2話 噂のアイドル

「奥様の方を見た? お腹が大きかったわよ」

「都会はごみごみしているからね、田舎でゆっくり子育てでもするつもりなんだろう」

「ダーレンス司祭には悪いけど、次の礼拝が楽しみ」


 チュンチュン。噂好きのすずめ……じゃなかった女性陣が司祭様達が立ち去った後も残ってあれやこれや話しまくっている。


「まあーったく! せっかく平和な村だったって言うのに嘆かわしい」


 一人だけ不機嫌そうな声を出しているのはマリアおばさんだ。この人は押しが強くてうるさ型なのだ。


「あたしは騙されないよ! あんな若い司祭だなんて。村の娘っこに手を出すに違いないよ」


 少なくともマリアおばさんに手を出すようには思えないけど。そうでなくてもあんな美人の奥様がいて乳臭い田舎娘に興味なんて湧くかしら? と、心の底で鼻で笑ってその日は帰った。




「はーっ……やっぱり素敵……」


 そう呟いた前の席の子が母親に小突かれている。今日は新しく赴任したジェラルド司祭の執り行う、初めての礼拝だった。朗々とした声は聞いていて心地よかったわね。イケメンから出る声はやっぱりイケメンだわ。


「あの、ヘザーさんですか?」

「はい?」


 帰り際に揃って席を立ったところでまさかのそのイケボの主がこちらに向かって来た。あわわ……神々しくて溶ける。ってのは冗談として、一体何の用だろう。


「実はお願い事がありまして……そちらのアンナマリーさんの事なのですが」

「うちのアンナに? なんでしょう」

「実は、妻の臨月が近づいているので家事の手伝いを頼みたいのです。今居るメイドでは手が回らなくなってきていまして」


 なんて事! メイド見習いの仕事が回ってきたわ。それもこんなイケメンのお宅で。


「いやぁ……うちの子はまだ子供ですから」


 お父さん! 勝手に断らないで! またとないチャンスなんだから。


「是非考えてみてください、良い返事をお待ちしていますよ」


 愛想の悪いお父さんと違って、さわやかな微笑みをジェラルド司祭は返した。




「ちょっと、お父さんどういう事?」

「あ、アンナマリー……ちょっと落ち着きなさい」

「落ち着いてられるもんですか!!」


 帰宅後、私はすごい剣幕でお父さんに詰め寄っていた。お父さんは気まずそうに頬を掻く。


「勝手に何断っているのよ!」

「それはだなぁ……お前はまだ小さいし……何しろあの司祭様は若すぎる。そんな若い男の所に娘を行かせるのはなぁ……」

「ジェラルド司祭様はそんな人じゃないわよ!!」


 マリアおばさ……あのクソババアと同じような考えの人間が身内に居るなんて!


「ダメだ、お前はまだ12歳なんだぞ?」

「お父さん。うちだってそんなに余裕がないんだから、いずれ私もメイド奉公でもしないとやってけないでしょ? これはその見習いをする絶好のチャンスなのよ?」

「う……」


 私の剣幕にようやく観念してお父さんは渋々認めてくれた。まったく、もう! あのイケメン司祭様の悪口を言った上に、私の進路の邪魔までして。バチが当たるわよ!


「アンナマリー。お父さんは、ちょっとお前には過保護なんだよ。許してやってあげて」

「今日一日口をきかないだけで許してあげるわ」

「アンナマリー……」


 仕方ないわね。とお母さんはちょっとだけ笑いながらため息をついた。


「ねぇ、お母さん」

「なんだい?」

「お父さんはまだ私が戦争に取られちゃうとか思っているのかしら」

「どうだろうねぇ、戦争はいつ起こるか分からないから」


 ……口をきかないのは半日だけにしてあげようかな。



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