第2話

 一方、マツリとデンカの徒党パーティ仲間であるトッシェとナリッサと言えば。


「ん……。栗の木を見つけた。トッシェ、戦いは質より数だよ?」


「ナリッサ……。数うちゃ当たるはやめておいたほうが良い気がするッスよ? そりゃ、収穫数でも、報酬はもらえるかもッスけど、所詮、平日の昼間にもイベントに参加しているようなプレイヤー層には勝てるわけが無いッスから」


 トッシェとナリッサは大きな栗の木の下で、栗拾いに従事していたのである。


「ん……。やっぱり、収穫数だと、働いてないプレイヤー層には勝てないか。じゃあ、美味しそうな栗だけ拾っておく?」


「そうッスね。じゃあ、ちょっと300ノブレスメダルで購入したペットたちに、どれが良さそうか、調べてもらうッスか」


 この『秋の収穫祭』では、期間限定で犬、猫、熊、山羊、獅子をペットとして、それぞれ300ノブレスメダルで購入可能であった。さらに、このペットたちに自分が採集した果物、魚、山菜、野菜、肉などの評価を簡易的に調べることが出来る。


 ただ、詳しい数値はイベント専用NPCアリウシ=アキーコに名産品を納入しないとプレイヤー側は知ることは出来ない。納入前のペットでの鑑定では【究極の】、【高級な】、【美味しそうな】、【普通の】、【小さな】の5段階評価として、プレイヤー側が知ることが出来る。


 トッシェは熊を呼び出し、トッシェの手のひらの上に乗せた栗の匂いを嗅がせるのであった。その中身がギュッと詰まっていて、今にも弾け飛びそうな栗の匂いを熊は可愛らしく鼻をすんすんと動かすのである。


そして10秒前後経った後、熊は嬉しそうにガオオオ! と吼える。


「おっ? どうやら【究極の栗】みたいッスね。いやあ、300メダルもつぎ込んだ甲斐があったっていうもんッスよ。おかげで、あてずっぽうで採集しなくて良いのは楽ちんッス」


「ん……。そうだね。ぼくたちのような平日の夜と休日しかまともにプレイできない層には、ありがたいよね。トッシェ、もう5,6個、念のために【究極の栗】を探してほしい」


「わかったッス。しっかし、なんで俺っちたちが山菜・肉担当なんッスかね? 果物だけ担当のデンカさんたちがうらやましいッス」


 デンカとマツリの2人組は果物担当。そして、ハジュンとカッツエが野菜と魚担当。トッシェとナリッサは山菜・肉担当であった。『秋の収穫祭』では2人組×3~5で1つの中くらいのグループとして登録し、その中で5種類の収穫物を集めて、他のグループと収穫数と評価点を競い合うことも出来るイベントであった。


 もちろん、トッシェたちのグループは収穫数で勝てるわけがないので、出来るだけ評価点の高いモノ狙いで動いている。


 しかしながら、なぜ、デンカとマツリが果物1種類だけの採集かと言えば


「あの付き合い始めて間もない2人がまじめに採集するなんて期待するだけ無駄なんですよね……。どうせ、先生たちが視てないところでイチャイチャし始めて、しまいには所作『口吸い』を連発しだすと思いますよ?」


「ガハハッ! 仲睦まじいのは良いでもうすが、新婚用屋敷でヤッてほしいのでもうすよ。というわけで、トッシェ殿、ナリッサ殿。デンカたちの代わりに頑張るのでもうすよ?」


 ハジュンとカッツエの計らいの元、デンカとマツリの負担は減らされたのであった。もちろん、ハジュンたちの考え通り、デンカとマツリはイチャイチャしており、さらにはたった300メダルのペットすら購入していない状況であったのだ。


「やれやれッス。マツリちゃんは女性なので、彼氏といちゃつきたいってのはわかるッスよ? でも、どっちかというと、デンカさんのほうがのめり込みすぎている感じがするッス……」


「ん……。僕の予想だと、デンカさんって今まで彼女らしい彼女はいなかったんじゃないかな? それで、初彼女のマツリちゃんに鼻息を荒くしているんだと思う」


 ナリッサの言にトッシェがなるほどと頷かざるをえなかった。自分も初彼女が出来た時は、うざいくらいに彼女にかまいまくっていた記憶がある。それが、遅咲きのデンカさんの身にも起きるのは当然と言えば当然ッスよねと。


 妙に納得してしまったトッシェである。しかし、ここで別の疑問がトッシェの脳裏に降って湧いてくる。


「ナリッサは初彼女が出来た時は、どんな感じだったんッスか? やっぱり、彼女の一挙一動にどぎまぎしたもんッスか?」


「ん……。どうだったかな? どっちかと言うと、相手のほうが、僕のことを気遣ってくれてた気がする」


 トッシェは失礼ながらもナリッサが昔、女性とお付き合いしていたことがあることのほうが、よっぽど驚きであった。ナリッサはノブオン内では職業【商人】をメインキャラクターとしている。しかも、【商人】でありながら、金の使い方がすごくケチ臭い。


 職業【商人】はつぎ込んだ金の量で、敵に与えるダメージが変動する特殊なアタッカー兼サポート役の職業だ。それなのに、ナリッサは戦闘ではあまり金をつぎ込まない。どちらかと言うと、【商人】が【融資】を利用して得られるキックバックを目的として作成したのでは? とすら、トッシェは思えて仕方がなかったのである。


――【融資】。それは私掠船や銀行バンクに自分の金をまさに【融資】することにより、利益が得られるシステムである。職業【商人】の場合だとこの利益に5~20%の色がつくのだ。ノブレスオブリージュ・オンラインの運営側としては、その利益を用いて、【商人】が戦闘で有利に立ち回ってほしいとの配慮なのだが――


「ん……? トッシェ。僕の顔に何かついてる? そんなに僕を見つめても困るよ?」


 ナリッサがトッシェの視線を感じたのか、そう疑問をトッシェに呈する。トッシェは言い澱みながら


「い、いや。トッシェに彼女が居たんだなあって思っただけッス。その娘とは、もう別れたんッスか?」


「ん……。そうだね。なんていうか、価値観の不一致って言うか。彼の考えるカップリングと、僕の考えるカップリングがどうしても合わなくてね?」


 カップリングの価値観が合わないって、どういうことッスか……と、てか彼女じゃなくて『彼』? どこからツッコミを入れていいかわからなくなってしまうトッシェである。ここは全てを聞かなかったフリをして、『秋の収穫祭』のイベント作業に戻るべきか、それとも、話を振った以上、付き合うべきか? と思い悩んでしまうトッシェである。


「ところでトッシェ。採集の手が止まっている。時間は有限なんだから、効率的に行こう?」


「あ、ああ。そうッスね。リーマンプレイヤーの俺っちには土日くらいしか、ゆっくりとこんなイベントに参加できないッスからね」


 ナリッサ側から話を切り替えてくれたことに、ほっと胸を撫で下ろすトッシェである。トッシェは大きな栗の木の下で、せっせと栗を拾ってはペットの熊に鑑定をさせる。熊は鼻をスンスンとさせて、時にはペッ! と顔を横に向けて唾を吐いたり、時にはトロ~ンとした蕩けた顔をしたりと、熊の顔を見ているだけでなかなかに面白い。


「ん……。そう言えば、さっきから気になってたんだけど、トッシェのそのペットの名前はどうにかならなかったの?」


「ん? 『熊五郎くまごろう』じゃダメッスか? アッと驚く熊五郎くまごろうを知らないんッスか?」


「いや……。ノブオンプレイヤーなら、『熊公くまこう』一択だと思うんだけど?」


「確かに『熊公くまこう』は外しがたい名前ッス。しかし、そんな鉄板を地で行っても面白くもなんともないッス」


 熊五郎くまごろうは鉄板に入らないのかな? とナリッサは思うのであるが、トッシェのネーミングセンスは他人とかなりずれているのは周知の事実なので、これ以上のツッコミを入れるのをやめるのであった。


 そんなことより、今は栗の採集のほうが大事だよねと気持ちを切り替えて、ナリッサも良さげな栗を見繕い、それをトッシェに渡して、鑑定をしてもらうのであった。

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