一緒に
「ひえええええ!!」
突然の叫び声に叩き起こされたLIAR氏。その視界に凄いスピードで走り抜ける一つの影があった。
「……」
寝ぼけて正直何が起こったのか定かではない。
しかし二度寝を決め込もうとして潜り込んだ布団の妙な寒さと寂しさで背筋がひょっと寒くなった。
目覚まし時計を見て益々寒気がしてきた。
その時勢いよく押し開けられた部屋の扉に寒気の正体を知ることになる。
「れいれいさん! LIARさんが隣でねんねしてたんです!! どうしてなんでしょうか、どういうことなんでしょうか!!」
「おいお前! 真逆、もう手ェ出したのか!!」
「誤解だよ!!」
* * *
「――というわけでございます」
「「なるほどです」」
LIARの部屋に来たらぶっ倒れていたので介抱したということ。
手は出していないこと、というかそんな根性も度胸もないということ。
それが説明された。
「じゃあ、こうなったら仕方ないからおいさん達でこいつの介抱ってことで良いな? 千恵隊員!」
「モチロンです!! れいれい隊長!」
「ん?」
「寝泊りはこの部屋で良いな? 真逆おいさんの車で寝泊りって訳にはいかないだろう。それにこの部屋丁度よくベッド二つあるし」
「おっけーです!」
「おい??」
「じゃあ早速この取っ散らかったお部屋をキレイキレイしていきましょうかね! おーちゃん、エプロンは持ってきたな?」
「はーい!! うさちゃんですー!」
「ちょ! ちょいちょい、ちょい待ち!!」
「「ほえ??」」
ぽかんと首を傾げた二名に思わずずっこける。
「や、ちょ、自分の部屋みたいにしてるけどさ、ここ僕の部屋なんですけど。そこら辺ちゃんと分かってます?」
「それは知ってるぞ」
「もちろんです!」
「じゃあ何でそんな勝手なことしようとしてんの! ま、ましてや、ぼ、ぼぼぼぼ、僕の部屋でちーが寝泊りなんて」
「ハハハ! そこは大丈夫、ちゃんと飯はいつも通り作りに来てやるから」
「そーゆー問題じゃなくってだな!」
言いかけた所で千恵が彼の両手を握る。仰天して口を閉じてしまった。
「私、LIARさんの第一発見者なので、このまま現場に放っておく訳にはいかないと思ったんです」
「な、何か物騒だな」
「だから、だから! その……全快する所まで見届けたいなって思って」
「……」
「どうにかお願いできないでしょうか」
「う」
うるうるお目目できやがる。この子のこの目はどうも断り辛い雰囲気を出してくる。紅茶の時とかもそうじゃなかったか? そういう所がどこか苦手だったし自分の弱点でもあった。
「俺からもお願いできないでしょうか」
「怜のは断る」
「なんでぇ!」
「わ、私のは!」
「……」
「LIARさん!」
「……」
「ちゃんと治したいんです!」
「でもお前仕事」
「大丈夫です、LIARさんの体調回復の為の最低療養期間三日分の有給は取得済みです! 委員長は納得してくださいました!」
「と、とはいえ男女二人がひとつ屋根の下なんて」
「昨日もそうだったじゃねぇか」
「そ、そうだったけど!」
「……そしたら私といるのは嫌とか?」
目をうるうるさせて悲しそうに俯く。
「あ、泣かせたー」
「そ、そうじゃないんだけど! あの、ほら、だから!」
もう立場がないぞ。どうするLIAR。考えろLIAR。
……。
……、……。
……、……、……。
「仕方ないな。三日だけだぞ三日」
その時の千恵の顔ったら!
「わーい! LIARさん大好きですー!!」
「よせやめろ!! 抱き着くな!!」
当たってる当たってる! 当たってるから!!
* * *
それからというもの。大変賑やかな生活が始まった。
「おーちゃん、これはこの袋。あれはその袋」
「いえっさーです! ――あ」
ガチャン。
「おーちゃん?」
看病という単語から連想されるものはもう少し穏やかなものではなかったか? 自分のベッドの周りに一秒もこない少女を思ってはちょっとため息を零してみたりする。……今、また何か割ったな、アイツ。
「いたっ!」
……!
「「大丈夫か!!」」
そこで怜と目が合った。痛そうに人差し指をくわえる少女と髭を目で交互に見ながら部屋の戸を静かに閉める。
「おーちゃん、やっぱアイツお前に気があるぞっ」
「変なこと吹き込むな!」
掃除はかなりドタバタしながらではあったが終わったらしい。ピロリン、と携帯電話に怜から写メールが届いた。
……どの写真にもちーが写ってる。
丁寧に全部保存した。
「お昼ご飯ですー!」
バン!!
「どわわわっ!」
物凄い音を立ててドアが押し開かれる。
慌てふためき思わず携帯電話を取り落とした。
「あ! 落としましたよ! 拾ってあげます!」
「触るな!!」
チーターより速く携帯電話に飛びつく。
「何でですか?」
「や、外部者に見られない為の工夫がしてあるから……ちーが万が一にでも引っかかったりしたら大変だろうが。な?」
「なるほどです!!」
正しくは自分の「(秘)ちーフォルダ」がご本人に見られないようにする為である。工夫など何にも施されていない。
「そ、それで? お昼ご飯もう出来上がったとか?」
「いえ、今から買い出しに行くので何食べたいかってれいれいさんが」
「ご飯? ああ、そうか。もうそんな時間か」
「どうしますか?」
「……」
長考。
「LIARさん?」
「……たまごがゆ」
「おおっ! それなら私も作れます!」
「うん、知ってる」
そこで暫し沈黙。
「あ、じゃあそれで良いですか?」
「あ、ちょっと待って」
「何でしょう!」
「昨日、おいし、かった」
またしても少しく沈黙が流れ――。
「とっても嬉しいです!」
「行ってきます!」
「おう」
止まれ動悸止まれ動悸止まれ動悸止まれ動悸!
今日も卵の殻が入ってた。
* * *
昼は何事も起こらずスーパー暇だった。
ただ一つ、例外的にいつもと違ったのは薄い壁越しにあの子がいるということ。
逆に休めない。
更には仕事や家事がなくなったからか、偶にこちらに様子を見に来る。
もっと休めない、寝てたまるか。
そうこうしている内に夕飯の時間になる。
「よーっす! LIAR、元気か? 元気かクソ元気かどっちか選べよ」
「……なんか疲れた」
「……、……大丈夫か?」
僕は、療養しているんじゃなかったっけか。
「こりゃ起き上がるのは無理かしら。仕方ねぇやな。そいじゃ夕飯作るぞ、おーちゃん手伝え」
「はーい! 今日のご飯は何ですか?」
「ふっふっふー。なんとチーズクリームシチューにオムレツ!」
「わぁ! たっぷりですね!」
「そ!
大丈夫か?
思ったが声には出さない。
「どうやって作るんですか?」
「まずは小さめのフライパン、18cm~20cmのサイズを用意」
「はい!」
ホテルで使ってそうな黒いフライパン。
「そしたら卵二個、牛乳大さじ一杯、塩コショウはテキトー。後はフライパンに引く為のバターが8g」
「それだけで良いんですか?」
「うむ。あ、それと濡れ布巾も」
「どうしてですか?」
「焼く時に綺麗に出来上がりやすいんだよ。――よし、まずは卵と牛乳、塩コショウをボウルに入れ」
「あ!!」
玉ねぎを切りながら指示をしていた怜の背中を嫌な予感が伝った。必ず一個はミスを連れてくる「ミス・ミス」こと小畑千恵。昨日は卵をキッチン台に投げつけ(!)今日の午前中にはLIARが散らかした薬瓶を最低六本は割った。彼女の指にできた傷の数知れず。
しかし今更失敗の余地はあるか? ここまでくるとボウルをひっくり返した位しか思いつかないが……それなら拭き取って新しい物を作るしかない。後悔先に立たず。後からいくつも文句を言ったって仕方が――
「牛乳、カップ一杯入れちゃいました」
取り返しのつかない方だったー……!
「……ミルクスープだな。実験料理ってことで後で味見しよう。これは俺が適当に調理するから、新しいのをこしらえなさい」
「すみません……」
「今度は間違えんなよ。カップは一瞬も使っちゃダメだから」
「はい」
今度は慎重に数え、量り、準備は完了。
「そしたら真ん中を切るように混ぜる。ぐるぐるはだめ」
「だめなんですか」
「だめ。泡立てちゃいけないんだ」
「はーい」
「白身が箸に引っかからなくなるまで根気強く混ぜるんだぞ」
「頑張ります」
「その間にこのミルクスープ煮とく」
「……本当にすみません。固まりますかね?」
「……見た感じ無理そうだな。固まる気配がミリも感じられない」
「ひえー」
しばらく混ぜ、ようやく卵液が完成。疲れた。
「まだまだこっからが本番だぞぉ」
「ひえー」
文句を言っている間にフライパンをコンロにかける。
「火力は基本中火だが、強火でもオッケー。人によってここは意見が分かれるところだから作りやすい方でな」
「はい」
「それで180度まで温める。――まあ顔とか近づけて、かなり熱いなぁって頃合いで良いかな。あ、それと、温めたら一回濡れ布巾の上に置くのも忘れずに」
「何でですか?」
「さっき言ったよな。――それに、温度が一定にもなるんだよ」
「ほう」
「面倒臭かったら省略も可」
「待ちますか」
「フライパンによる」
そろそろ温まってきた。
「そしたらこっからは気を抜いちゃだめだ」
「はい」
身構える。
「まずはバターを投下! すぐにフライパン全体に回す!」
「はい!」
「焦がすな、溶けきらせるな!!」
「はい!!」
じゅわぁと美味しそうな音を立ててバターが溶け出す。これが茶色く、かつ溶けきる前にフライパン全体に回し、卵を落とす必要がある。
ここで全てが決まると言っても最早過言ではない。
じゃーっと幸せの黄色が黒を彩る。音だけで腹が減ってきた。
「そしたらすぐにかき混ぜる! 周りを特に重点的に混ぜるんだ」
「何でで」
「そこが一番先に固まっちゃうから。ムラができると困るだろ」
「確かに!」
「はいはい、かき混ぜて! たまにフライパンも回すと吉!!」
「はい!!」
「よしよし。かなりたどたどしいがよく出来てるぞ」
千恵が集中しながらも微笑みを返した。
「ほい、そしたらいよいよ仕上げ! 周りが固まりだし、かつ、全体的に火が通ったのを確認したら火を止める」
「でも真ん中がまだ半熟」
言いかけた千恵の唇を人差し指が軽く抑えた。
「とろとろオムレツ、食べてみたいだろ?」
「……!」
途端に目が輝く辺り、単純だし、何より可愛らしい。
「はい。まずは箸で下手にめくろうとせず、取っ手の方を持ち上げる」
「こう、ですか」
「そ。そしたら手前側の端っこを、こうやって、ちょっとつっつく」
その瞬間卵がふにゃんとはがれて、半分に折り畳まれた。
「おー!」
「おおー。よし、次。そしたらフライパンを持ってる手に拳を当てて、こう、とんとんする」
「すると?」
「向こう側がこっち側にひっくり返って来る」
「え! 凄い!」
早速やってみるが――上手くいかない。
「できないです」
「ははは、ま、最初はそうだろうが……コツは拳にフライパン持ってる腕をとんとんすることだ。そこを意識してごらん、そして思い切って」
すると、矢張りこちらもたどたどしいながら、徐々に卵がこちらへ返ってきた。
その後はお皿に移すだけ。
「この時ね、普通に移すよりは」
言いながら皿にフライパンの奥側の壁を近づけ、一気に卵を皿にひっくり返した。するときれいな、継ぎ目のない卵が白い湯気と一緒に登場。
美しく鎮座しているふわふわ。何と上品な!
「わああぁ……! LIARさんに見せてきても良いですか!」
「良いよ。俺は後三つをぱぱっと作っちゃうから」
「はい!」
彼の眠る部屋までわくわくの止まらない足音が続いていく。
「LIARさん! 見てください! 私が作ったんです!!」
「ん? ん――んんんん!?」
めちゃくちゃびっくりする声に嬉しそうな声。
野菜と肉を煮込みながら、オムレツを作る肩が嬉しそうに一回上がった。
今日の夕食はいつもより賑やかで幸せの色がしている。
「「いただきます!!」」
「い、いただきます」
「あ、ちょ、どういうことですか! れいれいさんのオムレツ、ホテルのじゃないですかー!!」
「ふっふっふ。修行を積めばこうなるよ、いつか」
「なりますか?」
「なるなる。――うん、チーズがよく効いてる! あの店、また行こうかな」
「オムレツおいしい」
「本当ですか! もっと褒めてください!」
「そう言われたら褒めたくなくなる」
「あ、そうだ。LIARさん、これ失敗しちゃったんですが」
「――何。失敗した料理食わせるの」
「はい!」
怜が思わず吹き出してLIARに睨まれる。
すぐに「これは不味い」の感想が返ってきて、皆で笑いながらミルクスープをつっついた。偶にはこんな日だってある。
「おかわりは沢山あるぞ! それに、何と今日はデザートまであります!」
「え!」
「何で」
「ふふ、久しぶりにお前に会えた記念と、おーちゃん歓迎を兼ねております!」
「で、そのデザートって何ですか!?」
「表面パリパリ、中はとろーり。クリームのようなプリンに思わず舌鼓! 因みに表面のカラメルはバーナーで焼くのです。俺一番のおすすめ」
「あ、クレームブリュレ」
食いつくように言ったLIARに「ビンゴ」と軽くウィンク。
「ちー、これマジで美味しいよ。他のクレームブリュレ食べられなくなる」
「マジですか!」
「大マジ。腹の空き容量残しておいた方が良いよ」
「これは悩みました。シチュー後三杯位いけるんですが」
そこで二人が思わず吹き出した。
片づけは三人でやった。
――こんな毎日が続くなら。
体調なんて、永遠に回復しなくても良いかもしれない。
隣で幸せそうに眠る少女の寝顔を見ては繰り返し思った。
(つづく)
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