっきり顔つきが日本人だもの。


「小田さんはそれで……戦ったんですか」

「ああ……俺だけが太古から伝わる聖剣を扱うことが出来たんだ。いきなり知らないところに連れて来られて他にどうしようもなかったし……大事な人もこちらにできたしな」


 大事な人……彼女かな? こっちでリア充になったのかぁ。


「今は何をしているんですか? お城で暮らしているのですか?」

「いいや、堅苦しいのは苦手だし。政治の事は分からん。領地を貰ってのんびり畑を耕してるよ」


 そっか、大人たちの話を聞くに過酷な戦争であったという。私は便せんを眺めながら悲しげな顔をしていたモニカ奥様の顔をふと思い出していた。今は幸せに暮らしているのなら良かった。


「私はこのまま生活していいって聞いたのですが、本当でしょうか」

「王城で暮らすことも出来るぞ。お前が望むのならばな。その方が国も都合が良いだろう。だが今は平時だ。お前の出番はそうそうないだろう。ここより豪奢な生活はできるだろうが籠の鳥も同然だ」

「いやっ、それは困ります」


 家族と離れるのも嫌だし……そもそもなんて説明したらいいの? 心配性のお父さんの反応が怖い。それに、ここで働いていたいし。まだまだメイドとしては未熟だし。ちょろっと観光くらいはしてみたいけど、王城で毎日ぼんやり過ごすなんて絶対に嫌だ。


「……だろ?」

「今回の件はハヤトが熱心に国に口添えしてくれたのです」

「あっ、ありがとうございます!」

「うん。お前の意志を確認しにきたんだ。俺の思ったとおりで良かったみたいだな」


 私は小田さんに深々と頭を下げた。なんかおかしな人だと思ったけど、私の為に色々動いてくれていたんだ。感謝しなくっちゃ。


「ところで二人のご関係は?」


 なんだかさっきから二人とも仲が良さそうだ。まるで兄弟の様に。見た目は全然似ていないけど。


「戦友さ。共に銃弾の中をかいくぐった」

「そういう事になりますね」


 そっか。苦難を乗り越えた特別な絆が二人の間にはあるってことね。それとあともう一つ、どうしても聞いておきたい事がある。小田さんの中の何かを刺激してしまいそうで怖いけど、だって気になるんだもん!


「なんで鎧なんですか? 銃で戦う時代に重くないですか?」

「アンナマリー、これは勇者だけが身につけられる特別な鎧なんだよ。彼にだけは重さを感じさせないはずだ」

「あああ! やっぱり悪目立ちする! こんなの着て歩きたくない!」

「ダメですよ! 刺客がいつ現れるか分からないんですから!」


 ジェラルド司祭が再び彼を宥めることとなってしまった。あーん、やっぱり。


「アンナマリー、もういいですよ。仕事に戻ってください」

「は、はい。分かりました旦那様」

 

 ジェラルド司祭がそう言ったのを良いことに私は二人の居る書斎から逃げ出した。私の顔を見て満足したのか、小田さんはそのまましばらく教会でジェラルド司祭と話し込んだ後、帰って行ったけれど……なんか濃い人だったなぁ……。


「ともあれ……」


 これで私のメイドライフは保障された。うふふー。美男美女のご主人様と奥様に頼れる先輩のいる職場なんで恵まれすぎているからね! そうそう手放す気はないよー。

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