第9話
しかし、心の中では悪態をついているデンカであっても、マツリの叩き出したダメージは期待を大きく上回る結果であった。マツリが二人分のダメージを稼ぎだしてくれるのだ。これなら、無理に自分が攻撃役として回る必要もない。
続くターンでは、従者:ヤツハシとダイコンは行動不能状態からの復帰で終わる。続けて、デンカの全体回復魔法【
デンカがおかしいぞ? と疑念を持ったのも束の間、アダムとイブが行動開始する。
「よくぞ、
アダムがいきなりしゃべりだし、ここで強制的に演出ムービーが流れ出す。
「えっ? いきなり、ここで演出ムービーが入るの!?」
「やべえっ! ここまで順調すぎたから、すっかり忘れてたわっ!」
アダムが『共に追放する』と宣言した途端に、戦闘フィールドであった『楽園』の大空の一点に紅い点が付く。その紅い点から渦が巻き起こり、蒼穹から次第に深紅の色に染まり出す。
「何よ、いったいぜんたい、何が起きるの!?」
マツリは血のような色に染まった大空を恐怖心を抱きながら見る。その深紅の空から怨霊ともいうべき何かがが大量に降り注いでくるのである。その怨霊たちはアアアアア嗚呼ッ! と嗚咽や慟哭に似た声をまき散らしながら、マツリたちに降り注いでくる。
「くっ。こんなに早く『失楽園』が発動するのは予定外だったぜ……。マツリ、気をつけろっ! 俺はこの先、回復に専念させてもらうからな! マツリはいつでもアダムにトドメを取れるように、アダムの体力を削れるだけ削ってくれっ!」
デンカ(
これはオープンジェット型・ヘルメット式VR機器の長点でありながら、同時に弱点となる部分であった。スポーツサングラス式VR機器と比べてオープンジェット型・ヘルメット式VR機器は、よりプレイヤーのゲームへの没入感を高めるために開発されたものだ。
そのため、アダムとイブが放った『失楽園』は、視覚や聴覚を通してマツリ(
「いやっ! やめてっ! あたし、怖いよっ! デンカ、助けてっ!」
マツリの悲鳴がデンカ(
「マツリ、しっかりしろっ! これはゲームだ! 現実じゃないっ!」
デンカ(
俺がマツリを守るんだっ! 俺しか出来ないんだっ!
マツリが何も出来ないまま数ターンが終わる。デンカ(
マツリたち全員の体力がどんどん『失楽園』に蝕まれる。ついにはマツリたちの残り体力は最大値の5分の1まで削られる。そんな絶望的状況でも、無情にも次の入力受付時間がやってくる。『失楽園』発動から5分以上を経過した現在でも、未だにマツリは嫌よ、あたしに纏わりつかないでっ! と泣き叫んでいる。
デンカは意を決する。ソフトキーボードを立ち上げて、素早くチャットを打ち込んでいく。
「コード入力『/
――汝、何故、
俺には『天使の御業』が必要だからだ!
――汝、かつて
ああ。欲しい。例え、再び失うことになっても、俺はマツリを救いたい!
――汝、
「よっし、許可が下りたっ! コマンド『/天使の御業:
デンカ(
「マツリっ! 俺がお前を守るっ!」
かつて『楽園』と呼ばれていた世界は暗転し、大空から舞い降りる
マツリたちの頭上にはダメージを示す数値が絶え間なく表示される。その数値は赤色に染まり、30という数値が1秒間に3~4回、瞬くように連続で表示される。その赤色で30と数値が表示される度にマツリたちの体力バーは蝕まれていく。
そんな地獄のような『失楽園』において、デンカは踊り出す。全てが死に絶えようとしているおどろおどろしい世界で力強いなステップを踏みながら、ひとり踊り出す。
力強く2回、ドンドンッ! と右足で地面を踏み鳴らす。その後、一度、両手でバンッ! と叩き合わせる。
ドンドンッ! バンッ! ドンドンッ! バンッ! ドンドンッ! バンッ!
右足と両手でリズムを作り出しデンカは歌い出す。
――
ドンドンッ! バンッ! ドンドンッ! バンッ! ドンドンッ! バンッ!
――
デンカは力強いなステップ、そして歌声を引き連れて、マツリに近づき、震えてしゃがみ込むマツリの手を取る。マツリはデンカに無理やり引き起こされて、デンカと共に踊り歌い出す。
デンカ=マケールはマツリ=ラ・トゥールと硬く右手と左手を結び、共に足を使い、力強いステップを踏み出して踊る。
ドンドンッ! ダンッ! ドンドンッ! ダンッ! ドンドンッ! ダンッ!
――ラーラーラーラー
するとどうだ。『失楽園』により、2人の体力バーが削られ過ぎて、残すところ数ミリまで目減りしていたというのに、そこで体力バーの減少が止まったのである。
マツリ(
マツリ(
続いて、全てが絶望に包まれたおどろおどろしい世界には似つかわしくない歌声が聞こえてくる。画面上のデンカとマツリたちの歌声を聞いているとマツリ(
そのマツリ(
「うそっ……。今、何が起きているの?」
マツリ(
「この子たち、まだ戦ってるんだ……。こんな絶望しかない世界でまだ戦ってるんだ……」
デンカ=マケールはマツリ=ラ・トゥールと決してこの手は離さないと両手を握りしめ合い、円を描きながら、力強いステップを踏み出して踊る。
ドンドンッ! ダンッ! ドンドンッ! ダンッ! ドンドンッ! ダンッ!
――ラーラーラーラー
マツリ(
「マツリっ! 聞こえるかっ! マツリっ!」
デンカの声が聞こえる。勇気を与えてくれるメロディの向こうから、デンカがあたしを呼んでくれている……。
「マツリっ! 聞こえているなら、返事をしてくれっ! 俺にマツリを守らせてくれっ!」
デンカがあたしを守ってくれているんだ……。デンカはあたしに勇気をわけてくれているんだ……。
「戻ってこいっ、マツリっ!!」
デンカの力強い一言がマツリ(
――『約束』の時は来たれり。汝の愛する者に『勇気と勝利』が訪れん事を――
数ミリしか残されていなかったマツリたちの体力バーは本当に少しづつであるが、アダムとイブが放った『失楽園』から与えられようとしている『死』に対抗するために、最大値へと向かって伸びていく。
「あたしは負けないっ! デンカが居るんだものっ。デンカが守ってくれているものっ。デンカが『勇気』をくれるものっ!」
マツリ(
「マツリ、アダムにトドメを刺せっ! 俺はイブを倒すっ! この地獄を終わらせるのは、俺たちだっ!」
マツリ(
「【
「【
入力受付時間の10秒が過ぎ去る。とうの昔に従者:ヤツハシとダイコンは『失楽園』により地に伏した。動けるのは未だ『死の定め』に抗うマツリとデンカのみであった。
アダムとイブはその両眼から血の涙を流していた。アダムとイブもまた『失楽園』からは逃られない。彼らの体力バーは自らが招いた『失楽園』に蝕まれ、残り5分の1まで減らされていた。
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