第8話 かなり危ない方のモグラたたき

 俺達に絡んできた冒険者達は、態度通りの脳筋だった。こっちが抵抗する気だと見るなり、彼らは陣形とか関係なく突っ込んでくる。


 弓使いの女の子だけが唯一自分のポジションを意識しているようだったが、恐らく他のメンバーは「弓使いだから後ろにいるもの」くらいにしか思っていないのだろう。


「ご、ごめんなさい!」


 他のメンバーに反抗はできないようで、女の子が謝りながらこちらに矢を放ってくる。俺はそれを無造作に魔導書で払いながら、一つの魔法を使った。


「んじゃ、〈放口〉」


 俺が口に出したのは、【狩猟の魔導書】八章、〈放口〉。小さい魔物の頭部を魔力で活性化させ、矢のように飛ばす魔法だ。

 俺はバッグから様々な魔物の頭部を取り出すと、脳筋たちへと射出した。


「うわなんだこれっ、噛みついてくる!」

「しかもあいつ、無詠唱だったぞ!?」


 矢のような速度で飛んできた魔物の頭部に噛みつかれ、脳筋たちがあわてふためく。


 この魔法は瞬発的な攻撃力は低いが、対処しない限り延々と噛まれ続けるため放っておけば命に関わる。地中に潜った【アース・ドラゴン】にダメージを与えるため用意した魔法だが、防御の固い騎士タイプの冒険者にも有効なのだ。


「ちなみに、無詠唱なのも魔導書のお陰だからな! 魔導書に挟む魔法を絞ることで、処理の簡易化を行えるんだよ」

「……無詠唱云々より、バッグの中に魔物の頭部入れてることの方が気になるんだけど。他に何入ってんの?」


 俺が脳筋たちに魔導書の素晴らしさを説いていると、隣からリンがボソッと本音を漏らしてきた。これ以上の詮索は都合が悪いので、完全に無視する。


「おっし。あいつらが対処に手間取ってるから、俺の援護は考えずに攻撃に移っていいぞ」

「はぁ、仕方ないなぁ……。私の問題でもあるし、頑張ってあげますか!」


 苦し紛れに指示を出すが、リンも攻撃のチャンスだと思っていたのか素直に頷いてくれた。俺の攻撃に慌てふためいている脳筋達を叩くため、リンが短剣を構えながら敵の一人に近づいていく。


 もちろん弓使いをまだ倒せていないので本来なら魔法使いの護衛はまだ必要なのだが、俺に弓が効かないことはみな十分すぎるほど理解しているようだった。


「女がこっち向かってきたぞ! あの魔法使いはしぶといから、こっちの方を今のうちに捕まえちまえ!」


 だが相手は、リンを捕まえる余裕がもうなくなっているということには気づいていないらしい。自分に引っ付いている魔物の頭部をようやく取り外すと、相手のリーダーは悠長な指示を出した。


 もちろん、リンに近づかれた時点で捕まえるなんていう選択肢はない。近づかれた騎士の男は素早いリンに攻撃を当てることすら出来ず、リンに得物を盗まれていた。


「おいお前、なに簡単に武器奪われてんだよ! 捕まえろって言っただろ!?」

「リーダー、こいつぁ無理だ。多分、全員で殺しにかかった方がいい。じゃないと、もしこいつらが本気出したら……!」

「はぁ!? お前目的も忘れたのかよ。何弱気になってんだ!」


 リンと相対した相手はようやくリンの実力を思い知ったようだが、リーダーは今の一幕を見ても仲間の不手際としか思っていないようだ。魔法使いや盗賊は自分たちより劣るものだと、ずっと思い込んでいるのだろう。


「やってやれ、リン。俺達を人とも思わない連中に……現実を教えてやるんだ」


 リンの華麗な手際に感心していた俺は、思わず熱がこもった呟きを漏らす。


 それが聞こえたわけでもなかろうが、呟きと同じタイミングで、リンは今奪ったばかりの剣を脳筋の一人に投げつけた。

 投げつけた剣は矢よりも正確な軌道で飛んでいき、そいつの持っていた斧を弾き飛ばす。


「す、すげぇ……」


 さっき以上の感動が、俺の心を満たす。奪ったばかりの武器を使いこなすというのは、盗賊であれば重要な技術だが並大抵のことではない。彼女が自分の力に自信を持っていた理由の一端が、今見えた。


 如何なる理不尽にも抗って、自分の進む道を信じて努力する。それが出来る彼女の生き様を、どんな理由があっても馬鹿にしていいはずがないのだ。


「俺も、負けてられないな」


 ニヤリと笑いながら、俺はずっと準備していた魔法の発動にとりかかる。相手リーダーの気がリンにそれた瞬間、俺は再び魔物の頭部を用意した。


「〈放口〉を主魔法として、〈魔笛〉の効果を付与……。卑しき獣よ、今は無き声でもってその盟友を呼び寄せん!」


 そして俺は、この場の誰も聞いたことのない詠唱を口に出した。


 元々用意していた魔法に詠唱は必要ないが、今俺が使ったのは二つの魔法を組み合わせただ。それ故、それぞれの詠唱を組み合わせた特殊な詠唱を必要とするのである。


 用意した魔法は無詠唱で使えて、詠唱を工夫すれば状況に応じた新しい魔法を生み出せる。それが、魔導書を完全に使いこなせる魔法使いの特権なのだ!!!


「また〈放口〉……! だが残念だったな、俺には『抵抗獲得』ってスキルがあるんだ。一度受けた攻撃は、当分の間効きづらくなるんだよ」


 魔物の頭部に再び噛みつかれた相手リーダーは、苦々しい表情ながらも自信ありげに叫んだ。だが、ここまで長い時間をかけて準備したのはこいつにダメージを与えるためではなかった。


「ん……? 何の音だ……?」


 地鳴りのような音が鳴り、相手リーダーがピタリと止まる。その音が段々と近づいてくるのに気がつくと、彼はどんどん顔を青ざめさせた。


「まさか……。まさか……」

「あぁ、ちなみに言い忘れてたけど……」


 親切な俺は相手リーダーに聞こえるように、今使った魔法……の効果を説明してやった。


「今お前に噛みついてる頭部、魔物を呼び寄せるぞ」


 同時、俺の声をかき消すかのように【ソイル・ドラゴン】が地面を割って出てきた。相手のリーダーは咄嗟に逃げるが、土色の小竜は彼を追い続ける。


 〈放口〉に付け足した〈魔笛〉という魔法は、【疾風の魔導書】5章の魔物を呼び寄せる魔法だ。元々はこれを使って【ソイル・ドラゴン】をおびき寄せる予定だったが、相手リーダーが代わりの囮になってくれるようなので助かった。


 よし。【ソイル・ドラゴン】が疲れるまでは、相手の弓使いの話でも聞いてみるか。

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