1話 はじまりの村から

 ジョージがその一報を……第三子の無事な誕生を聞いたとき、喜びと共に複雑な気持ちを抱いた。


「お、女の子か……」

「あらあなた、小さい頃は女の子の方が丈夫なのよ」

「そうなのか?」


 怖々と小さな生まれたての命に手を伸ばす夫に妻は苦笑した。オモチャのように小さな爪も、くしゃくしゃの寝顔も長男や次男と変わらないのに、何をおびえる事があるというのだろうか。


「この子の名前はどうしましょう」

「エストン村のアリア叔母が名付け親になってくれると確か言っていたが、てっきり男の子だとばかり思っていたな……」

「もう、あなたのその思い込みはどこからくるのよ」


 産後まもない妻に呆れた顔で見られつつ、ジョージは頬を掻いた。そこまでは平和で平凡な辺境の片田舎の村の普通の村の光景であった。


 数ヶ月後……アンナマリーと名付けられた我が子に洗礼を受けさせる為に教会に向かったジョージとその妻サラは思いがけない言葉を老司祭から聞く事となった。


「ふむ……この子は『癒やしの手』の才がありますな」

「なんですって、司祭様……ご冗談でしょう?」

「冗談でこんな事を言うものか。確かに癒やしの才を感じるぞ」

「そ、そんな……」


 『癒やしの手』の持ち主は回復魔法を使う事ができる。その確率は千人に一人とも一万人に一人とも言われていた。本来ならば他に類を見ない天賦の才であるのだが、ジョージは素直に喜べなかった。と、いうのも今は戦時。多くの回復魔法士が戦場に送られ、最前線ではないものの危険に晒されている。


「この子は女の子なのに……」

「まぁ、おぬしの案ずるのも分かるよ。だが神より送られた才能ギフトは生かさねば……」

「なんて事だ!」

「あなた……」


 めでたいはずの洗礼の日。ジョージ夫婦は赤子を抱いてとぼとぼと自宅へ戻ることとなった。その子の未来を憂いながら。




*****




 そう言えば、駅前には青果店があったな。と今更のように思い返す。あの大量のキウイはそこのものだろう。バス事故のごたごたで転がったのだろうか。


『死因……キウイか……』


 ――自分の状況を考えるとそういう事になる。なんて間抜けな死因なんだ。

 そして……私は気がつくと前世の記憶を持ったまま赤ん坊になっていた。まずはろくに身動きのままならないまま、『癒やしの手』だなんて訳の分からない言葉を聞かされて大混乱中。

 私の父親と母親だと思われる人達はなんだか気の毒そうな顔でずっと私を見ているし不安しかなかった。


 そんなこんなで時は流れて5年。スマホもTVもない上にど田舎のこの世界の生活に初めはうんざりしていたが、次第にそれも馴れてきた。茶色い髪に青い瞳のごく平凡な村の女の子、それが今の私だ。たったひとつの事を除けば。


「アンナマリー! うちの子の熱が下がらないんだけど」

「はいはい、ちょーっと待ってて」


 井戸から水を組むのを中断して、三軒隣の坊やの額に手を当てる。鳩尾のあたりを意識すると魔力が注がれていくのを感じる。


「こんなもんかしら」

「ああ、ありがとう。あとでお礼を持っていくからね!」


 近所のママさんはお礼を言いながら去っていた。……こういうこととはねぇ。確かに頭の痛いのを治せるようにしてくれると、あのなんだかよくわかならない存在は言ったよ? でも実際は自分の頭痛どころか周りのちょっとした病気のほとんどを治せる。


「『癒しの手』、ねぇ……」


 じっと自分の掌を見つめる。この村には病院もないから周りのみんなからは重宝されているけど……。けどね! 戦争なんて数年前に終わっちゃったんだよね! だから私が戦争に従軍するような事は無いって訳。拍子抜けでしょ?


「アンナマリー! ストールをしなさい! もう行くわよ」

「はぁい、お母さん」


 私の名前はアンナマリー。元の名前が杏奈だからなんだか変わり映えがしない。そういえば出かけるって言ってたっけ。お母さんは私の手を引いて村の出口まで来た。そこには馬車が一台止まっていた。


「エヴァおねえちゃん」

「アンナマリー、元気でね」


 トランクを持った従妹のエヴァがこちらを見つけて手を振った。


「お母さん、エヴァおねえちゃんはどこいくの?」

「首都までメイド奉公にいくんだよ」

「……メイド?」

「そうだよ。大変だろうけど」


 村の皆に別れを告げるエヴァおねえちゃんを眺めながらお母さんはそう言った。


「お母さん、メイドがいるの?」

「うん? いるけどなんだい?」

「ちょっと変な事聞くけどそのメイドはニャンニャン♪とか言わない?」

「……言わないよ! 何なのかしらねこの子は!」


 メイド! それもガチのメイド!? ……これはやるっきゃないんじゃない?


「お母さん、私もメイドになる」

「何言ってんだか、まだ早いわよ!」


 そうだった。私はまだ五歳だった。その日から私は家のお手伝いを積極的に行うようになった。いつか来るメイドになる日の為に。




そして私は12歳になった。私の新しい人生も節目を迎えようとしている。そろそろ……メイドの見習いとしてならどっかに雇われてもいいんじゃないかしら。


「ねぇ! アンナマリー大変大変大変だ」

「なぁに、お兄ちゃん」


 季節は秋。際限なく落ちてくる落ち葉を庭でほうきでかき集めていると、次兄のマークが飛んできた。すでに別の村に所帯を持った長兄のアントニーと違い、この兄はいつまでも落ち着きが無い。


「新しい司祭様が来たよ!」

「あら、早いわね」

「それがさぁ……」


 にまーっとマークが笑った。んん、この顔はトラブルの匂い。マークは男のくせに大のゴシップ好きなのだ。だからモテないんだよ。


「なんなのよ、マーク」

「いいからさぁ……見に行こうぜ、今教会の前に居るから! 早く」


 マークに手を引っ張られながら、教会を訪れるとすでに人だかりが出来ていた。その隙間を縫って前に進むんだ私は度肝を抜かされた。


「わぁお……」

「だろぉ?」


 隣のマークから得意げな声が上がる。あんたの成果でもなんでもないっつうの。そしてマークが私を引っ張ってきたのは妹の間抜け面を拝むためだと気づいて、その瞬間眉をひそめた。

 なんでそんな悪趣味な兄に間抜け面をご披露する羽目になったかというと、だって……こんな田舎に似合わず、新しい司祭様はとっても若かったんだもの。

 そしてなにより、サラサラと細い絹糸のような金髪に明るいグリーンの瞳の、まぁ……つまりハンサムだったのだ。見た事のない程特上の。


「ハリウッドスターみたい」

「すたー? へ?」


 首を傾げているマークを無視して、私はもう一度新しい司祭様の方を見た。私だけじゃ無くて、いつの間にか村の娘達が大集結している。おまけに奥さん方も。


「皆さん、ダーレンス司祭からこの地の教会を引き継ぎました、ジェラルドと申します」


 そう言ってからジェラルド司祭様は馬車のドアを開けた。そこから降り立った人物が一人。


「そしてこちらが妻のモニカ。夫婦共々、よろしくお願いいたします」


 はああああ~~~~っと、人垣から大きなため息が漏れた。ううーん、イケメンだけど既婚者かぁ。惜しい。でも、そうでもないと教会はこんなイケメン派遣しないかもね。うんうん、見るだけで我慢しよう。イケメンは健康にいいって言うし。え? 言わない?

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