属性は何を選択すればお嫁さんにしてくれますか?

成瀬 灯

《なんて素晴らしい青年なんだ》

  ブロッサム王が治めるこの国の城下町で武器屋を経営する俺は今日も今日とて悩んでいた。今日は我が娘、アクアの十八歳の誕生日。

この国では十八歳になったら、王宮に仕えるか、嫁に行くか……とにかく独り立ちさせる風習がある。

 しかし俺ときたら、今日の今日まで娘の将来をノープランできてしまったのだ。



「俺はどうしたら良いんだあぁぁ!!」


 路地の真ん中で頭をぐしゃぐしゃと掻く。すると後ろから「おい、おっさん」と恐らく俺を呼ぶ声がした。


「誰がオッサンだごらぁ!?」


 そう凄んで振り返ったのもつかの間、一人には銃を向けられ、もう一人には短剣を突き付けられていた。


 何だよ、二人かよぉ!! ちくしょおぉ〜!!

 しかも銃も短剣も俺んとこの店から買ったやつだろ、お前らぁ〜!!!


 この城下町にある武器屋と言えば、俺の店しか無い。それは儲かるし良い。だが、こうも脅される時まで俺ん家の武器使われるとさすがに切ねぇよ、俺は!!


「も、も、目的はなんだ!!」


 あくまで屈しない姿勢だ。多分。


「決まってんだろ! 金だよ金ぇ!! 出せよおらぁ!」


 短剣が俺を脅す。

 ですよね〜!! もう無理だ、屈しない姿勢無理だ!

 あぁ、俺は娘の誕生日に金を取られんのか……。武器屋なのに一切武器を上手く扱えない自分が憎い!!


 そう、金を出す覚悟を決め瞬間だった。


「お〜やってるね。まだ昼間だぜ?」


 見知らぬ男が俺たちの前に立ち塞がり、にやりと笑った。


「誰だてめぇ!?」


 銃が慌てた様子で叫ぶ。

 が、既にそこには男はいない。風の如く俺たちの横を駆け抜け、腰に掛けた剣を戻す音がした。抜いたのは見てないけど。


「まぁ、名乗るほどの者じゃないよ。……聞いてないか」


 バタバタ、と音を立て俺の横で一人(短剣)、俺の前で一人(銃)が倒れた。

 俺は勢い良く背後にいる男を振り返る。

 まさかあの一瞬で切ったのか!? やっ、やっべぇぇーー!


「おいあんた! 助かった、本当にありがとう! 若いのに凄いんだな〜!」

「まぁ、鍛えてはいるからね。それより、あんたが無事だったみたいで何よりだ」


 男はクールな顔に、小さな笑みを浮かべた。

 俺はその瞬間、びびび、と来た。

 これだ、と思った。むしろこれしか無い、と思った。


「おい……っどうしたらあんたの嫁にしてくれる!?」

「…………は、まさか、あんたそっち系なのか?」


 思ってもいなかった言葉に俺は目を見開いた。

 何だって? そっち系?

 あれか、娘の結婚相手を勝手に決めちゃう系の父親なのか、って話か! 俺は合点して「そうだ」と頷く。


「今どき珍しくもないだろ? むしろそれが普通だと思ってたが。でも俺は一応、お互いの合意も大切だと思ってる」

「いやいや珍しいだろ!! あんた大丈夫か? 絶対に無理だ!!」

「待て待て待て! あんたが良いんだ! どんな属性タイプが良いんだ? ちゃんと俺があいつをそういう属性タイプにするからさぁ! とりあえず会うだけでも!」


 「え」と小さく声が聞こえた。


「……会うだけ? あいつ? ……あんたが俺の嫁になりたいんじゃないのか?」


 何を馬鹿な事を言い出すんだおい!!


「なわけあるか!! 俺の娘だよ!」

「焦らすなよ、本気で焦ったよ! ……で、あんたの娘ってなんでまた?」

「娘が今日18になったんだがな、いや、結婚させるにも相手がいないって思ってた所にびびっと来たんだよ。頼む……っ俺の娘をあんたの嫁にしてくれ!!」

「……って言われてもな。困った、どうするか」


 顎に手を当てて考える素振りを見せる。


「あんた好きな属性タイプは!? どんな子が属性タイプだ! どうすれば娘を嫁にしてくれる?」


 俺は必死に言葉を投げつけた。しかし、待った、のポーズで手のひらを出されてしまう。


「ちょっと落ち着いてくれ。あんたはそういうが俺にも俺の事情がある」

「……どんな?」


 聞くだけ聞こう。納得するかは別だ!

 男は言いたくなさそうに顔を歪め俺を見た。


「……っはぁ。俺はこの国の第一王子エメラルドだ。分かるだろ? 事情は山積みだ」

「は? はあぁ!? 王子ぃぃ!?」


 王子ってあれか? こいつまさか!! ブロッサム王の息子……っ!?

 思わず後ずさりする。


「まぁ、俺は王子なんて御免だけどね」


 そう王子エメラルドは、さっらさらの金髪の髪をくしゃっと掻き上げた。

 絵になる王子だなこの野郎。

 とは言え、王子と聞いてもこの貴族らしくないラフな服や言葉遣いから、あまり嫌味には感じない。むしろ王子なのに俺を助けてくれたって何て良い奴!!


「……そんなに驚いた?」


 驚きすぎて頭の中だけがフル回転で、硬直状態だった俺に王子が苦笑う。


「……わ、悪いな、こんなびっくりしたの何十年ぶりでびっくりしたことも忘れてたわ。でも王子か〜! 大変そうだな」


 全然知らないけど、大変そうなイメージだ。一応労っておく。


「あんた他人事だな……。そうだ、あんた名前は何て言うんだ?」

「俺か? 俺はライフだ。城下町で武器屋やってるんだ」


 年の離れた友人が出来た気分になって、俺は頬を緩ませた。


「王子様よ、助けてくれたお礼もある。今夜、うちで娘の誕生日パーティーがあんだよ。来ねぇか?」

「……あわよくば結婚してくれ、って算段か?」


 ため息混じりに笑う王子は意外にも嫌そうでは無かった。


「バレちまったか。まぁ、王子の事情もあるだろうが、あんたそういう事情とかちゃんと守ったり考えたり気を回す様な玉じゃないだろ?」


 分かった風に言ってみるが、多分そうなんだろうなと俺は思う。王子らしくない、というか、ちょっと俺に似てるって言うか直感でこの王子様を気に入っちまったんだから仕方ない。


 俺は路地から歩き出した。


「くくっ……ははは!! ライフ、あんたみたいな失礼なやつ初めてだよ! ははは……っ、あーあんた俺の親よりよっぽど俺の事分かってんな」


 親と言えば王様と王妃様か。俺は顔を思い浮かべ、なるほどと思う。彼らみたいな堅物には確かに理解は出来ないかもな。


 何だかんだ俺の後を着いてくるエメラルドに俺はパーティー参加の承諾だと見て、家に向かった。

 様々な店が並ぶ城下町を進み、『CLOSE』と書かれた札が掛かる店の扉を開けた。


「ここが俺の武器屋だ。アクア……ああ俺の娘な。アクアはまだ帰ってないはずだ」


 そう言いながら店の奥にエメラルドを案内する。店の奥はキッチンとリビングになっていて、ここが今日のパーティー会場だ。


「…………ライフ、これは何だ?」

「何ってパーティーだよ」


 腰に手を当て言ってやる。エメラルドは目を丸くして部屋の中を見回した。これでもかというくらい、様々な飾り付けがされた部屋は多分王子様にとっては異様だろう。


「普通、パーティーはこうなのか?」

「いや、多分俺ん家だけだ」


 俺は机の上に木の皿を並べながら小さく微笑んだ。


「アクアな……、母親がいないんだよ。俺の奥さんさアクアを産んですぐに死んじまったから、アクアはずっと俺と二人。……誕生日くらい寂しいの忘れるくらい盛大にやりたいだろ?」


 我ながら泣けること言っちまった。急に照れくさくなって、鼻を掻く。


「……そうか。そういう事なら今日だけ手伝うぜ? 結婚とかはまぁ置いといて、パーティーを明るくするくらいなら」


 エメラルドが気を遣ってくれたのか、そんな事を言い出した。


「あんた本当に良い奴だな!! ますますアクアと結婚して欲しいよ、ったく! でもありがとな」

「礼は良いよ」

「そうと決まれば! おい王子様、ここに入ってくれ!」


 テーブルの前に置いて置いた大きめの箱を指さす。プレゼントBoxだ!


「――……は?」

「うん」


 笑顔で頷く。


「はあぁぁ!?」


 エメラルドが声を上げた。目を大きく見開き、何やら驚いている。


「どうした?」


 短く問う俺にエメラルドは「本気で言っているのか?」と頭を抱えた。

 本気も何も冗談をいつ言った?

 俺は「よろしくな」とエメラルドの背中を軽く叩いた。


「…………入ったらどうすれば良い?」

「そうだな……。俺の合図で登場してくれ」


 王子様が誕生日に来てくれたって知ったらアクアのやつ、どんな顔するかな。サプライズだサプライズ! 俺は緩む顔を必死に保った。



 夕刻になり、準備が全て整った頃に「ただいま〜」とアクアの声が聞こえた。


「お、アクア。おかえり! パーティーの準備は出来てるぞ」

「はいはい、恒例の誕生日パーティーね」


 リビングに入ってきたアクアは、しれっとそう言うと、驚く様子も無くいつもの様に高い位置で括られた赤髪を揺らした。

 アクアは髪を結ぶのに黒い紐リボンを使っていて、赤い髪に良く映える。俺がいつだったかの誕生日にあげたやつで、アクアはその日以来、ずっとそれを付けている。


 しばらくしてアクアが席につく。


「……ほら、パーティーやるんでしょ?」


 目を合わせずに言う。しかしアクアが喜んでることは明白だった。俺からしてみれば、素直そのもの。


「始めるか! じゃあ、手始めにプレゼントだ。良いぞっー!」


 王子様を呼んでやる。大きめのプレゼントBoxが音を立てて開いた。

 そしてエメラルドが姿を現す。


 俺は、よしよしよし、と思う。ここまでは計画通りだ。

 悪いが王子様、どさくさに紛れて言っちゃうぞ、俺は。我知らず、口角が上がる。


「……今年のプレゼントは、エメラルド王子だ! そしてアクア――お前の 結婚相手・・・・ だ」


 瞬間、エメラルドとアクアの瞳が大きく見開かれた。そして、


「「……っは、はああぁぁぁぁ!?」」


 二つの言葉にならない声が重なった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る