《なんて素晴らしい告白なんだ》


 あれから数日経ち、俺はとりあえずという事でアクアに冒険者になる許可を出した。

 ただし「止める!」といつつ、むしろ後押ししやがった王子様には、アクアの護衛を頼む事にした。「普通逆だろ!?」と駄々をこねていたが、知るか。俺は王子より娘が好きだ。


「で、何でお前は夕飯までうちで一緒に取ってるんだ? もしかして暇なのか?」


 俺はパンを片手にエメラルドに目を向けた。


「王子の仕事は兄貴達が全部やってくれるからな。ていうか、俺とライフの仲だ。良いだろ?」

「……まぁ、駄目とは言わないけどよ」


 アクアにちらり、と視線をおくる。

 こいつ、そろそろ怒るんじゃねぇの?

 と、思ったのだが、当のアクアは「へ?」と小首を傾げるばかりだった。


「王子様は、いつアクアと結婚してくれるんだ?」


 冗談が本当になれば良いけど、そんな上手くいかんか。いつもの罵声を待っていると……うん? 何も無い。


「…………っ」


 アクアの反応がいつもと違う。明らかに違った。顔を赤らめ、もくもくとパンを食べ続けている。

 おや、おや。おやおやおや!? これは、満更でもないんじゃーー!?



 俺は上機嫌でワックワクが止まらないまま、今聞いたら駄目だっ、今聞いたら駄目だっ、と自分を押さえつけた。そして王子様が帰るなり「アクア!」と声を掛ける。


「ちょ、いきなり何っ?」

「アクア、あいつの事好きなのか? 王子様の事」

「……あ〜、ちょっとね。まぁ、結婚してやっても良いかなって気になってきたから、あいつを落とすことにしたの」


 うわっ、超上から目線〜!

 でも、そこがいい所か。


「落とすって、凄いな! 相手は王子だぞ? いけるのか?」

「うーん、やっぱり大事なのは好きな属性タイプよね? 今日はいい子ちゃんを貫いてみたんだけど、どうだった?」

「…………」


 言われてみれば。通りで大人しいわけだ。


「何か変だった」

「やっぱり? 私も何かしっくり来ないのよね」

「明日はどうする?」

「……ううん。よし、決めた! 明日は妹っぽさを全面に出していく!」


 覚悟を決めた顔でアクアが俺を見上げた。

 妹か、俺も妹欲しかったし、アリだな!


「じゃあ、ちょっと俺で練習だ」

「わ、分かった。――……っねぇ、おとーさん! エメラルド君はどこ? 明日は剣術の稽古を付けてもらうことになってるのにっ」


 ぷんぷんっ、と頬を膨らませ、幼い喋り方が最高にカワイイ。アリ! アリだ! パーフェクトだぁ!!


「妹って……いいな」


 俺が親指を立てると「出来てた?」と聞くので、満面の笑みで頷いてやった。




 と、まぁ、こんな感じで王子様の好きな属性タイプ当てが始まった訳だけど、色々やってみてもまぁ、王子様は落ちなかった。

 可愛いアクアがあんなに頑張ってるんだぞ、そこは恋に落とされてみろよぉ!?



 こんな不毛な日が続けば、アクアも疲労困憊だ。ついに今日の夕食でアクアは王子様にキレた。


「あんた一体、どんな属性タイプが好みなのよ!!!」


 これがたった今の事だった。


「え、属性タイプ?」


 端正な顔は頭上にクエッションマークを浮かべた。


「あれも駄目、これも駄目! もういくつの属性タイプを演じたか分からないわ」


 落とす、と言いつつ、ギブアップだ。

 王子様からしたら、ただの巻き込み事故でしかない。さすがにこのキレ方は王子が哀れで俺も苦笑いを漏らした。


「あ〜、だからここずっとあんた変だったのか」


 王子様は納得したように俺がドキンとしてしまうような綺麗な笑みを零した。


「じゃああんた、俺が好きな属性タイプを演じて、俺を落とそうとしたわけだ」


 スープを口に運ぶ手が止まる。

 バレたぁ!? 大丈夫か、アクア? とアクアに視線をやると、あああぁぁ……!? 顔面蒼白、冷や汗だらだらなのが一目で分かる。自分を嘲笑うかのように嘲笑し、口角をひくつかせていた。


「あんた、俺に惚れたな?」


 それは地雷! 駄目なやつだぞ王子様分かってるのかぁ〜?

 でもカッコよ、本当、カッコイイなあんた!!


「こっ、この……っ、クソ王子!! だったら何よ!? 悪い? あんたも私に惚れなさい!?」


 ゴホォッ。飲んでいたスープの具材が俺の喉に詰まる。アクア、殺す気か! 血迷ってなんて事を言いやがる。

 俺が慌てふためいていると、王子様は「あははは!」と爽やかな声で笑った。


「ああ、それが良い。俺は今のアクアみたいな属性タイプ好みだ」


 いたずらっぽく笑う王子様に、ぼんっ、とアクアと俺は親子揃って、赤面してしまった。

 やってくれる。告白みたいなもんじゃねぇか。

 力が抜けたのか、ガタン、とアクアが一気に腰を下ろす。



「……っおいおい、王子様、どういう心情の変化だよ?」


 放心状態のアクアを見て俺は咄嗟にエメラルドに耳打ちする。


「まぁ、なんだ。何だかんだ飽きないし、結婚してやっても良いかなって気になってきたんだよ」


 ……なんだそれは。全く、二人して同じような事を言いやがって。


 くううぅぅぅ、テンション上がってきたぁぁ!!


「……っそうか! そうかぁ!」


 バンバンと王子様の背中を叩きながら俺は涙ながらに呵呵大笑した。


「痛い痛い……。でも、これが告白って言うのも格好が付かないよな」


 そう言って王子様はすっ、と立ち上がるとアクアの元に行き手を引いた。


「えっ」

「行くぞ」


 アクアを連れて、俺の前を横切る。


「ライフ。あんたの娘、ちょっと借りるぞ。あと、今日は付いてくるなよ」


 ――バレてたか。

 俺は「行かねぇよ」と片頬を上げて、二人を見送った。二人が店を出てしまった後で、俺は部屋の隅に飾られた写真を持ち上げた。

 写っているのは、死んだ妻だ。

 死んで何年も経つのに、笑顔も声も今でも鮮明に思い出すことが出来た。


「……めでてぇな。本当はお前も一緒に祝えたら良かったのに、勝手に早く死にやがって」


 言いながら俺はゆっくり腰を下ろした。


「……あいつ王子だけど、良い奴なんだよな。何もエメラルドが王子だったから結婚勧めてたわけじゃないんだぜ? あいつに初めて会った日、俺はあいつの隣にアクアを見た。運命だと思った。俺とお前みたいでロマンチックだろ?」


 俺はすっかり冷えてしまったスープを口に運んだ。


「んまい!」


 久しぶりに酒でも飲みたい気分だった。

 いい夜だな。


「……俺はまだそっちには行けないけど、必ず逢いに行く。それまで飽きずに待っててくれよ」


 写真を元の場所に戻して、朗らかに笑う。


 ――幸せになれ、アクア。お前の幸せだけが、俺達・・の最初で最後の夢だ。

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