星野一歩氏、渋沢大輝氏

「それでその社員さんなんだけど、先ずは話題の人物張本倫太、そしてカイを名乗る男、そして――」

 そう言って溜めつつ名刺を取り出した。

 そこには社長の役職名と名前――星野一歩――が堂々らしく記してあった。

「……誰だこれ」

「誰だと思う」

 怜の瞳がニヤニヤ笑む。しかしそれでも分からないものは分からない。解答を求めて委員の目が彼に注がれる。

「誰なんですか、誰なんですか?」

 千恵もその腕にすがった。

「さあ、誰だと思う」

「勿体ぶらずに言えよ、いい加減」

 修平が面倒くさそうに言い放った。

「ふふ、それじゃあ正解発表」

 ぎりぎりまで溜め込んで怜は遂に胸ポケットからもう一つの紙を取り出した。それは写真を写しとる光沢紙。インスタントカメラで隠し撮った代物と思われる。

 覗き込むとそこにはが忙しそうに指示をする姿。

 茶髪。

 糸目。


「これって……」

 一同の目が大きく見開く。

「い、委員長……? どうして?」

 千恵の言葉が全てを物語っていた。


 * * *


「星野一歩氏、年齢二十六。茶髪に糸目の青年だ。どこから出てくるのか分からない閃きと技術力と、何を考えているのか分からない表情と。それがこの二人、そして怪人を引き付けた」

「……」

「この寂しく小さな会社は一方で原子力のようなエネルギーを持つ組織だ。この四人だけで兎を追いかけるアキレス。亀は時代や時の流れをどんどん追い抜いて、とてつもない技術をどんどんと開発してゆく」

「アキレス……」

「追いつけ追い越せの時代はもう既に終焉だ。彼らだけでもう900年先の技術を先取りしたともいわれている」

「900年!?」

 武が驚いて身を乗り出す。裏サイトの二人は腕を組みながらじっと考え事をしているようだった。

「それで、彼らの目的は何なんだ」

「良い質問だな、副委員長」

 にまと笑んだ情報屋は携帯したごちゃごちゃの鞄の中から丁寧にまるめられた大きな紙を取り出し、机の上に広げた。

 それは委員会諸君がお祭の日、怪人から盗み出したあの情報と同じものであった。


「彼らは怪人の為にタイムマシンを作ろうとしている。これが彼らの生きる指標だ」


「……!」

 海生の瞳が俯いたまま見開いた。

「タイムマシン……? 何のために?」

 徹が純粋に疑問を投げかける。

「うーん、それ話すには先ず前提から話さなけりゃならんな。ここから500年先に文明が存在していることはお前らもご存知だろ?」

「まあ」

「ほぼ同じこと言う怪しい二人組が委員会を訪れたことがあるので」

 千恵になにやら粘着を見せた二人の顔を思い返して一同苦笑い。そう言えば最近顔を見ていないような気もする。

「はは、そりゃあ都合がよろしいな。LIARもそこの生まれだ」

 一同、確かに聞いた。彼は500年先の人物だ。

 ショックガンが使える。

 彼の容疑が深まった。

「詳らかには話せんが、彼はそこで『希望の花』なるものを救いたがっている。しかし手元にタイムマシンが存在しない、だから作る。それだけの話なんだ」

「ショックガンは?」

「は?」

「奴はショックガンを使えるか?」

「……よく知ってるなそんなモン」

 怜が感心したように頷く。しかし聞いた本人修平からしてみればそんな事はどうでも良かった。

「使えるのか? どうだ」

「それは定かじゃないね。使えるかもしれないし、使えないかも」

「取り敢えず使える可能性は一端いっぱしにでもあるってワケだな?」

「それどころか、使える人はもっともっといらっしゃるぞ?」

「何?」

 身を乗り出した修平を一旦落ち着けてから写真だのメモだのを並べていく。

「先ず、さっきも言ったレフォルム。聞いたところによればショックガン位なら簡単に開発できるんだと」

「どこで聞いたんだ、そんな情報」

「そりゃモチロン星野一歩様からに決まってるだろ? 俺も最近その銃について知る機会があったからさ、調べまくってたらこの組織に最終的にぶち当たったってワケ。やっぱりなって思ったよ」

「モデルガンとかは持ってるか?」

「持ってる――っつうかモノホンだ。見るか?」

「助かる」

「ほらよ」

 そう言いながら小さなケースを机の上にぽんと置いた。中にはこれまた小さな拳銃が入っている。男性の掌にも満たないようなそのサイズは非常に特徴的だ。拳銃らしからぬような白いその肌さえも。

「人にマジに使うなよ? 記憶マジでぶっ飛ぶから」

「試したの?」

「彼の怪人さんに、少々、な……」

 そう言って謎のてへぺろをしやがる情報屋。何をしたんだ。

「使い方は」

「後ろにダイヤルがあるだろう」

 言われた通りにそちらを見ると簡素なダイヤルが二連になってそこに張り付いている。

「その目盛りは『どの程度の時間』、そして『どの程度の強度』を表している」

「つまり?」

「例えばだけど、ベッドの下からうっかり発見した嬉しハズカシ日記を読んでる所を本人に見られたとする」

「妙にリアルだな」

「……LIARには内緒だぞ」

「マジなのかよ!?」

「ん。――で、話戻すけど」

「ちょ、え……何だか内容が気になる」

「戻すけど」

 冷や汗かきながら繰り返された言葉に否応なしに黙らせられる。

「故に殺されそうになったので、記憶を急遽消すことになった。マッサラ記憶を消したいので程度は一番高い『10』に設定する」

「それでマッサラ消えるってワケだな?」

「余り沢山消し過ぎても逆に怪しまれてしまうからそこら辺は見計らって」

「なるほど?」

「で、時間は大体十秒前位か。ここで正確な時間は計れないから大体で良い。漏らしが無いように長めの時間にすることをおススメしている」

「そしたら?」

「そしたら間髪入れずに眉間にズドンだ。額でも良い」

 試しに引き金をその場で引いてみた。かなりの衝撃が振動として手に伝わる。弾は出なかった。

「このバイブを脳に響かせるのか」

「そ。そうすると相手は暫くの間気絶し、その後覚醒時に記憶が消えていることを確認する」

「へえ……仕組みは謎だけど、単純っちゃア単純なんだな」

「ただ余り多用は望ましくない。脳に確実に影響は出るわけだし、慣れてしまえば発動までに時間がかかることもしばしばだ」

「時間がかかる……? それだけ長い時間気絶してるって事か?」

「違う。一度覚醒しててもまだ記憶が保持されている場合があるんだよ。一回試した時、LIARは正にそれだった。その後副作用みたいに眠りこくって、無事に効果が発揮されていたけど……もしもっと遅れていたり寝たりしてなければ」

「殺されそうになってた?」

「そうそう、包丁とか持ち出し――って何聞いてんだよ。……じゃなくて。兎に角そーゆーこと。後はその時与えた衝撃が逆に昔隠した記憶を引きずり出すこともあるし、さっきの類例として記憶消滅が効き辛い場合もある。兎に角完璧じゃねーってこったな」

「なーるほどな」

 言いながらくるくるとショックガンを回して見る。

 すると銃口の下の方に気になる記名と刻印とがされているのを見た。


 Raymond

 Dr.Schelling products


「レイ、モンド?」

 口にぽつりと出した瞬間、バッと後ろから取り上げられる。

「そーら、貸し出しはこれにて終了だ。延長したいなら百円払いな」

「レイモンドって誰だ?」

「知らねぇ、そんな薄情な奴」

「……」

 返答に少し違和感があった気がする。

「後はあれだ。怪人曰くだな、500年後のお偉方は皆この銃を使っていたらしい。そうするとお前達の言う二人組なんかも等しく可能性の範疇に入るんじゃないか?」

「……かもな」

 そこで修平が黙りこくってしまった為、暫くは沈黙が続いた。

 耐え切れなくなった怜がその空白を繋ぐ。

「で、どうしてこの話を聞いてきた? それこそさっきの『姿無き殺人』か?」

「ん……」

「ははぁ、読めたぞ? ショックガンの痕が警備員の額にみとめられた、そういう事なんだろ」

「……」

「それだけで怪人の仕業と思いたいんだろうが、それだけは止めておけ」

「どうして」

「第一、さっきも言ったがショックガンを使える人物は沢山いる。それこそレフォルムの連中も例の怪しい二人組も使えるんだ、証拠にするには弱過ぎる」

「確かにな」

「そして第二に、奴には彼を殺す動機が存在しない」

「言い切れるのか?」

「奴は社員の皆様方とは基本仲が良かったし、誰かを殺してしまえばそれだけ自身の目的が叶わなくなってしまう。奴はどちらかと言えば被害者側だろう」

「……」


「それにアイツは人殺しが大嫌いだ」


「誰かを躊躇なく殺す人はもちろん、自分が殺す事なんかは酷く酷く、この上なく嫌った」


 何やら印象的に響いたその一文に一同が面を上げた。

「対照的に星野一歩さんからはちょっくらばかし非道的な側面が垣間見える。自分の意を貫く為には少々残酷な手さえ厭わない」

 煙草の煙をふっと吹きながらぽつぽつと語った。

「彼はそれを必要悪と呼ぶんだが……LIARはそうとは思っていない。そこにひびのような対立が存在している」

「……」

「それに何だかうやむやになっちまったがな? 俺が特に言いたかったのは星野一歩さんと渋沢大輝さんが余りにも似過ぎているってことなんだ。双子ならともかく、こんなに似るなんてことはあるか? 外見どころか、年齢まで……」

「……」

「それに声聞けばびっくらこくぞ? 何せ委員長その物だ」

「……まさか」

「俺は金額に見合うだけの情報を提供するだけ。悪いがその品質は折り紙付きだ、つまりはそういう事なんだ」

「……」

「まあ世界には全くの同一人物が生まれる可能性がごくごく僅かながら、しかして確実に存在している。その確率にたまたまぶち当たってたまたま似た人物がいた可能性だってあるっちゃあるんだ。――ほぼ無いに等しいのは言うまでもないがな?」


「まずは再調査の依頼を怪異課にすべきだろう。そしてこの不確実性を突き付けて、今拘留中のお仲間が如何に罪人とするには早すぎるかを論破するべきだ」


「だって、さっきの可能性を考えれば彼の引き出しに証拠を潜り込ませたのはどう考えたってアイツじゃないか」


(つづく)

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