18年後へのメッセージ

ケンジロウ3代目

短編小説 18年後のメッセージ


今、病院のベッドの上

出産を間近に迎えた僕の妻、八千代


「ハァハァ・・・あと何日だろうね・・・生まれるのは・・・」


「もうすぐじゃないか?」


「・・・そう、見れないのが残念だけど、ね・・・」


「・・・」


八千代は元々身体が弱かった方であった

そんな八千代が妊婦になった始め、八千代の身体はさらに弱っていった

身体は段々とやせていき

医者の話では、出産と同時に死に至る確率は8割と聞かされた


♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


「どうしますか、青葉八千代さん。延命治療を施すことはできますが、その場合だと生まれてくるお子さんの負担は大きくなります。」


「そうですか・・・」


「八千代さん、延命治療はどうなさいますか?」


その問いに、八千代は案外早く答えを出した


「子供を産みます。延命治療は受けません。」



♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


それから3か月が過ぎ、もうすぐ子供が生まれてくる

八千代もそれを楽しみにしている

しかし、自分が我が子を見れる楽しみではない



元気な子、が生まれてくることだ



「どんなふうに育っていくんだろうね・・・」


八千代は自分の命が長くないことを悟っていたのだろう

たまにそういう八千代は、どこか遠くを見ているようだった


もし子供が生まれて八千代が亡くなったら

子供は母親の存在を知らないままだ

何とかしてあげたい

何とか残してあげたい

八千代が生きたその証を


「・・・なぁ八千代」


「どうしたの・・・?」



「ビデオレター、撮ってみないか?」







「・・・もう大丈夫か?」


「うん、伝えたいことは全て言ったよ。」


「・・・そうか」


「私頑張らなくちゃ!大仕事が残ってるしね!」


「あぁ・・・頼んだぞッ・・・、八千代」






そして八千代は、天国へと旅立った



俺と、一人の息子を残して










息子が4歳の誕生日を迎えた日


「ねぇお父さん、僕にはお母さんっていないの?」


「お母さんかぁ・・・」


「・・・どうしたの?」


「『今はいない』ってとこかな。颯太が良い子にしていればきっと、ね?」


「そうなの!?じゃあ僕良い子にしてるッ!」


「あぁ、きっと会えるよ・・・」




物心がついた頃から、息子の颯太は母親を知りたがっていた

お母さんはどの人なの、どこにいるの

そんな質問に、俺は全て曖昧で返した

きっとくるよ、今はいないだけだよ

そう言い続けるのも、段々とつらくなってくる

八千代がいなくてつらいのは、俺もそうだ

颯太はまだつらさは感じていないだろうが




それから俺は、シングルファザーとして颯太を育てた

やはり母親がいないと、颯太は寂しがるだろう

新しい母親を迎えようか

その思考が何度も頭をよぎった

しかし


「・・・そんなこと・・・出来ない・・・」


感情がそれを抑えつけた

もし新たな母親を迎えたら

八千代の存在は、さらに薄くなる

八千代が命を懸けて生んだ颯太が、本当の母親を知らないままになってしまう

そうなったら八千代は

八千代は・・・

だから、来る時までは・・・

颯太が旅立つ日までは・・・



・・・一人で颯太を育てなくては






長い年月が経ち、今はもう3月、颯太は18歳を迎える

颯太は大学受験に合格、4月からは地方を出て東京の大学だ

颯太もあれからたくましくなった

成績は優秀で、かつ運動神経もよし

周りのことをしっかり見える、とても優しい子に育ってくれた

一人暮らしとなる颯太だが、心配はしていない

今日は大事な息子の、素晴らしい門出だ


「・・・颯太、ちょっとこっちに来てくれないか?」


「ん?いいけど、どうしたの?」


「あぁ、見せたいものがあってな・・・」


俺は支度を進める颯太の手を一旦止めて、居間のほうに颯太を呼び出した


「ちょっとそこに掛けてくれ。」


「・・・?」


颯太をソファに座らせると、俺は押入れの奥にあったビデオを取り出した

ケーブルでテレビとビデオを接続し、動画再生の準備を整える


「・・・これってなんなの?」


俺は答えた


「颯太の門出を、一番祝ってくれる人のメッセージだ。」


俺は再生ボタンを押した



ピッ ――――



♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


『こんにちは、颯太。』


画面に映し出されたのは、明るいブラウンの長髪の綺麗な女性の姿

初対面の颯太だったが、誰なのかはなぜか一発で分かった


「これって、お母さん・・・!?」


『あなたのお母さん、青葉八千代です。』


驚く颯太を、俺はただ黙って見つめる


『颯太ももう18歳かぁ~、月日はとても早く過ぎるんだね~』


テレビ越しの八千代は、とてもやさしく微笑んでいる


『お父さんのいうことはちゃんと聞いてた?まぁあの人もたまに変な事も言うからその時は気にしないでね。』


『おい八千代ッ、それはないだろ~!』


『あはは!ごめんねお父さん・・・』



颯太には今までずっと隠してきた

母親がいないという、この事実を


「実はな、颯太・・・お前の母さんは、お前を産むと同時に死んだんだ。」


「・・・」


「もともと身体が弱くてな・・・医者からも事前に言われてたんだ。」


無言の颯太に、謝罪の意を込めて


「黙ってて済まなかった。」


颯太はただ黙って俺を見つめる

そして俺に微笑を見せながら


「泣きながら謝られたら、怒る気なれないよ・・・」


「・・・」


「確かに嘘をついていたことには僕も怒るよ。だけどね、父さん・・・」


「・・・」




「お母さんは今も父さんの大事な人だって分かったら、ちょっと嬉しくなったんだ。」




颯太はそう言いながら笑って見せた


「18年かけてやっとお母さんに会えたってのに、もうお別れだね・・・」


颯太は、涙を流した

そんな颯太に、八千代はこういった


『何があっても頑張って!お母さんはずっと颯太を見てるよ!』



そして5分のビデオは終わった

流れ続けていたので、聞こえたのはこの言葉だけ


しかし


「俺、頑張るよ。頑張って幸せになるよ。」


「・・・あぁ」



颯太にはそれだけで十分みたいだった




そうして颯太は、18年間いた家から巣立っていった




家には、もう俺だけ

ただ一人、俺だけ

なぜかそうは思わなかった





「さて、もう一度見ようかな・・・あのビデオを・・・」





テレビに映っている八千代は、とても綺麗な笑顔をしている




おわり





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

18年後へのメッセージ ケンジロウ3代目 @kenjirou3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ