騎士と花

 息苦しさに目が覚めた。

「嘘」によるいつものアレではない。

 もっと違う、何というか、その――。


「ブハッ!! 何だこれ!!」

 勢いよく起き上がるのと同時に、大量の兎のぬいぐるみがばらばらと自分の寝ている台から落ちる。それに伴ってひとつの小さな影がてててと向こうに走っていった気がした。

「ぱぱー! 生き返ったー!! あの人生き返ったー!!」

「死んでないよ! 最初から生きてるからね!」

「覚醒を確認しました。様子を見に行きますか?」

「勿論! 行くよ! 行こう!」

「うささんのおかげだねー!! おーちゃん生き返らせたー!!」

「おーちゃん、死んでないよ! 生きてるからね、最初から!」

「うささんのまほー! てやー!!」

「お、おーちゃん……腕取れちゃう……ちょっと離れよっか」

「博士。彼が不安がる前に行った方が良いと思いますが」

「行くって――ブハッ。おーちゃん、重い……今度は頭取れちゃう……」

「取れないー!」

「取れちゃうんだよ、ぱぱ、あんどろいどだから」

「あろいろ?」

「博士、行くと言ってからそろそろ一分経ちま」

「分かってる! ちょ、先に行っててってば――って、分かんないよな、そうだよな。指示してないもんね、うーん」

「……??」

「ぱぱ変なのー! 変なあろいろー!」

 何か向こうの方で苦労している。

 そんなこんなで暫くして、首から栗毛に白ワンピースの少女をぶら下げた黒髪眼鏡の青年と無表情の茶髪の若者がLIARのいる部屋に入ってきた。心なしか黒髪の青年の顔が疲れている気がする。

 お疲れ様です。心の中でねぎらう。

「よく眠れたかい」

「……」

 こっくり頷く。

「ジュースでも飲む?」

 首を振る。

「それじゃあこの薬だけでも飲みなさい。気分が良くなる」

「……ありがとう、ございます」

 甘いシロップ薬だった。薬にしかない甘さってあるけれど、それが何でか好きな時がある。

 今が、その時、かも。

 顔がちょっとほころんだ。

「さて。何よりもまず、君に紹介したい人がいる。おいで、おーちゃん」

「はーい!」

 ぶら下がるのに飽きて、そこら辺の機械いじりを目論んで(茶髪の若者にさりげなく抑えられて)いた少女がひゅーんととんでくる。

 彼の腰元に抱き着いて上目遣いでこちらを見てくるその姿は可憐以外のなにものでもなかった。

 何故か、ちょっとときめいた。

「HONER。H-O-N-E-Rと綴ってオーナーと読む。右肩のこの『H』のマークがチャームポイント――君とほぼ同じだね――。正直者って意味だよ」

「違います、博士。正直者はHONESTです。HONERは――」

「良いんだよ! 僕が正直者って言ったら正直者だ!!」

「でも」

「正直者!!」

「……分かりました、訂正します。これからはHONESTではなくHONERが正直者ってことでよろしいでしょうか」

「良い、良いよ! 良いったら!! そんなに繰り返さないで」

「そんなに繰り返していませんが」

「わ、分かったから! ちょっと黙ってて!」

「はい、黙ります」

 お口に手を当ててそれっきりしんと黙ってしまう。

 これは大変そうだな、なんてちょっと思った。

「ごほん。話戻すけど」

 顔を真っ赤にした青年が咳払いで話の転換を試みる。

「HONER」

「ぐわあああああ」

 これは面白いな、なんてめっちゃ思った。

「あああ、もう! この子は! 幸せのシナリオの内ひとつ。正直者がどれだけ幸せに日常を暮らせるか、その実験の為に用意した少女。愛称はおーちゃんだ! はい、ご挨拶は?」

「おーちゃんでーす! きゃははー!!」

「こ、こらこら! もっとちゃんとご挨拶なさい!」

「やだー! やだやだー!! きゃはははー!!」

「HONER!!」

 直ぐ、外に遊びに出て行ってしまった彼女を追いかけようとして直ぐにやめる。やめて、溜息を深ーく吐いた。

 本当に、この家は、大変だ。

 くたびれ切った青年がそこら辺の椅子に腰かけ、こちらを見やる。

「彼女はね。僕らの最後の希望の花なんだ」

「希望の花……」

 言われた途端ハッとなる。

 希望の花。――こいつが!!

「って、ってことはお前がSchellingか!!」

 瞬間的に胸倉掴み上げそうになった体をいつの間に後ろに回った茶髪の若者が羽交い絞めにする。

「おい、ちょ、放せ!!」

「やめなさい、Raymond!! ――すまない、まだ上手く整備が出来ていなくてね。本当は人間らしく居て欲しいんだが……電気回路と金属だけで疑似的感情は作れないものか」

 Schellingが命令した瞬間、すみませんと言って離れる辺りRoylott達アイツらとは違う。――否、他の何においても。現代の技術とそぐわない、余りに機械的なそれにおいても。

「……とすれば、お前達の目的は何だ」

「君の保護だ。今、組織は大きく揺れている」

「僕はもう誰の手駒にもならないぞ!」

「大丈夫だ、手駒にするつもりなんて無い!」

 そう叫び、瞬間瞳が微かに揺れる。明らかに目に悲しみの色が浮かんだ。

「本当はね。本当は悪いことをしたと思っている。こんなの人間がやることじゃなかった。体に負担がかかり過ぎるんだ。ちょっとの怠慢で簡単に命が潰えてしまう」

「なら何で――!」

「何で僕をこんな目に遭わせたかって言いたいよね。分かる、分かるんだ。今となってはね、分かるんだよ……、……僕も分からないんだよ、今となっては。苦しいんだ、それだけ。きっとメアリーは悲しむね。この為に生んだんじゃないって」

 そう嘆く青年の姿の何と哀れたるや。見ていられない程だったが、だからといって許す義理などさらさらない。

「あんたの事情になんか付き合ってらんないよ。泣くなら他所で勝手に泣いてくんない? 仲良しのロボットと女の子連れてさ」

 はっきり言ってやった。そのまま寝台から降りようとするとSchellingが慌てたように止めた。

「待って、LIAR。聞いてくれ。今組織が大きく揺れているって話をしたよね」

「……だから何」

「『クラリス』が勢力を伸ばし始めたその位の頃からね、それぞれの実験に専念しようってことで一度組織を二分したんだよ。それは覚えているかい」

「覚えてる。ああ、嫌でも覚えてるさ」

 地獄はそこから本格的に始まった。忘れろと言われる方が難しい。

「そう、だよね。……それからね、経営の方を実験的にあの子達に任せたんだよ。疑似感情を有する人工知能の商売と、嘘吐きから嘘を抜く仕事と」

「ええ、おかげさまで散々な目に遭いまして」

「――そう、そこなんだよ」

「は?」

 噛み合っているような噛み合っていないような返事に思わずつっかかる。

「任せた後位から彼らの様子がおかしくなった。きっと仕事を任されたのが嬉しかったのだと思う。――だけどそこからちょっとずつ暴走が始まってね。あの子HONERの純真なる感情を人工知能開発の為に取ろうって言いだしてきたんだよ」

 後ろの方で積み木遊びをする少女を振り返りながら言い放たれたその言葉に思わず目を見開いた。

 それって――。

「生きながらにして死んでるようなものじゃないか!」

「そう。そうだ。彼ら曰くだね、彼女から取った感情を生物学的に培養して人工知能に取り入れようって言うんだ。何せ彼女のは『嘘』なんていう不純物質が全く付いていない完璧なものだからさ。機械の体に入れるにはもってこいの代物なんだって。安全安心で。――だが、人権や彼女の想いを考えてみなさい」

「そんなのあって良いはずがない」

「そう。だけど、そこがちょっと分からないらしいんだ。痛みも怒りも悲しみも知らないから」

 そこまで聞いて一つ分かったのは、何故誰も寄り付かないようなゴミの山が未だにこの社会の隅っこにあるのかということ。

 そして自分の目を欺き続けていたのは誰だったのか、ということ。

 ずっと首謀者は目の前の男だと思っていた。コイツが上から皆を押さえつけていたのだと思っていた。

 どうやらそうではないらしい。

 言うなれば実験の行き詰まりだ。

「きっと、君がこうなるまで働かせたのも暴走の一種だろう」

「……」

「沢山嘘を集めればそれだけ精神世界の研究が進む。彼らは唯、自分達が担う仕事を完成させたいだけなんだね」

「……」

「それがどんどん権力への快楽だったり、君への待遇問題に繋がってきている」

「……」

「非常にまずい。社会的にも、組織的にも」

「で? 僕に何をしろと」

「そういうんじゃない。さっきから言ってるじゃないか、手駒とかそういうのではないって。――そういう仕事はこの子が専門的に行っている」

 言いながらRaymondの肩を叩く。

「彼らの真の目的とか、動向とかはこれから僕達の方で探っていく。――その間、どうしても彼女の面倒をみてやる人がいなくってね」

 後半、何となく言いづらそうにもごもご言ったのを見て急に言いたいことが分かってきた。

「ベビーシッターはもっと嫌だからな!!」

「ベビーシッターとかじゃないんだよ! 君はあの子の騎士ナイトなんだ!」

「やっぱベビーシッターじゃん!!」

「や、だから、そうじゃなくてね!」

 肩を抱き抱き、ヒンヒン言ってくる。

「君にはあの子の一部が流れている。そしてあの子の中にも」

「……どういうこと?」

「HONERとLIARを作る際に君達の嘘や感情をお互いの中に入れ合って調整をしたんだ。その影響からか、君達の間には目に見えない強い絆が流れている」

「……」

「誰にも分からない痛みを共有し合い、喜びを誰よりも濃く、深く分かち合う。それが出来る相手同士なんだ」

「……」

「その証拠に君を一番最初に見つけたのはおーちゃんだったよ」

「あの子が」

「朝からずっと何かを探している様子でね、気付いたら君を連れて帰ってきた」

「……口では何とでも言える」

「なら少しの間で良いからあの子と過ごしてみたらどうだい」

「……嫌だよ」

「きっと君の傷を癒やしてくれる。分かち合い、共に泣くことが出来る」

「……」

「僕達には到底出来ないことなんだ。僕達には治せないものもきっと治してくれる」

「治すものなんか」

 強がってまた立ち上がろうとする体をまた引き留めて

「ね。騙されたと思って、取り敢えずはそれが完治するまで」

と言い、笑った。

 加えて「本当に危なかったんだよ」とか「もう少しで死ぬとこだったんだから」とかごちゃごちゃ言ってくる。彼を頷かせようと必死なご様子である。

「わー! この人今日からここで住むのー?」

 そこにおーちゃんが突然の合流。

 い、いつの間に。

「そうだぞー、お前のお兄ちゃんだぞー」

「お兄ちゃん!?」

 いつの間に!!

「こ、こら」

「そうだ! お前のお兄ちゃん!」

「おーちゃんのお兄ちゃん! わぁ! ずっと欲しかったのー! れいれい、いつもぶすっとしててつまんないもん! わーい!!」

「うん、それは後で直しておくね! ……子ども相手だもんな。もうちょっとマシにしといた方が良いか、やっぱり」

「ちょ、おい……おいってば」

「LIAR。私の三番目の家族として登録しました。よろしくLIAR」

「お、お前まで!!」

「ナーイスRaymond」

「お褒めにあずかり恐縮です」

「わーい! ないすれいれいー!」


 今更後戻りが出来なくなったこの状況を見てLIARは深い溜息を吐いた。


 良いんだ。完治したら何の未練もなくここから失踪してやるから。

 絶対に。ぜーったいに!!


(つづく)

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