第6話

 開幕から2ターン目。マツリの従者:ヤツハシは行動をキャンセルされたものの、眠り状態から目を覚ます。しかし、目を覚ましたばかりのターンでは動くことができない。ノブレスオブリージュ・オンラインでは、行動阻害系のスキルには痺れ系と睡眠系の2種類がある。


 対象が1体の場合の痺れ系スキルは、ウエイト軽減ボーナスがついており、とにかく出が早い。そのため、基本的には相手のそのターンの行動を潰すために使用される。


 対して、睡眠系スキルはウエイト増大のペナルティがついているために、そのターンの最後のほうに発動を回される。そして、睡眠の効果は、本来、それを喰らったキャラが次に行動を起こすであろう予定のところで解除されることになる。


 痺れ系スキルは、敵が何をしてくるかはわからないが、とりあえず、相手の行動を先手で潰したい場合に有効である。しかし睡眠系スキルは相手の行動を『ずらす』目的で使われるのである。そのため、睡眠系スキルを使いこなすのは、熟練のプレイヤーでなければ難しいのだ。


 マツリは職業:魔女であるため、【睡眠】というスキル自体は会得はしている。だが、使いこなせるまでは達していない。対人をこなしまくり、プレイヤースキルを上げてきているマツリですら、睡眠系スキルの扱いには難儀しているのである。


「自動発動スキルと連携して、睡眠系スキルを発動させるなんて、反則よ。あたし、運営に仕様改善の要望メールを送ろうかしら?」


「やめとけ、やめとけ。運営側としたら、してやったりの連携スキルなんだよ。文句のメールなんか送ったら、逆に運営側がほくそ笑むことになるぜ?」


 デンカの一言にマツリ(加賀・茉里かが・まつり)は納得がいかない様子で口を尖らすのであった。一応、対処方法はあるからとデンカからは前もって聞かされているマツリ(加賀・茉里かが・まつり)であるが、やはり腑に落ちない連携スキルなのである。


 従者:ヤツハシが眠りから目覚めたあと、従者:ダイコンは1体対象のターゲット固定スキル【挑発】をイブに対して発動する。デンカはこのターゲット固定スキルの成功力を高めるために、従者:ダイコンの防具に付与される耐久値を減らしてまで、魅力ボーナスが高い防具を選んだのであった。


 そのデンカの企みは成功し、中級職である【見習い鍛冶屋】のダイコンでも、イブのターゲット固定に成功する。一度、ターゲット固定スキルが成功すれば、否応なく、その敵のターゲットは3ターン固定されることになる。このスキルが成功するか否かは、ノブレスオブリージュ・オンラインの戦闘において、支援系スキル持ちの職業が生き延びることの次に大事なことであった。


 デンカが無事に従者:ダイコンの【挑発】が成功したことに、ほっと安堵すると同時に、マツリの【石の龍ストン・ドラゴン】がアダムに向かって放たれる。アダムの頭上には赤色で3287という数字が表示されるのであった。


「むむー。さすが土くれから産み出されたといわれるだけはあるわね……。あたしの土属性の魔法じゃ、全然、ダメージを与えられないわ……」


 マツリ(加賀・茉里かが・まつり)は石の神舞ストン・ダンスで土属性を上げた状態でも、石の龍ストン・ドラゴンがアダムに3287ダメージしか与えられないことにゾッとする思いであった。一体、何回、アダムに攻撃を加えれば、この始まりのニンゲンは地に伏してくれるのだろうか? と、気が遠くなりそうになるマツリ(加賀・茉里かが・まつり)である。


 マツリが動いたあと、続けて、デンカの【斧槍ハルバート・5連撃】がアダムに対して行われる。デンカの振るう斧槍ハルバートがアダムの頭上に振り下ろされそうになる瞬間、アダムの右手に燃える長剣ロング・ソードが具現化されたのである。


「ちっ。運が悪いとは、このことだぜっ! 俺の攻撃がトリガーとなって、アダムが武器を装備することになるとはなっ!」


「本当に、デンカって引きが悪いわね。あなたの話だと、開幕5ターンはミカエルの剣は、現れないって言ってたじゃないの……」


「俺もここまで引きが悪いとは思ってなかったわっ! だから、俺が凹むようなため息を俺の耳に届くようにわざわざ大きめにするのは、やめてくれっ! 俺の心が痛いっ!」


 アダムは物理攻撃に反応して、自身の魔法攻撃力を大幅に上げる『ミカエルの剣』を具現化する。その確率は低いモノの、一旦、それを具現化したアダムは戦闘アルゴリズムを一変させ、非常に攻撃的に変わるのであった。そして、攻撃的に変わったアダムは連続で全体攻撃【天から降る炎】を仕掛けてくるようになる。


 よって、『ミカエルの剣』の具現化が解けるしばらくの間、デンカは全体回復魔法【水の全回帰オータ・オールリターン】をおこなうことに縛られることになる。その間、マツリだけが徒党パーティのアタッカーになるのだ。


 マツリが懸命に石の龍ストン・ドラゴンを放ち続ける。だがアダムに与えるダメージは3000前後が関の山であり、なかなかにアダムの体力バーは目減りしていかない。さらには、マツリの従者:ヤツハシのアダムへの行動の5割近くをイブに吸収される結果となる。


「ちょっとーーー! イブの【愛するモノの守護】って、発動率20%程度だって、豪語してたのは誰なのよっ! ヤツハシの行動の半分近くをイブに持っていかれているわよ?」


 マツリが文句を言うのも仕方がなかった。それほどまでに、イブの【愛するモノの守護】の発動率が良すぎるのだ。イブがアダムを庇い、そしてカウンター技である【楽園への誘い】がイブのターゲット固定をおこなっている従者:ダイコンが喰らい、ダイコンが睡眠状態に陥るという結果になる。


 わざわざ、デンカが従者:ダイコンの【挑発】をイブに集中させていた理由はこれであった。支援系職であるヤツハシが睡眠を喰らえば、それだけ、マツリたちが不利に陥る。だからこそ、イブのカウンター技をヤツハシの代わりに喰らう役目として、デンカはダイコンを選んだのであった。


 しかしながら、従者;ヤツハシの行動がイブに吸収されすぎなのは問題だが、そのおかげでイブがカウンター技ばかり発動してくれるのは、計算外ではありながらも、デンカにとってはありがたい話でもあった。


 イブがそればかりおこなってくれるおかげで、彼女の本来の役割であるアダムへの回復が出来ていないからだ。徐々に、徐々にであるが確実にアダムの体力バーは削れていくのである。


 開幕から6ターンが過ぎたあとに、ようやく、アダムが具現化した『ミカエルの剣』が消えることとなる。それにより、またアダムは受動的な行動に移る。アダムはイブの下がった抗物理・術力を【愛しきモノへの介護】でかき消す。


 デンカはアダムの無駄な行動のおかげで、全体回復魔法【水の全回帰オータ・オールリターン】を連続で通すことに成功し、マツリたちの体力は最大まで回復しきることに成功したのであった。


 その後、10ターンほどマツリたちはやや順調に攻撃を重ね、じりじりとアダムとイブたちの体力を削り続ける。17ターン目でまたもやデンカの攻撃がアダムに『ミカエルの剣』を具現化させるという失態を見せるが、そこはデンカが全体回復魔法を再び連打することにより、徒党パーティの壊滅を防ぐ。


 アダムの2回目の『ミカエルの剣』が終わった後、続けてのターンの最初では、従者:ヤツハシの【みたらし毒団子】がアダムに見事に命中する。抗物理・術力をそれぞれ20%低下させられたアダムに、マツリの右手に持つ魔法の杖マジック・ステッキの先から具現化された【石の龍ストン・ドラゴン】がさく裂し、今回の戦闘における最大ダメージである4798が叩きだされることとなる。


「やったわっ! さすが、あたしの従者:ヤツハシねっ! デンカとは違って決めてくれるところはきっちりと決めてくれるわっ!」


「うっせえ! 俺だって、好き好んでアダムに『ミカエルの剣』を具現化させたわけじゃないんだよっ! 見てろよっ、今度こそ、キレイに【斧槍ハルバート・5連撃】をあの整った顔にぶちこんでやるぜっ!」


 あら? デンカってもしかしてイケメンが嫌いなのかしら? とマツリはデンカの発言から連想するのであった。マツリ(加賀・茉里かが・まつり)はデンカに対して、不思議に思っていることがいくつかあるのだが、そのひとつに、キャラメイク時にキャラクターの顔がフツメンからそこそこイケメンまで揃っているノブレスオブリージュ・オンラインにおいて、デンカがわざわざ、おっさんとしか言いようがないおっさん顔を選択していることだ。


 マツリも絶世の美少女は顔はわざわざ自分のキャラクターへと選択していないが、そこそこ端正と思える顔にはしてある。ノブレスオブリージュ・オンラインに限らず、ゲームなんだから、その辺り、割りと良いと思われる顔を好んで選択するものじゃないのかしら? とマツリは思うのであるが、デンカはそうではないようなのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る