第16話 百花繚乱バレット・ダンス

ドアベルすら付いていない扉を、静かに開ける。

鍵が掛かっていなかったし、そもそも閉店しているのであれば鎖のエフェクトに阻まれるはずだ。

なら、この店は開店している。

もっと言うなら、リチリアはログインしている。


「こんばんはー……」


一人で会うのは初めてだったし、リチリアがこちらを覚えているかも解らない。

しかしとりあえず挨拶をしておけば円滑になることはあってもその逆はないだろう。

店内に客の姿はカズキ以外に無く、しんと静まり返った空気は冷たく感じられるほどだった。

絞られた照明のオレンジを淡く反射する鎧や剣が壁にずらりと並んでいるおかげで、暗いとまでは感じない。

不思議な雰囲気の店だ、と改めて思った。

暗いのに明るくて、静かなのにうるさくて、そして、冷たいのに店主はちゃんとそこにいる。


「……お前か」

「……俺のこと覚えてる?」


初めて会ったとき同様、リチリアはカウンターの中で読書していた。

カズキの姿を認めると、こちらを覚えていると思って良さそうなリアクションをする。

それについて言葉を探りながら問いかけたが、チッ、とはっきり聞こえる舌打ちをされた。

スピンを挟んだ分厚い本をどんとカウンターに置くと頬杖を付いて、不機嫌そうな表情を浮かべる。


「面倒臭い元彼みたいな質問すんな。覚えてるよ、ロクの奴が連れて来た絵描きだろ。一人で何の用?」


明らかに歓迎されていない。

それもそうか、客ではないと思われているだろうし、実際客ではないのだから。

カウンターに歩み寄り、リチリアに近付いた。

彼女には、聞かなくてはならないことがある。

これはロクに任せるわけにはいかないと思っており、自分自身でリチリアから聞きたかったことだ。


「アンジュダガーを買ったのが、どんなプレイヤーだったか知りたくて」


そう。

層、と呼べるほどまだ厚くはないだろうが、客層を掴みたかったのだ。

『アンジュダガー』の購買層は女神のような美しさを求める女性プレイヤーを意識している。

なら、その狙い通りに売れたのかが知りたかった。


「あー……あー、ね。なるほど。市場調査がしたいわけか。女だったよ。胸のでかい」

「……なるほど」


だいたい予想通りで希望通りだ。

男か女か、それだけでも解ればいい。

リチリアはおそらく客の容貌や雰囲気をいちいち覚えていない。

それはリチリアに覚える気が無さそうだというのもあるが、この店に来る客は見た目に拘っているプレイヤーが多く、装備を頻繁に着替えているはずだ。

しかも、リピーターが居たとしても足繁く通うような店ではない。

ならリチリアでなくても覚えているわけがないし、むしろ性別だけでも覚えているのはありがたいくらいだった。


「ありがとう、それが知りたかった。次回作に活かすよ」


踵を返し、リチリアの店を後にしようとする。

客でないカズキが長居するのは迷惑だろうし、雑談を弾ませる間柄でもなければリチリアにその気もないだろうと思ったからだった。

それに、ロクとは『アンジュダガーが売れるまで次回作には着手しない』という約束を交わしてある。

理由は色々あるのだが、武器と絵画を抱き合わせて売る方法が上手くいかないようであれば別の方法を考えるべきだろうと考えた、というのが大きい。

つまり、アンジュダガーが売れないようならこの路線は失敗するから、次回作を作っても芳しい結果は得られないかもしれないという話だ。

言い出したのはカズキではなくロクである。

ロクからしても、公式のテンプレートではないデザインをベースに武器を鍛えるのが無駄になるのは辛いのだろう。

それ以上に、カズキが絵描きを目指していることを本気で応援してくれているからだとは思うが。


だが、アンジュダガーは売れた。

なら、この路線で勝負したい。

となれば早速新しいデザインに取り掛かろうと、気がはやっていた。


「待ちな」

「……はい?」


背中に、ぶっきらぼうな声がかかる。

まさか止められるとは思っていなかったので少し驚きながら振り向くと、リチリアの灰色の垂れ目がこちらをじっと見つめていた。


「自分の言いたいこと一方的に言うだけ言って帰る気か? お前」

「あ、いや、そんなつもりじゃ……客でもないのに長居したら悪いかと思って。すみません」

「悪いかどうかはあたしが決めることだよ。客の情報提供はサービス外。ならギブアンドテイク。……言いたいことは解るな?」


背筋を、百足が這うような悪寒が襲う。

にぃ、と笑ったリチリアの目付きは蛇の鋭い眼光を思わせ、足が竦んだ。

一体どんな要求を吹っかけられるのか――と息を飲む。

リチリアはカウンターの内側から、とある物を取り出した。



「……なるほどね?」


それから日を跨いで、カズキはスピカ、ナナと共に自由領域フィールドに出て来ていた。

スピカ、ナナ、そしてカズキの手には、真紅のボディにシルバーのラインが走った銃剣。

銃モードと剣モードを切り替えられるが、今は三挺とも銃モードにしてある。

銃身の長いシルエットで、全体的にごつごつとしているので女性の小さな手と比較するとちょっと厳つすぎる気もする。


リチリアからの依頼はこうだ。

新商品である、銃士ガンナー向けの銃剣、『レッドスネーク』を宣伝して来てほしい。

具体的には、『レッドスネーク』を貸してやるからそれを人目の付くところで振り回して欲しい。

それだけだった。

銃剣についての『装備の美しさの追求』はまだまだ発展途上らしく、リチリアは見た目の良い銃剣を扱う店という印象を強めたいのだという。

本人には黙っていろと言われたが、リチリアはスピカが『トロヴァトーレ』のメンバーなのを知っていた。

スピカをアテにしている部分もかなりあったと思われる。

……それにしても、リチリアが宣伝するような店主だとは意外だった。

当然余計な一言なので口を噤んでいたが。


なのでカズキはまず最近銃士ガンナーにお熱な二人に声をかけたというわけだ。

スピカは言うまでもないが、ナナも最近少しずつ魔法以外のスキルに興味を示している。

僅かながら銃士ガンナーの先輩であるスピカが付いていてくれれば、動きをお手本にして上達するのも早くなるだろうという算段だ。

それはカズキにも同じことが言え、使ったこともない銃剣をいきなり一人で振り回すよりスピカを巻き込んだ方がスキル的にも宣伝的にもメリットしかないと考えたからだった。


「私は特に異論ないけど、アイデアを提案しても良い?」

「どうぞ」


『レッドスネーク』のボディをしげしげと眺めていたスピカが、ちらとカズキを見上げる。

リチリアからの依頼について一番彼女の期待に添える動きが出来るのはスピカだと信頼していたので、スピカの提案を汲み取らない理由はなかった。


「これ、ただ戦うだけじゃそんなに宣伝にならないよね。で、人目に付くにはどうするか? ……メルアゲイルのボスを、銃剣で囲んでボコボコにしちゃえば、ボス狙いの人がギャラリーになるかもしれないと思わない?」

「……ボス? 行けるんでしょうか、私達で」


スピカは無計画に提案しているわけではなさそうだが、ボスという響きにナナが不安そうな声をあげる。

カズキからしても、不安が残っていた。


迷宮ラビリンスには、特定の層でボスが湧く。

しかし、マップには1体までしか存在せず、討伐することで次の瞬間マップのどこかにリポップする。

ボスと呼ばれるからには当然通常エネミーとは桁違いの強さを誇り、そして、ドロップするレアアイテムも違う。

そのためにボスの討伐だけを目的としたパーティが組まれることがあり、ボスを探して倒す、散らばってリポップしたボスを探す、見つけたら集合して倒す、を繰り返すプレイヤーすらいる。

スピカが言いたいのは、ボスを討伐しようとすることでリポップ待ちのプレイヤーがギャラリーとなるはずだ、ということだ。


だが、問題はこちらの戦力。

回復役ヒーラーも居なければ、スピカを除いた二人は銃剣の扱いに慣れてもいない。

そんな体たらくで本当に倒せるのか、というのと、ボスを独占しておいてなかなか倒せないでいるのは他プレイヤーの迷惑に当たる。

力量を見誤って敵に挑むのは無謀だし、ボス狙いのプレイヤーにとって処理が遅いのはもどかしい。

それで結果的に『トロヴァトーレ』の評判が下がっても困る。


「そこで助っ人を呼ぶわけ!」

「そういうこと~」

「わわっ!?」


スピカの背後から、にゅっ、とでも効果音が付きそうな動作で小柄な人物が顔を出す。

ナナが驚いて銃剣を取り落としそうになった。

会うのは1ヶ月ほどぶりになるが、その大きな丸眼鏡と長いミルクティー色のおさげ、そして真っ黒な魔女服。


「ドルチェが付き添ってくれるのか」

「かずにゃんおひさ~。うんうん、すっぴーが声かけてくれたからね。バフと回復は任せてくれて良いよ」

「でも、俺たちほぼ初心者なのに、ドルチェみたいな実力者の手を煩わせるのはちょっと申し訳ないな」


にこりと笑って同行を快諾してくれているが、ドルチェは本来であればメルアゲイルの浅い層に来るようなレベルではない。

前回に引き続きまた世話係のようなことをさせてしまうのは、若干の気後れがあった。

それはナナも同じであるようで、ボスに挑む不安がありつつもドルチェを頼る申し訳なさもある、と言いたげな顔をしている。


「あー、いーのいーの。どるはそれが趣味だし、見回りも兼ねてだから。ほら、ボスの処理が遅かったら横殴りされるかもしれないじゃん? でも七天しちてんのどるがいれば抑止力になるし、処理が遅過ぎるようならどるも手を出すよぉ」

「……なるほど。こちらとしては願ったり叶ったりだけど、見回りって……七天しちてんってそんなことまでしてるんだな」


聞けば聞くほどドルチェの背景が上位プレイヤーすぎて、本当に付き合わせて良いのだろうかという不安すらよぎった。

しかしドルチェが同行してくれるのはかなり助かるのも事実。

スピカとも仲が良いようだし、彼女の言う通り見回りの任も兼ねてでお互いに目的が一致しているのなら素直に甘えておくべきだろう。


「してるしてる。最近またチラホラPKの話も聞くしねぇ……ま、でもうちのやり方だと、PKする奴はPKされても文句言えないよねってことで殺し返すから」


そう言ってからからと笑うが、ドルチェと以前会った時に『トワイライトと同じ』と言っていたのを思い出してしまった。

殺されたから殺してもいいという理屈は、リアルなら通らない。

モラル的にどうというのもあるが、法律がそれを許していない。

しかしXYZ ONLINEエンドオンラインの場合そうでもしないと、『トワイライト』のような悪質なギルドを抑えられないのだろう。

『トワイライト』が、ショウから素材の取引や装備の販売を禁じられても平然としていたのを思い出す。

それで俺たちを殺したつもりでいるのか、そう言っていたはずだ。


とりあえずこの四人でメルアゲイル四層に湧くボス、ドルチェとスピカ曰く『エニグマンドラゴラ』を屠りに行く。

ドルチェはヒーラーであると聞いていたが、先程本人が言ったようにバッファーも出来る上、ダウザーの役割も担えてしまうのでヒーラーと呼んでいいのか解らなかった。

四層まではダウジングによる誘導でスムーズに移動することができ、ナナが「ドルチェさん、スキレベすっごく高いんですね……」と感嘆の声を漏らす。


四層は、ボスが湧くからというのもあるせいか他の層と比べると人が多い。

エニグマンドラゴラは、スピカ曰く見るからにボス然としているので見ればわかるだろうとのこと。

ドルチェをリーダーにしてグループチャットを作成すると、一度散らばることになった。


とは言ったものだが。

だいたい10m程度くらいの間隔で、均等に人の影がある。

ギルドハンティングをした時、人の少ないところに陣取って、敵のリポップを待ちながら同じところをぐるぐる円を描くように回っていた。

つまり、XYZ ONLINEエンドオンラインの狩場は誰が定めたでもない譲り合い精神を発揮させるのが当たり前の文化が育っている。

となれば、ボスを見つけても近くに人がいれば譲るしかないし、運良く第一発見者になれてもFAファーストアタックを取らなければ倒す気がないと見做されて取られてしまっても仕方がない。

自分はともかく、ナナは発見しても殴りかかる覚悟が決められないかもしれない。


『居た、座標24.156!』


スピカの鋭い声が耳に刺さった。

スピカから話を聞いたドルチェが用意してきてくれていたマッピング用アイテムを身につけていたので、四人が通った場所を記録したマップをメニューから呼び出すことが出来る。

スピカが救援信号を発したらしく、座標の位置から赤い光が波を放っていた。

一番近いのはどうやら自分らしい。

地を蹴って走り出すと、剣術のついでに伸ばしていた『高速走法』を発動する。


「スピカ!」


真っ先にスピカの元へ辿り着いたが――言葉を失った。


「――それっ!」


エニグマンドラゴラは、プラントをさらにふた回り大きくしたような植物型のエネミーのようだ。

球根のような大きな体から生えた長い蔦が幾重にもなり、その付け根、球根の頂点には人間の上半身のようなものが埋まっている。

有名なあの絵画のように絶叫しながら蔦を振り回しているが、スピカはそれら全てを紙一重で回避し続けていた。

それも、空中で。


ばん、ばん、とスピカの右手に収まったレッドスネークが連続で火を噴く。

その間もエニグマンドラゴラの猛攻は続き、変則的なリズムと動きでスピカを捕まえんとうねった。

しかしスピカは空気で器用に身を捻りながら、時には何もないところを踏み台にしてジャンプするような動きも織り交ぜてエニグマンドラゴラを翻弄する。

空中で横回転して蔦を避けると、長い髪が動きに追従して揺れた。


「やっ!」


威勢のいい掛け声とともに、スピカの右足がエニグマンドラゴラの顔面にのめり込んだ。

回避しながら、撃ちながら、動きを予測しながら、隙を見てエニグマンドラゴラの本体に接近して蹴りを叩き込む。

その難易度がどれほど高いことか、なんて。


「YYYYYYHHHHHHHH!!!!」


一際甲高い声でエニグマンドラゴラが絶叫する。

耳障りなそれはどうやらデバフ効果のある技らしく、いやらしいエネミーだと思わざるを得ない。


「こぉら」

「痛ッ」


ごちん、と後ろから頭部を叩かれる。

そこを押さえつつ振り向くと、ドルチェの杖に軽く殴られたのだと解った。

むすりとした顔を浮かべたドルチェは横目でカズキを見ると、杖の先端を光らせる。

どうやらかけられたデバフを打ち消すバフをかけたようだ。


「なにすっぴーにひとりでやらせてんのさ? 近接慣れしてないななりんはともかくかずにゃんは言い出しっぺなんだから戦いなよぉ」

「そうは言うけど……あれ、俺が手出ししたら迷惑にならない?」


言い訳がましいが、そう思うのも解って欲しい。

スピカの戦いは、カズキが予想していたものより遥かに美しく、『魅せる』戦い方だった。

スピカの計算通り、まばらではあるがギャラリーが生まれている。

そんな所に、確実に足手纏いな自分が入ったら。


「でも、あの銃剣頼まれたのかずにゃんなんでしょ? それなのにすっぴーひとりに頑張らせるのはなんだかなぁ~……」

「うぅ、解った、解ったよ……」


あくまでドルチェは、スピカ一人にやらせるなと言いたいらしい。

まぁ、解らないでもない。

本来リチリアから依頼を受けたのはカズキだけで、スピカは頼まれて、さらにドルチェは『頼まれたスピカに頼まれて』来ているのだから。

これで当事者のカズキが指を咥えて見ているだけというのは許されない。

元々は三人で戦ってみようという話だったのだから、スピカ一人にやらせるのは約束を反故にしたようなものだ。


レッドスネークをホルスターから抜くとグリップを左手で握り感触と重みを確かめる。

スピカのようにエアリアルな戦い方は難しいかもしれないが、スピカからヘイトを逸らすくらいは出来るだろう。

……よし。


「スピカ! 俺も加勢する!」

「カズキ!」


威嚇代わりに、天に向けて二発撃ち込んだ。

このゲームに残弾という概念はないので心配はいらない。

その代わり、一般的な銃のイメージと比べると弾の当たるリーチは短いので、銃剣は遠距離武器ではなく、実質中距離から近距離武器と言える。

ただし銃弾は魔力で出来ているという設定らしく、剣モードでは物理攻撃力が最も威力に影響を与えるが、銃モードだと魔法攻撃力が最も威力に影響を与えるようになっている。

剣モードでは耐久度を消耗するのに銃モードでは消耗しないので、銃モードを使うのはある意味魔法使いなのだ。

そのため、銃剣をメインウェポンに据える銃士ガンナーとして運用するのではなく、魔術師スタイルのプレイヤーが近接戦闘をこなすためにサブで導入するというかたちが固まりつつある。

リチリアはそれでも銃剣と銃士ガンナーの持つ魅力に可能性を感じているのだろう。


「BBBBBBBOOOOO!!!」

「……俺はこっちのほうがやりやすい!」


唸り声をあげて、エニグマンドラゴラの蔦が襲いかかってくる。

レッドスネークを素早く剣モードに切り替えると、銃身に走ったシルバーのラインに沿うようにして発光するブレードが生成された。

それを横薙ぎにして、蔦を斬り払う。

空中で戦うのは無理なので、こちらを狙う蔦を減らすことでスピカを狙う蔦も減らす、結果的にスピカが戦いやすくなるように動こうと判断した。


「それっ!」


意識がカズキに逸れたことで、再び本体の防御がガラ空きになる。

スピカは腕を伸ばして身を逆さにすると、空中を蹴り飛ばして本体の真上から急降下した。

ばばばばばばん、と猛烈な勢いでエニグマンドラゴラの顔目掛けて魔弾が降り注ぐ。

その反動でスピカは体勢を崩すが、すぐにくるりと回転して持ち直した。

その見事すぎる一連の流れを見ていたギャラリーから、おぉっ、という声が上がる。


「VVVVVVVAAAAAAAAA!!!」

「ほんっとうるさいのね、こいつ!」


苛立った声をスピカが発したので少し驚いた。

だが、すぐに理解する。

これは演技、『魅せるプレイ』のスパイスなのだと。

スピカの性格を考えれば、圧倒的に優位に立っているエネミーに対して悪態を吐くなんてことはありえない。


「なら……!」


空中でくるくると回転したかと思うと、スピカはエニグマンドラゴラの本体真正面に降りてくる。

もし本体の口などから攻撃する手段があったら危ない、と思いかけたが、これはパフォーマンスだ。

本当に危なくなりそうならフォローすることにして、カズキは近くにある蔦を斬り払うことに意識を向けた。


「その口、塞いじゃうんだから! これで……おしまい!」


スピカは勢いよくエニグマンドラゴラの本体の口に銃口を突っ込むと、再び先程と同じ、もしくはそれ以上の連続攻撃を叩き込む。

かなり大きな破裂音が連続して響き渡るが、エニグマンドラゴラの絶叫と違って小気味良いものに感じられるのはスピカのプレイが美しかったからだろうか?


「GGGGGGAAAAA……UUUUuuuuu……」


耳障りな断末魔を残して、エニグマンドラゴラのグラフィックが荒いポリゴンとなり――消え失せる。

……倒したのだ。


どっとギャラリーが湧き、拍手が巻き起こる。

音もなく静かに着地したスピカが、ギャラリーに向き直るとレッドスネークの銃口を向けた。

パフォーマンスだ。

さすが有名コスプレイヤー。

咄嗟の時に出せるポーズの引き出しが多い。


「カッコいい上強くて発砲音も良いなんてサイコーだなぁー! えっ!? この銃剣を売ってるお店があるんだけどみんな知らないの!?」


……演技の引き出しはかなり少ないようだが。

さっきの苛立った演技は良かったのに。

しかしスピカと話したいのか、ギャラリーのうち何人かはスピカに近付いていた。

当然だがカズキに興味を示すプレイヤーは皆無。

セールストークは素直にスピカに任せることにする。

それについてはドルチェも異論無いようで、カズキが近寄る素振りを見せなくても何も言わなかった。

当たり前だ、『見事な空中戦を魅せエニグマンドラゴラを実装されて日の浅い銃剣で見事打倒した美人プレイヤー』と話したいのにいきなりわけのわからない男に話しかけられてもうざったいだけだ。


「スピカ、凄いな……まさかあそこまで戦えるとは思ってなかった」

「魅せるプレイについては普通に上手いほうだし本人も極めるつもりあるからねー。……ななりんは何もしてないね……」

「……あ」


ドルチェが小声で呟いて、やっと思い出す。

……ナナのスキルレベル上げは、またの機会になってしまいそうだ。

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