第7話

 そんなマツリの思考はさておき、デンカの【斧槍ハルバート・5連撃】は久方振りの全段ヒットとなり、マツリがやっとのこと叩き出した4798ダメージを300以上も上回る5157ダメージをアダムに与えることに成功したのである。


「やったぜっ! 面目躍如とはまさにこのことだなっ! マツリよりもアダムにダメージを与えられたぜっ」


 デンカのこの感想はサブアタッカーとしては当然の喜びであった。彼のようなサブアタッカーの夢として、メインアタッカーのダメージを超えることがある。それを達成したからこそ、デンカは喜んだのである。


 しかし、マツリとしては、思いっきり不愉快この上ない結果である。


「あたし、つぎのターンで【武装変更】する……」


「ああっ!? なんで、そんなことを、今、この攻撃を重ねなきゃならない場面でするんだよっ!?」


 デンカの言うことは最もであった。これから数ターン、アダムの右手に『ミカエルの剣』が具現化しない以上は、こちらが攻撃を続けて、ダメージを稼げるだけ稼がなければいけない状況だったのだ。その貴重な1ターンをマツリが浪費すると言い出したのだ。


「メインアタッカーとして、サブアタッカーよりダメージが劣るなんて、そんな恥辱、受け入れられないっ!」


「ちょっと、待てって言ってるだろおおお!」


 しかし、マツリはデンカの静止を振り切り、コマンド【武装変更】を入力しおえたのである。デンカ(能登・武流のと・たける)はどうなっても知らないぞ……と思いながらも、自分は【斧槍ハルバート・5連撃】を2回連続、入力するのであった。


 それぞれがコマンド入力を終えた直後に入力受付時間である10秒が過ぎ去る。


 このターン、まず動いたのはマツリであった。【武装変更】はどんな行動より一番最初に行動できるというボーナスがある。そして、【武装変更】は読んで字の如く、自分の装備を戦闘中に別のモノに着替えることが出来るのであった。


 マツリの身体に纏わりつく装備がパージされ、一瞬、下着姿にされるが、それはほんのごくわずかな時間である。次の瞬間にはマツリの身体のあちこちが眩い光に包まれる。眩い光が収まる頃には、マツリの両腕には赤色の籠手、両足には赤色の脚絆きゃはんと靴。そして引き締まった胴には、それにフィットするような黒色の金属鎧、頭には古代ローマの親衛隊がつけていたといわれるオープン式の黒色の金属兜であった。


 さらには、マツリの手に持つ金属性の魔法の杖マジック・ステッキが、先端を炎が包む木製の魔法の杖マジック・ステッキへと変化したのであった。


「ふっふーーーんっ。ヨンさんから買った装備に見た目変更アイテムを使ったのよね。ヨンさんは親切だわー。見た目変更アイテム分は無料ただで、譲ってくれたし」


 そりゃ、商売人としたら、高額な商品の代金を一括で支払ってくれるお客様相手に色々サービスをつけて当たり前じゃね? とデンカはマツリに言うのであるが、マツリはマツリで


「わかってないわね? あたしがヨンさんに買い置きしてもらっていた装備を受け取りに行った時に、ヨンさんが、おやー? 予想以上に可愛い娘さんがきたんやで? わい、ほれてしまいそうやんか? って言ってたのよ?」


 それこそ、商売人がよく使うヒトとのコミュケーション術のひとつだろうとデンカ(能登・武流のと・たける)は思うのであるが、変に要らぬことを言って、マツリの機嫌を損ねるのも嫌だなと思い、スポーツサングラス式VR機器のレンズに映るゲーム画面に集中し、戦闘の流れを見るのであった。


 今はこちら側の4人の行動が無事終わり、体力が残り2分の1まできたアダムが行動する番になったのだ。しかし、デンカの多分、次は直接攻撃をしてくるだろうという予測を裏切り、アダムは【様子を見る】をおこなったのであった。


 どういうことだと? デンカが不思議に思った次にイブが取った行動は【生命の息吹】であった。イブはアダムに濃厚な接吻せっぷんをしだす。


「ちょっと、アダムとイブが発情しはじめちゃったんだけど、ノブレスオブリージュ・オンラインって、15歳以上推奨ゲームだったわよね? これ以上は何もないわよね!?」


 マツリ(加賀・茉里かが・まつり)が動揺するのも無理はなかった。そもそも、アダムとイブは素っ裸であった。この時点で下手をすれば18歳以上指定のゲームと言われてしまいかねないが、下半身の大事な部分には葉っぱがつけられている。一部のプレイヤーからは『葉っぱモザイク』と呼ばれるシロモノだ。


 何故かよくわからないが、乳首までの表現は15歳以上推奨でも大丈夫であることにマツリ(加賀・茉里かが・まつり)は納得がいってなかったのである。しかも、裸の男女が濃厚なキスシーンを演出しはじめて、ドギマギしてしまうのは無理はなかった。しかし、マツリのその動揺も、アダムの生命がみるみると回復してしまっていることにより、吹き飛ぶことになる。


「えっ? えええっ!? あたしとデンカが頑張って減らしたアダムの体力をイブが最大まで回復させちゃったんだけど!? これって反則スキルでしょっ!」


 マツリの驚く声はトーンが高くなるだけでなく、声量も自然と大きくなり、デンカ(能登・武流のと・たける)にとっては耳が痛く感じてしまう。


「落ち着けって、マツリ。アダムの体力が最大まで回復した代わりに、イブの体力が減っただろ? 戦闘前に説明しただろ? こいつの攻略方法はアダムの体力を削って、イブに回復行動を取らせることだって……。もしかして、忘れたのか?」


「うん、すっかり忘れてた」


 マツリのあっけらかんとした返答に、デンカ(能登・武流のと・たける)の頭に痛みがやってくる。デンカ(能登・武流のと・たける)は自分のおでこに右手の指を何本か押し付けて、痛みが去るように念じるのであった。そんなデンカの苦悩も知らずにマツリ(加賀・茉里かが・まつり)は明るい口調で


「まあ、順調にこの戦いは推移しているってことで理解しておくわ? それよりも、次の次のターンでのあたしの行動に注目しててね? あたしの新装備の効果がどれほどのモノか、デンカに見せつけてやるんだからっ!」


 もしかして、さっき、俺がマツリよりもダメージを叩きだしたことを根に持ってるのか? 良い意味でも悪い意味でもマツリはメインアタッカー向きの性格をしているなあ? とデンカは思わざるをえなかった。


 次のターンにマツリは火属性を上げる魔法【炎の神舞ファー・ダンス】をおこなう。これはマツリが火属性装備に【武装変更】したと同時に、先行入力していた【石の神舞ストン・ダンス】が【炎の神舞ファー・ダンス】に強制的に変更されたのである。


 このテクニックは攻撃魔法を使える魔法使い職だけに与えられたボーナスであった。戦士系職が【武装変更】をおこなう理由は、連撃系武器から刺突系武器、もしくは殴打系武器へと変更するためだ。従って、武器の系統毎に使えるスキルは固定されており、【武装変更】の次に攻撃スキルを入力していてもキャンセルされるのである。


 魔法使い職がこのことを知っているか知っていないかは、1ターンのアドバンテージを得ることに繋がるので、それが結果的に、戦闘に勝利することに関して、じわじわとあとで効いてくるのであった。


 マツリにこのテクニックを教えたのは他でもない。デンカ自身であったのだ。マツリがデンカの教えたことをしっかりと覚えていることに、デンカは、ヒュウッと機嫌良く口笛を吹いてしまう。


「あれあれ? 今、口笛を吹いちゃって良いのかしら? 次のターンのあたしの叩きだすダメージを見てからのほうが良かったと後悔するわよ?」


「アダムに1万ダメージを1撃で与えるようだったら、口笛どころか、拍手喝采をしてやるよ。さって、せっかくマツリが【武装変化】で250万シリもする火属性値・合計600の武具に着替えたんだから、俺の攻撃でアダムが『ミカエルの剣』を具現化しないようにしないとなっ!」


 要らないフラグを立てる発言をやめなさいよっ! とマツリに注意を受けるデンカである。しかし、たまにはデンカの引きの悪さも発動せず、【ハルバード・5連撃】はその3段目まで命中する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る