第8話
――西暦2035年7月第3週 日曜日 午前10時半頃 フランス陣営 仮の首都:ブールジュにて――
「お待たせっ! ごめんなさいっ! 今さっき起きたばっかりでっ!」
「あ、ああ。おはよう? マツリ。俺もさっき起きたばっかりだから、そんなに気にするなよ?」
事実、
「ま、まあ、起きたばっかりなら、色々と済ませなきゃならんことがあると思うから、それを済ませてきてからで良いぞ? 俺もまだ従者NPCの設定を教える段取りを決めてないから……」
「そ、そう? なら、お言葉に甘えさせてもらうわね? 30分ほど、時間をもらうわ! 色々と大変なことになってるからっ!」
マツリ(
「えっと、着替えるでしょ? そして、軽く朝食を取って、歯を磨くでしょ? その後は跳ね上がった髪の毛を整えて……。って、何で髪の毛が爆発してるのよおおお!」
マツリの悲鳴にも似た声がデンカ(
「ったく、あいつ、VR機器のマイクをオフにし忘れてるな……」
デンカ(
それから45分もした後だろうか? ドアを思いっ切り開けて閉める音が聞こえる。ようやく戻ってきたかとデンカ(
「お待たせっ。ごめんね? ただでさえ寝坊したってのに、さらに45分も待たせちゃって……」
「ん? 別に良いぜ? 俺も待ちながら、従者の装備を作っていたからさ? いやあ、従者の装備は安くて助かるぜ……。ステータスが付与さているモノを準備しなくても良いからさあ?」
マツリ(
「デンカ。あたしの新装備のお金を用意してくれて、ありがとうね? デンカが団長の私掠船に乗せられて、3カ月ほど戻ってこなくても、あたしはデンカから受けた恩は忘れないわ?」
マツリは、なけ無しの112万シリとデンカの集めてきたお金と合わせてヨン=コーゾに250万シリを支払おうとしていた。しかし、デンカはそれだと、マツリが新装備を修理・改修する金が無くなるだろうということで、250万シリの全てをデンカが肩代わりしたのであった。
さらには、デンカは5年かけて返してくれれば良いとまでマツリに言ってくれたのである。このノブレスオブリージュ・オンラインには控えめに言ってクソプレイヤーが少なからず存在するが、逆に何も返さなくて良いと言ってくれるデンカの行為がストレスとなり、マツリ(
「なんだよ、その団長の私掠船に3カ月も乗せられているっていう、マツリの脳内設定は? 別に俺は団長からは今回、1シリも融資してもらってないぞ?」
「えっ? じゃあ、カッツエさんからお金を借りたの? デンカ……。薄い本のヒロインにされそうになったら言ってね? あたし、デンカの借金の重荷を少しでも軽くするように1冊くらいは買うから……」
「ちゃうわっ! さすがに250万シリも誰かに借りようなんてするわけねえだろっ。俺のポケットマネーから出したんだよっ」
デンカのポケットマネーから250万シリ全てを出した!? ちょっと、それってどういうことなのよっ! と、マツリ(
「デンカ……。あたしにはRMT(リアルマネートレード)は絶対にするなって言っているのに、デンカは悪事に手を染めちゃったのね……。ごめんね? あたしのために危ない橋を渡ってくれて……」
マツリは自分の感情を声で表すだけでは物足りず、デンカのキャラの前で所作『悲しむ』を連打するのであった。
「だから、勘違いするんじゃねえよっ! 俺のキャラの前で『悲しむ』を連打するんじゃねえっ! ほら、見てみろ! 俺たちの周りからヒトが離れて行っているだろうがっ!」
デンカの言う通り、マツリが所作『悲しむ』を
「おッス。デンカさん、マツリちゃんをこんな人通りの多い往来で悲しませるなんて、いっぺんしめるッスよ?」
と、デンカを脅し出す始末である。
「つうか、トッシェじゃねえか……。なに、近傍限定チャットで、周りに聞こえるようにチャットを打ってきてんだよっ!」
デンカが自分のキャラの後ろにいるトッシェ=ルシエに同じく近傍限定チャットで文句をつけるのであった。トッシェは所作『苦笑い』をしたあと
「あっ、バレたッスか。いやあ、なんか見知ったキャラ名の所作『悲しむ』が眼の端に映ってッスね? もしやと思って、こっちのほうにやってきたんッス」
プレイヤーが
「ん……。マツリちゃん、デンカさん。おはよう? なのかな。こんな街の往来で、マツリちゃんを悲しませてどうしたの?」
マツリたちにそう言うのはトッシェの後ろに居たナリッサ=モンテスキューであった。彼は職業:商人らしく頭に白いターバンを巻いている。彼が言うには昔やっていたオンラインゲームでは、商人がこれに似た恰好をしていたため、ノブレスオブリージュ・オンラインでも、同じようにターバンを巻いている。
「いやね? デンカがあたしに250万シリもの大金を投資してくれたのは良いんだけど、それがデンカのポケットマネーだって、豪語するわけなのよ……。あたし、ついにデンカがRMT(リアルマネートレード)に手を出しちゃったのかな? って、思って、『悲しみ』を表現してたのよ……」
「なるほどッス。デンカさんは罪作りッスね。マツリちゃん。デンカさんをRMT(リアルマネートレード)で通報するか、セクシャルハラスメントで通報するか、好きな方を選ぶと良いッスよ?」
「ん……。250万シリあれば、マツリちゃん自身を買えるのか。自分はその倍を出すよ?」
デンカは自分をネタに3人が盛り上がっているのを勝手にやっててくれとばかりに放置する。3人は想像を膨らませて行き、街の往来での会話はなかなか止まらなかったのである。
それから十数分が過ぎ、現在時間は午後11時半に差し掛かろうとしていた。デンカはそろそろ、マツリたちのおしゃべりを止めることを決意する。デンカ(
「おい、マツリ。トッシェたちと盛り上がっているところ悪いが、そろそろ本題に移させてもらうぜ? 取引画面を開いて良いか?」
「ん? ああ、そう言えば、あたしの従者:ヤツハシの装備を作ってくれてたって言ってたわね。うっかり忘れちゃうところだった……」
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