第2話 女の子を助けてみた

 パーティーを追放された後、俺は売れる素材を集めに安全なダンジョンを歩いていた。


 ダンジョンはかなり暗いが、〈広域点灯〉という魔法で辺りを照らしているので問題はない。アウロのパーティーは洞窟の暗ささえも辛く感じるだろうななんて考えていると、光の奥に一人の女の子を見つけた。


「なんでこんな所で倒れてるんだ……?」


 倒れていたため訝しみながら近づき、状態を見る。そこでようやく、彼女が魔物に捕まっているのが分かった。


 女の子の四肢は緑色の触手に雁字搦めにされており、身動きすら取れないようだ。

 その上、触手の中でも特にヌメヌメとしている二本が盗賊然とした彼女の軽装に潜り込み、胸のあたりを執拗にまさぐっていた。


 この光沢のある緑色の触手は、殆ど無害なことで有名な【ソーキング・テンタクル】のもので間違いない。

 俺は触手プレイを眺めながら、冷静に魔物を分析していた。


「ちょ、そこの君、見てないで助けてよ! お願い、助けてくれたら何でもするからぁ……!」


 触手に巻き付かれた少女が、手足が動かない分まで頭を揺り動かして助けを求めてくる。目にはじわりと涙が浮かんでおり、そこからは死への覚悟と、助けてもらえるかどうかという不安が見えた。


 あー、この子あれか。【ソーキング・テンタクル】が無害なこと知らないのか……。


 【ソーキング・テンタクル】は母乳幹細胞を好んで食す魔物だから、獲物が母乳を出さないと分かると勝手に離れていく。

 見るからに貧乳なこの子から母乳なんて出るわけないから、あと五分もすれば解放されるんだけど……まぁ、それを知らなければ手足を固定されている状況は怖いだろう。


「今、何でもするって言ったな?」

「へ……?」


 だから俺は、この絶好の機会を活かすために敢えて本当のことを教えなかった。重い声を出して、俺も命をかけて君を助けるんだぞと錯覚させる。


「う、うん! 言ったよ! だから……」

「あぁ、助けるぜ」


 あくまで真剣な顔を保って、俺は頷く。それから自分の鞄をまさぐり、一冊の魔導書を取り出した。


 無地の表紙が特徴的な、純白の魔導書。魔法使いは弱いというのが世間の共通認識なので、魔導書を見た女の子の目が一瞬で絶望に染まる。

 しかし俺は構わず表紙に手を翳し、呪文のようにを唱えた。


「〈火球〉を主魔法として、〈魔獣追尾〉の対象を拡散範囲及び熱伝導範囲に代入、起動!」


 聞きなれない言葉だったようで、女の子が不思議そうに俺を見遣る。しかし俺の右手の平から火の玉が出ると、女の子の目は恨みのこもったそれに変わった。


 なにせその火の玉は女の子にへばりついたままのスライムに直撃したのだから、怒るのも仕方がないと言える。


「ちょっと! 燃やす前にスライム剥がさないと私も燃えちゃうでしょ! いやぁ、いやぁ、スライムと一緒に死にたくないぃぃぃ!」

「悲しむとこそこなんだな」

「冷静に言ってないで助けてよぉぉぉぉぉ!」

「安心しろよ、お前は死なないって」


 俺の言葉を聞いて、ようやく女の子も違和感に気がついたのだろう。もがくのをやめて、不思議そうな顔で俺を見た。


「あれ、なんで熱くないの……? 私の神経、もう焼き切れちゃったの?」

「ちげぇよ、発想怖いな。魔法の火が燃え広がる範囲をちょっとした工夫で制限しただけだ。もちろん熱の広がりもな」


 説明が終わる頃には、女の子に巻き付いていたスライムは殆ど灰になっていた。女の子の方は服が多少煤汚れている程度で、彼女は信じられないというように服を見つめながら立ち上がる。


「燃え広がらない〈火球〉なんて、初めて見た……。普通の魔法使いじゃ、こんなこと出来ないよ。君は一体……?」

「俺か? 俺は……」


 良い印象を与えるため、俺は長年抱いていた夢と一緒に名乗った。


「俺の名前はジレン。自分の手で大ヒット魔法を生み出すのが夢だ!」

「魔法を……作る……」


 女の子が感動したように反芻するのを見るに、良い印象を与えることには成功したようだ。俺は満を持して、女の子にお願い事をした。


「だから俺のために、これからは魔法の実験台になってくれ!」

「え? ……は、はあああああああ!?」

「何でもするって、言ったよな?」

「い、嫌だあああああああ!」


 こいつ騒がしいなと思いながら、俺は逃げようとする女の子を魔法で拘束するのだった。


 魔法の実験台、一人ゲット!

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