第11話

――西暦2035年7月第3週 日曜日 午後21時半頃 フランス陣営 仮の首都 ブールジュにて――


「ちょっと、どういうことよっ! せっかく『修羅属性』を取ってきたっていうのに、すでに【オレルアンのウエディングドレス・金箱】を団長の奥さんにあげる約束をしたってのはっ! しかも、来月のヴァルハラの武闘会週にその奥さんのキャラと結婚式を挙げるってーーー!?」


「いや、だからですね? うちの嫁が欲しいと今更ながらに言い出しましてね? それで、先生としても断るわけにはいかなくてですね……」


 ここは傭兵団クラン・ホール、【4シリの御使いデス・エンジェル】の執務室であった。机を挟んで、マツリ=ラ・トゥールが自分が所属する傭兵団クランの代表であるハジュン=ド・レイに食って掛かるかのように、ゾーン限定チャットを使ってまで抗議する。


 ゾーン限定チャットは近傍限定チャットとは違い、執務室を越えて、傭兵団クラン・ホール全体に届く。そこまで、マツリ=ラ・トゥールの怒りは頂点に達していたのである。


「ガハハッ……。 マツリ殿には、本当に申し訳ないことをしたのでもうす。我輩も、最初はマツリ殿に【オルレアンのウエディングドレス・金箱】を譲る気でいたのでもうすよ? しかしでもうす。旦那から、スクリーンショットを見せてもらったら、一目惚れしてしまったのでもうす……」


 カッツエ=マルベールまでもが、マツリ=ラ・トゥールに平謝りする。その意思を示すためにも所作『謝る』をマツリに向かって連打するのであった。


「まったく……。団長も最初からカッツエさんの中身が自分の嫁さんだって言っておけば、ここまでマツリも怒らなかったと思うのにな?」


「しょうがないッス。カッツエさんの中身が女性なのは、俺っちたちも口止めされていたッスからね。実際にスカイペをやり取りしているヒト以外は、団長とカッツエさんとの関係は知らないッスもん」


「ん……。デンカさんが前に一度、マツリちゃんには、カッツエさんをスカイペ通話に呼んでいいかは聞いてみたって話だけど。その時はマツリちゃんはカッツエさんの中身が男だと思っていたから、敬遠してたって話だったよね?」


 今、スカイペ上ではデンカ=マケール、トッシェ=ルシエ、ナリッサ=モンテスキューの3人で音声通話していた。マツリを呼ぶと、マツリが自分たちに当たり散らすのは目に見えていたからだ。しかし、無情にもデンカ(能登・武流のと・たける)の耳にマツリからのスカイペ通話を求める着信音がやってくる。


「すまん。マツリから通話要請が来たわ……。俺、ちょっと、マツリの八つ当たりを喰らってくる……」


「頑張るッス。デンカさんにしか出来ない仕事ッス。ちなみにデンカさんの骨を拾った後、その骨はどこに散布しておけばいいッス?」


「ん……。トッシェ。日本の法律では遺骨は散布すると犯罪だよ。ちゃんと、骨壺に入れて、お墓に納めないと」


 くっそ、こいつら、俺にマツリを押し付けやがって。後で覚えてやがれよっ! と思うデンカであるが、はあああとひとつ嘆息したあと、トッシェとの通話を切り、マツリとのスカイペ通話を繋げるのであった。


「おう、マツリ。待たせて悪かったな。ちょっと、トッシェたちと通話してたからさ?」


 デンカがこれ以上、マツリの機嫌を損ねないように注意深く言葉を選んで、マツリに挨拶をする。だが、デンカの予想に反して、マツリは涙声になっていたのであった。


「ひっぐ、ひっぐ。ごめんね、デンカ……。せっかく、この一週間、あたしのわがままに付き合ってもらったのに……。団長から【オルレアンのウエディングドレス・金箱】を【結婚してでも奪い取る】ことが出来なかった……。本当にごめんね?」


 ただただ、マツリが泣き声でデンカに謝ってくる。デンカ(能登・武流のと・たける)はどうしたものかと頭をボリボリと掻きながら、黙ってマツリの謝罪を聞くのであった。


「あたし、もっと早くにカッツエさんが団長の奥さんだってことに気づいておけば良かった……。そしたら、ウエディングドレスをその奥さんにあげるのは当たり前だって、わかっていたはずだもん……」


 マツリが本当に申し訳ない声のトーンでデンカに話しかける。デンカ(能登・武流のと・たける)はさらにガリガリと頭を掻いた後、やっと決心する。


「わかった。俺がなんとかしてやる。だから、マツリはもう謝るな」


「えっ? デンカ、なんとかしてやるってどういうこと?」


「俺は不可能は不可能なままだが、絶対に諦めない男なんだよ。だから、俺がマツリのために【オルレアンのウエディングドレス・金箱】を引き当ててやるっ!」


 ちょっと待ちなさいよっ! とのマツリの静止を振り切り、デンカ(能登・武流のと・たける)はカード入れからクレジットカードを引き抜き、ノブレスオブリージュ・オンラインの公式サイトへ飛ぶ。


 そして、何をとち狂ったのか、ノブレスメダルを5万枚購入したのである。


「よっし。ノブレスメダルを5万枚も購入してやったぜっ! これで、引き当てられなかったら、もう5万枚追加購入だっ!」


「だから、やめてって言ってるでしょっ! あたしはデンカにそんなことされても嬉しくないっ!」


「うっせえ! 俺がマツリを守るって言っただろうがっ。俺はマツリの『笑顔』も守ってやるんだよっ! 確率0.1%がどうっていうんだよっ! 俺の3年分、いや、10年分のリアルラックを持って行きやがれっ!」


 デンカが次々と1回5000メダルの10連ガチャを回していく。


 最初は案の定、大外れだ。パーツの被りが1か所に4個も来やがった! そんなの、いつもの俺らしいじゃねえかっ! ほら、2回目だっ! 次はパーツ被りが5個だっ! ははっ、笑えてきたぜっ。なんで、俺はこんな馬鹿げたことをしてんだ? ああっ!?


 デンカ(能登・武流のと・たける)がつっこんだ5万メダルは次々と、その数を減らしていた。残り4500枚、残り4000枚、残り3500枚……。9回引いても、確率1%の銀箱すら引き当てられない。


「マツリ、頼む……。俺が【オルレアンのウエディングドレス・金箱】を引き当てるのを願ってくれっ!」


 デンカ(能登・武流のと・たける)は喉から引き絞るように声を出し、マツリに頼み込む。


「うん……。わかった、デンカ。あたしのために【オレルアンのウエディングドレス・金箱】を引き当てて!」


 マツリ(加賀・茉里かが・まつり)は右手と左手を自分の顔の前で握り合わせて、眼を閉じて、必死に祈る。神に祈る。運命に勝てるように祈る。デンカがあたしのために戦ってくれている。それなら、あたしが出来ることはデンカを信じることだけだ。


「神様、お願いっ! デンカに金箱を引かせてっ……」


 祈るマツリ(加賀・茉里かが・まつり)の左眼からは涙が一筋流れる。それは『幸せ』を願う涙なのか? それとも……。

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