第4話

「ああ、そうなの……。それじゃあ、あんまり興味は沸かないかなあ?」


 マツリの声の調子からして、期待が一気に落胆したのがデンカ(能登・武流のと・たける)にもわかってしまう。まあ、それもしょうがないかとデンカは思うしかなかった。マツリは以前、気に入っていた見た目の装備品があったのだが、他のプレイヤーから、昔にあった装備品の見た目と同じで、あまり目立たないぞ? と言われたことがあるのだ。


 その言葉をマツリが耳にした時のテンションの下がりっぷりはすごかったな……。その日、合戦が終わったあと、血眼になって、バザーで他の装備品の見た目変更アイテムを漁っていたっけか。やれやれ、こんなことなら、知らぬ存ぜぬを突き通せば良かったかもしれないなとデンカは思ってしまう。


 しかし、そんなデンカであったが、ふと気になることがあり、ノブレスオブリージュ・オンラインのゲーム画面を見つめ、メニュー画面を開く。


「おい、マツリ。喜べ」


「ん? 何を喜ぶことなんてあるのかしら? ひょっとして、死にかけのボスNPCを譲ってくれるっていうメッセージでも来たわけなの?」


「んなわけあるか。それよりも、お前もメニュー画面を開いて、課金アイテムの欄を開いてみろ」


 マツリ(加賀・茉里かが・まつり)はデンカに促されるまま、手に持つゲームパッドを操作し、メニュー画面を開き、課金アイテムのページを開く。そのページを見て、マツリは否応なく、自分の気持ちが昂ることになる。


「うわあああ! 新作の装備品の見た目変更アイテムが来てるじゃないの! あっ! 女性キャラ専用の見た目変更アイテムもあるじゃないの! 運営って、もしかして、やっと本気を出したわけ!?」


「前から本気で開発してるだろ、運営も。あんまり失礼なことを言ってやるな。ちょっと斜め上の方向なだけだわ……」


 さすがデンカはエイコウ信者なだけはあるわね。あたしはとてもじゃないけれど、デンカみたいに前向きに運営の開発方針に頷けないもの、と失礼なことを思うマツリ(加賀・茉里かが・まつり)である。


 いいえ、そんなことはどうでも良いわ。今は運営がこの見た目変更アイテムにどれだけの値をつけているかだわ。えっと、このアイテムなんか良さそうね……。


「って、なんで、ウエディングドレス一着が5000円もするのよっ! しかも、これ、確定じゃなくて、確率0.1%よ!」


「5000円じゃなくて、5000メダルな。ちなみに消費税込みで考えたら6000円な?」


「うるさいわね! 消費税の計算なんて、面倒くさくて、やってられないわよ! それよりも、あたしが欲しいと思っている【オルレアンのウエディングドレス・金箱】が10連ガチャ5000円くじで、確率0.1%ってところが大問題なのよっ!」


 マツリの怒号にも近い声量に、頭痛を覚えそうになるデンカ(能登・武流のと・たける)であるが、そこはなんとか我慢して、マツリが言うところの【オルレアンのウエディングドレスくじ】にカーソルを持っていく。


 その5000メダルのアイテムの詳細を開き、デンカ(能登・武流のと・たける)が確認したところ、確かにマツリの声量が大きくなる理由も納得してしまうのであった。


 【オルレアンのウエディングドレスくじ】の中身は、確率0.1%ながらも何度も装備品の見た目を変更可能である【オルレアンのウエディングドレス・金箱】であった。他は各パーツの5つに分かれており、それぞれの確率は10%程度である。そして、その各パーツ5つが一式揃ったものとして、使い切りの【オルレアンのウエディングドレス・銀箱】が確率1%として存在した。


 なるほど、これは上手い商売だとデンカは思わざるをえなかった。抽選率が各パーツ毎に10%もあれば、いくら10連ガチャでも、同じパーツを引き当ててしまい、1回では全パーツが揃わない可能性が大きい。


 こういった課金ガチャの恐ろしいことは、欲しいモノを狙って引き当てることが難しいのだ。10回連続、ガチャを回せるかと言って、欲しいモノの抽選率が上がるわけでは無い。10%は10回引こうが10%のままだ。そして、0.1%はどう頑張っても0.1%である。


「運営はよっぽど、今回のこの見た目変更アイテムには自信があるんだな……。何回でも使用できる以外にも使い道があるのか?」


 デンカは【オルレアンのウエディングドレス・金箱】の詳細をまじまじと眺めているが、そのアイテムの説明文には、全パーツが揃っていて、さらに何度も使用できる以外に特に目立った記述は無かった。


「しかもよりによって、ハズレの各パーツまで【取引不可】属性って、どういうことなのかしら。そんなに、この【オルレアンのウエディングドレス】を手軽に作らせる気は無いってことなの?」


「ん? ちょっと待ってくれ。確率0.1%の金箱はともかくとして、各パーツも【取引不可】属性だって?」


 デンカが信じられないといった声色で、マツリに問いかける。するとだ、ヘッドセットから、明らかに呆れていることがわかるように、はあああとため息を聞かされるデンカ(能登・武流のと・たける)である。彼女のため息に、少しイラっとしつつも、落ち着け、俺……と諫めながら、デンカはもう一度、【オルレアンのウエディングドレスくじ】の詳細を確認するのであった。


「うっわ。これはえげつない課金ガチャだな……。運が良ければ一発で各パーツが揃って、ウエディングドレスは完成だけど、そうじゃなければ、いったい、いくらつぎ込んだら良いんだ、これ?」


「まったく予想できないわね。たぶん、5回も10連ガチャ5000円をおこなえば、普通のウエディングドレスは完成するはずだと思うのよね。でも、本当の問題はそこじゃないの。あたしが欲しいのは【金箱】のほうなの。これが何を意味するかわかる?」


 マツリのやや問い詰めるような口調に、デンカは嫌な予感をひしひしと感じずにはいられない。確率0.1%の金箱をわざわざ狙うその意図がデンカには想像できないのだ。


「わかってないって感じよね。その無応答ぶりだと。デンカは男キャラだからわからないから言うけど、金箱と銀箱だとデザインが違うのよ。今、あたしが試着している姿をスクリーンショットを撮って送るから、それで確認してみて?」


 マツリがそう言ってから数分後、デンカのスカイペ画面のチャット欄に【金箱】で抽出されるウエディングドレスと、各パーツを合わせて生成されるウエディングドレスの試着姿を画像で送られてくる。それをデンカが確認しただけでも、そのふたつはかなり見た目が違っていることがわかる。


 銀箱に入っているウエディングドレスは、まさにウエディングドレスそのものであり、銀のティアラに純白のドレスであった。


 しかし、金箱に入っているウエディングドレスは違う。金色のティアラに金色の全身鎧、そして、その金色の鎧を覆うように純白のウエディングドレスがあしらえてある。これは、男のデンカ(能登・武流のと・たける)にも10連ガチャ・1回5000メダルで確率0.1%なのも、納得のデザインであった。


「うっわ。金箱と銀箱でここまで違いを出すものかねえ? 運営は、このくじでいったい、いくら稼ぐつもりなんだ?」


「そんなのわからないわよ。あー、本当にキレイ……。この【金箱】に入っているウエディングドレス……。これを着て、合戦場に出たら、絶対に目立つでしょうね……」


 デンカ(能登・武流のと・たける)が耳に装着しているヘッドセット越しから、ため息まじりのマツリの声が聞こえてくる。そんな声を聞いてしまうと、なんとかしてやりたいと思ってしまうデンカ(能登・武流のと・たける)なのであるが、如何せん。


 課金アイテムは基本的に【取引不可】属性のアイテムだらけである。いくら世話好きな性格をしているデンカ(能登・武流のと・たける)でも、課金アイテム系だけはどうしようもないのであった。

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