本物の恋とは
@NA_LEAF
第1話
「ねぇ、ハルトはどこまで私と一緒に居てくれる?」
静かで凍えるほど寒い帰り道で彼女が俺のリュックを引っ張った。
振り返ると彼女はリュックを掴んだまま真剣な眼差しでこちらをみていた。この言葉の意図は何だろうか。そういえば彼女と付き合ってもうすぐ1年だ、恐らくそれを察しているのだろう。
「さぁな、お前が生きている限りはずっといるつもりさ」
「私が死んじゃったら他の女に手を出すんだー」
彼女はリュックを再度引っ張り、後ろに転んでしまいそうになった。そして転びそうな俺を無視をして前に歩いていった。
そういったつもりはなかったが考えてみればわからなくもない。相変わらずめんどくさい彼女ではある。
「じゃあ、どうして欲しいんだ?」
「わかんないけど……うーん…ハルトのいじわる!」
声をかけると共に彼女は振り返り、深く考えるように腕を組むと急に怒り出してしまった。
わかんないのか、そしたら俺もわからないに決まっている。彼女はどんな言葉欲しいのだ、何がしたいのだ、本当にめんどくさい。
「はぁ、もう一回聞くぞ。何が欲しいんだ?何でもしてやるぞ。」
「そうじゃないし」
下を向いてしまった。こうなってしまうとしばらく俺のことをみてくれないだろう。
あぁ、わからない、彼女は結局何をして欲しいんだ?
言ってくれない……
聞くと怒ってしまう……
察してほしいのだろうか。もう一度考えてみよう、「どこまで私と居てくれるか」そんなん答えは一つしかない、どんなことがあっても 彼女と二人で居たい。それができるのであれば何でもする。俺はそういう覚悟をしている。
「俺は何があってもお前といるつもりだぞ」
「本当に何があっても居てくれるの?」
上目遣いをする彼女の少し崩れた頭をさらに崩すように撫でながら言った。。彼女の眼差しと言葉は裏に何かを隠すように、何かを察して欲しいかのように俺に信号を投げつけていた。けれど今の俺では彼女のことはまだわからない。この会話を伝ってもこの先にくる会話が一切予想できない。
「あたりまえだろ?お前に何があろうと俺はお前について行く。」
「……そっか」
やはり悲しそうな顔をしている。俺は何か間違ったことを言ったのだろうか。
必死に色々と考えても解はなく、ただ彼女の悲しい顔を眺めているだけだった。
「ねぇ、ハルト……私さ、もうすぐ死んじゃうかもしれないんだ。」
俺の手を強く握り、声は震えていた。その姿はまるでヒグマに襲われている子鹿のようだった。
また彼女のいじわるだろうか。けれど彼女の眼差しからは本気が伝わってくる。本当に本気なんだろうか、知らなければならない。けれど本当だったら俺はどうすればいいのだうか、どうやって彼女に接しればいいのだろう。
「昔からさ、肺が弱くて学校に行ってなかったの。だから最後にって、無理して高校に入学させてもらってね、もう限界らしいの。」
彼女が一言一言、言う度に涙が溢れている。その涙が凍ったアスファルトに落ちるとうっすらと弾け、一瞬で消えていった。
高校で初めて彼女に出会った。そしてお互いに恋をし、彼女から告白をもらった。そして1年、学校が始まって約1年半だ。その中、彼女は俺と一緒にいるために無理をしていたのだろうか。
「ハルトといて、幸せだった。い、いきる希望を失った私にとって希望だったの。」
聞きたくない。
何か言ってあげたい。
けれど、この静かで薄暗い箱から逃げることはできず、彼女を一人で置いて行くのは無理だった。
「い、いちおうね、手術はするみたいなの。だけど……ま、まだ一度も成功したことない手術らしくて。」
やめろ……
これ以上聞きたくない。
「私……死んじゃうかもしれないの。」
身体中が冷え切っている中、今まで心は彼女お陰で暖かかった。だけど彼女の言葉を理解しようとする度に凍り付いて。そして「死ぬ」と言う2文字がトドメを刺すかのように俺の体をハンマーで叩く。
辺りはすでに暗く、小さな街灯一つで俺たちを照らすのが精一杯なほどだった。
「ハ、ハルトはこれからどうしてくれる……」
彼女はヒグマからの逃げ方を問うように俺の目を見ている。けれど彼女の病気なんて全くしらず、今後、彼女とどう接していけばいいかわからなかった。
だが逃げ方を知らなくても考える必要もなかった。これが正解なんてわからない。だけど俺ができることは彼女にしてやりたいと思っている。
怯える彼女を潤んでいる瞳を真剣にみて、心に決めた一言を右手で頬を撫でながら優しく言う。
「俺は、お前が生きていても、死ぬかも知れなくても、俺はお前に一生、いや、俺の全てをかけて一緒にいる。」
高校生では重すぎるかもしれない。けれど、死んでいくかもしれない彼女を捨てるのは本当の愛なのだろうか。俺は少なくとも違うと思う。彼女の身に何があろうと一緒に乗り越えようと頑張り、辛いことがあったら一緒に支え合って、二人のいいところ悪いところを認識しながらずっと過ごしていくのが本物だとおもう。
俺たちは普通の付き合いなんかじゃない、たった1年間しか一緒に居なかったかもしれないが、今まで何度も喧嘩して、何度も愛し合って、何度も何気ない時間を一緒に過ごした。 側から見たらただのカップルだ。だけど俺たちの中では、かけがえのない幸せな日々だったんだ。だから俺は彼女っとずっといるって決めたんだ。
そう心に決めた瞬間、涙が止まらなかった。そして俺の本心を聞いた彼女も泣き出した。左手で手を握り、右手で涙を拭うと彼女が抱きついてきた。
「大好きだよ……ハルト」
「俺もだよ……〇〇〇」
彼女の抱きしめる力が強い、そして俺はそれ以上強く優しく抱きしめた。彼女の泣きじゃくる様子を見ると心が傷んでしまう。けれど、彼女とこの世界で生きれるだけ二人で一緒に過ごして、一つ一つ思い出を作っていくんだ。
「これからも……よろしくな」
「……うん」
暗く街頭で照らされている男女は、この冷え切った常闇の世界を少しばかり明るくしていた。
あぁ受験勉強は嫌だな。
ゆっくりと落ちてゆく白雪は夕日に照らされながら屋上に塵を積もらせて行った。
丁度、一年が立つ。あれから彼女から連絡がなく、スマホに電話しても応答がなく、俺はただ待っているだけだった。何もできない無力さが毎日、俺を苦しめていた。
ピロン……
今まで静かだったスマホが鳴り響いた。
約3分の動画だけ送られ、送り主は誰かわからなかった。
「ハルト2周年記念日おめでとう。」
動画を再生するとそこには彼女が立っていた。白色と少し薄暗く手すりがある、恐らくここは病院だろう。
いつも通りの彼女だった1年前となんだ変わりなく本当に病気なんかと疑いたくなるほどだった。
「もう1年経つけど浮気してないでしょうね?」
相変わらず心配性の彼女だ。この俺が浮気なんてするわけがない。
そして久しぶりに見る彼女の笑顔は綺麗でとても心地よく落ち着いてしまう。
「あのね、記念日にこんな話は聞きたくないと思うけど、ハルトがこれをみているって事は、もう私はいないの。遅くなってごめんね。」
薄々気づいていた。1年間全く連絡がなく先生に聞いても、色々調べても何も教えてくれなかった。
なぜだろうか、体が軽くスッキリした気分だ。
彼女の葬式はいつやるんだろう。
今までの思い出はどうするんだろう。
「1年前、私と死んでもいいって約束したでしょ。でもさ、ハルトはハルトの人生を歩んで。私のことなんか忘れて新しいハルトのことを好きなってくれる彼女を探して、結婚して、子供作って、あなたのあなただけの人生を送って欲しいの。」
やっぱり彼女は優しいな。だけどそれでいいのだろうか、俺たちは1年しか一緒にいなかった。けれど、今までの大切な思い出を忘れることはできるのだろうか。彼女以外の人とうまくやっていけるのだろうか。
約束を忘れるべきか
約束を果たすべきか
俺は……
ガシャ……ガシャ……ガシャ……
手には血、制服はほんの少しだけ破けてしまった。
風が俺の体を揺する。
ガシャ……ガシャ……ガシャ…
「ふぅ」
やっと越えれた。手が痛いな。
柵のせいで色々とボロボロになってしまった。下は白雪で積もっている花壇だけだ。
俺の人生は何も悔いなんてない。彼女がいなければ生きている意味がない。
だから俺は約束を……
……ポツ
「たった1年間だったけど私のこと好きになってくれてありがとう。いなくなってしまっても私は……ハルトのことが大好きだよ。」
ヒビが入ったスマホに泣いている彼女とそれを包み込むように握る彼の赤い手が、ただそこにあった。
「これから手術なんだ。じゃぁね、ハルト……」
本物の恋とは @NA_LEAF
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