あの日、彼女が消えた。

RY1213

あの日、彼女が消えた。



男 

「あなたって何を考えてるかわからない。」 またこれだ。

お前は感情がないだとか、人とは違うとか言われるが、何を基準に考えているのかさっぱり分からない。

億劫なので黙っていると大抵相手が激高するので困ったものである。

 「もういい、私帰るから。」 そうか勝手にしてくれ。

これで何回目だろか、このセリフを言わなかった女に出会わなかったことがない。東京のビル街の中、タバコも吸わないのにポケットに入った無意味なライターをカチカチと転がせながらそっぽを向いて帰る。


家に帰ると、明日の授業の支度をする。予習はしてない。

俺の名前は長谷部悠太。1年の宅浪を経て、大学に入学した。いざ今年から入学するとなると全く勉強に身が入らない。

今の彼女はその大学で知り合った奴であり、グループワークが数回一緒になっただけで告白された。これもいつものことである。

俺の顔はなかなかのモテ顔らしく、身長もそこそこある。のわけあってか高校の頃から話したこともない奴から告白される。その都度、彼女がいなければ付き合うのだが、俺が冷めているので数か月もすれば振られる。あっちから言い寄ってきたくせに自分勝手な女ばかりだ。面倒だと思ってしまうあたり、俺はそもそも人を好きになったことがないのかもしれない。

 

ベッドに横になりスマホを開く、通知はない。カメラフォルダを開き二人で撮ったツーショットを一枚一枚、削除していく。




8:56 【おはよ~今日休みだっけ?】

寝起きが悪い、10時だ。大抵の高校生は2時間目の授業が始まるころであろうか、私は通信制の高校なので週3日、火曜の今日は休みだ。

私は高校3年、1年生の頃は普通高校に通っていたのだが、友達の彼氏を寝取ってから私の居場所は無くなり、2年の初めから通信に移った。


この寝起きの悪さは昨夜の寝落ち通話のせいだろう。さっきの通知は出会い系のアプリで知り合った全く知らぬ男。毎晩異性と同じベッドにいるか、電話で話していないと寂しさのあまりおかしくなってしまいそうだ。そんな性格もあり周りの女から嫌われ、男友達が多い。治す気は無い

だってさみしいもん




ゆうた

ザーザー降りの雨の中俺はそこに立っていた。スマホを開く、通知はない。

自分からかけた不在着信の文字が三つ。顔をあげると大勢の人、目の前には高くそびえたつ京都タワーが俺を嘲笑うかのように見下ろしている。

来るはずがないと分かっていた。


「ごめんね、やっぱり私会えない。」 手に持った小さな機械の中から嗚咽交じりの彼女の震えた声が聞こえてくる。

 先月から約束していた京都デート、その日が一週間前に突入し旅行の支度をはじめようとした頃に突如告げられた。

俺も目から涙がこぼれてくる。デートプランを台無しにされた怒りよりも彼女に会えない悲しみのほうがでかい。

とはいっても関西行きの新幹線のチケットをもう手配してしまったし行くほかない。

「わかった。でも俺来週いくよ。京都にいるから、少しでも気が変わったら来てよ。」

 とんだ悪あがきだな。半ばあきらめていたが中では彼女が来てくれるんじゃないかという期待も捨てたくなかった。


雨が少しやんだろうか、約束していた時間から3時間ほど経過し時刻は午後を回った。京都駅構内で時間を潰していたが流石に時間切れだ。

大学にでもでも見に行こうか。そう考えながら最後に通話ボタンを押す。

むなしいコール音が30秒ほど続き、応答なし。スマホに目を落としているとつま先がこちらに向いた靴が2足、俺の前で立ち止まった。

「ねえ」




目を開けると隣には別にタイプでも無い一回り年の離れた男が上裸で寝ていた。隣のベッドには昨夜クラブで知り合った女友達ともう一人の男がまるで昨日の事は無かったかのようにスヤスヤと寝息を立てている。

 一夜をともにして性欲とお金を満たした私は音をたてないようにそそくさとホテルを出る支度をする。


サラサラとした長い黒髪を整え、メイクを済ませた私はロビーに戻りソファに身を預ける。チェックアウトをすませている観光客の会話が聞こえてきて、ここが日本ではないことを思い出した。

 海外は心地がいい。だって私を知ってる人なんか一人もいないんだもん。誰かに非難されることだって、軽蔑されるような目で見られたりも、勝手に盗撮されてSNSに【またビッチが男と歩いてる】と投稿されることもない。

 いやだいやだ。また思い出したら泣いてしまう。泣き虫な私は今までこの涙と年齢にそぐわぬ色気とスタイルで何人の男を釣ってきたろうか。


ホテルを出るとすぐに着信音が鳴る。今夜の予定が決まった

耳の下にぶら下げたキラキラとしたピアスを揺らしながら次の目的地へ向かう。




悠太

教室の扉を開けると40人ほどの席がびっしりと埋まっていた。

指定されている席に腰を下ろす。

すっかり今日の最初の授業がグループワークだということを忘れていた、

とんだ悪魔のいたずらだと思っていたが、いつもの席に彼女の姿はない。


授業が終わっても彼女が姿を現す事は無かった。友人にお前の彼女はどうした?と聞かれたが、多分別れた。とだけ伝え、彼女に今すぐ連絡しろよと言われるも、それは無視した。

昨日姿を見たのを最後に一切連絡はない。女子お得意の失恋欠席とやらであろうか、数日すればまた姿を見せるだろう。

 

あんなに喧嘩をしたというのに俺は何故こんなにも冷静なのか。自分でも不思議である。

もしかしたら喜怒哀楽という感情を浪人時代に忘れてきたのかもしれない。

高校現役の受験失敗のショックをきっかけに、嫌なことが起きても感情を露にしなくなったのだろう。

子どもの頃クリスマス前日のワクワクとした気分が愛おしい

そう考えながら俺は学校を後にした。




「いい加減に起きろ」

オレのベッドの上に寝ているその子の背中をたたく。どうせまた彼氏と喧嘩したのだろう。

「彼のことが好きなのか分からない」というような事を言っていたがあまり聞いていなかった。起きる気配は全くない。

中学の頃から仲が良かった彼女は家も近くお互いの家を行き来するほどで(ほとんどオレの家だが)嫌なことがあった時もこうして家に上がり込んでくる。今となっては両親ともども姿を消し、マンション一室、一人で暮らしている。

オレのシャツの肩と枕には泣きじゃくった跡が残っていた。

「ん~」

「お前今日学校は?」

「ない」

「嘘つけ」

「ん~」

やれやれ。起きたらどうせ勝手に帰る。

折り畳みのサバイバルナイフを靴の中に仕込みオレは家を出た。




ゆうた

「よくこんなところまで来たね。」

土砂降りの雨が止んだ鴨川の土手に二人は腰かけ、ズボンを濡らさないようにと芝生にはお互いのハンカチを敷いた。

「会いたかったから」

「わざわざ?」

「そう」

「どこまでばかなの」

雲の隙間から太陽が顔を覗かせている。鴨川のキラキラとした水面は太陽が反射しているからなのか、俺の目が涙ぐんでいるからなのかは分からなかった。




「〇〇~指名はいったわよ」

「はーい」

私は着慣れたコスプレの格好をして金づる達の相手をする。とんだそこらのコンビニやファミレスやカフェと違って簡単にお金が手に入る。ちなみに〇〇はもちろん源氏名である。

 

高校を中退してからというものの私は悪事に走り、危ないバイトもこなすようになった。まあ私の性格上変な友達が周りに集まってくるので仕方がないが、


 何か特別欲しいものがあるわけでもなかった。大抵夜遊びに使っているが、お金は有り余るほどある。もしかしたらそこら辺のサラリーマンより稼いでいるかもしれない。悪い友人も多いわけあってかお金を10万ほど貸してそのまま逃げられることもある。私は人のためになればいいと思ってやっていることなのだが少しまとも(普通に比べるとまともではないが)な友人からは、お金を貸してなんて言ってくる奴なんかろくな奴じゃねえから無視しろ。といわれるが結局貸してしまう。

「お前はお人好しだな」

そのたびに言われるのだが自分では自覚がない。

だってお金を貸さなかったら友達が減っちゃう。

口には出さないが独りになる悶々とした怖さが私の心の中に渦巻いている。




悠太

 ホームに着くと、花束を片手に持った小学生くらいの男の子が券売機の前で切符を買っている。今日は何の日だったろうか、心が穏やかになった気がして。自分も人の心を持っているのだと安心した。

その気分を遮るかのようにスマホの通知が鳴る。彼女からの連絡かと思ったが意外な人物からだった。

菜月【悠くん、今週末のバイト無くなった!確か大学の文化祭も今週だったよね?行っちゃおうかな~】

この子はSNSで知り合った菜月、実際に会ったことは数回しかないのだが、画面の中ではよくやり取りをしていて、浪人時代よく相談に乗ってもらっていた。

菜月も同じく今年から大学生で、関西方面から東京に引っ越してきた。

【結局来ることになったのか、わかった。当日また連絡してくれ、案内する】

彼女に見つかったら激怒されること間違いないが、じき別れるだろう。




「○○、あなたちゃんと聞いてるの?」 

目の前には女仲良し三人組。腕を組んだ仁王立ちの女、一人はこちらを睨みつけてくる女、もう一人は泣きじゃくっている女。

「えへへ」

私はこの泣きじゃくっている女の彼氏を寝取ったのだ。それを問いただされてしまえば返す言葉もない。図星であるが悪気はこれっぽっちもない。


 最初は男の方から誘ってきたのだ。今日は彼女がいないからと、誰もいない家に連れ込み、勝手に襲ってきた。断る理由もないので受け入れた。ただそれだけだ。それだけなのになぜ私はこんなにも嫌な思いをしなければならないのか。

「いつまでしらばっくれる気なの?信じられない。本当のこと言いなさいよ。」

 そんな般若みたいな顔で言われても、言う気なんてさらさら無い。そんな怒鳴らないでよ。 私はただニコニコとしていた。


「本当に最低ね。覚えてなさいよ」

仁王立ちの女ともう一人は泣きじゃくっている女を慰めつつ連れて帰っていった。


その日以来、高校に私の居場所は無くなり高校を中退。


それと同時に私は本名を捨てた。

 


一仕事を終えて家の扉を開けるとそこに彼女はいた。

「お前、まだ帰ってなかったのかよ。」

「キノコおかえり~」 長いロングTシャツを着た彼女をみて下を履いていないのかとドキっとしたが、その薄い生地からデニムのショートパンツが見えて少しほっとした。


「てか勝手に人のシャツ着るな。」


「いいじゃん。減るもんじゃないでしょ」


「そういう事じゃなくてなぁ…」そう言いかけるとポストにガチャンと玄関の郵便受けに何かが入る音がした。


覗くとそこにはハガキが1枚入っていた。

そのハガキには送り名も宛名も書いておらず、表にはただ真っ黒に染まっていた。

違和感に気が付いたのは束の間だった。そのはがきは真っ黒に染まっているのではなく小さな蟻のような文字がびっしり埋まっている。

目を凝らすとそこには

しねしねしねしねしねしねしねしねしねしね

背筋が凍った。たったひらがな2文字がハガキ一面呪文のように綴ってあるのだ。勢いよく玄関を開けるもそこに人気は無い。 

いつヘマをしでかしただろうか。頭の中を探ってみても全く心当たりがない。


「どうしたの?」彼女がこちらに向かってくる。


「あぁ、あれだよ。あれ、よくあるスポーツクラブのお誘い」


「ふーん、よくあるよね。そういうの、どこから情報引っ張ってくるんだろうね?」


全くだ。一体どこのどいつだ。

隠すように後ろに組んだ手の中のハガキをぐしゃぐしゃにする。




悠太

大学の授業を終えた俺は、今時珍しい一昔のラーメン屋のカウンター席で麺をすすっていた。

顔を上げると吊り下げられたテレビにニュースが流れている


(現在19歳男性の容疑者が東京都内を逃亡していまして…)

そこには未成年からかモザイクがかけられた少年の画像が映し出されていた、どうやら彼は人さらいらしい。家出した少女らを匿って人身売買をして生活しているのだという。

同年代にこんな人もいるのかと少し感心していしまった。てか人さらいって…どこの国だよ。 

ぼやけたモザイクから分かるのは流行りのキノコのような髪形をしているくらいだろうか。


「世の中物騒だなぁ兄ちゃん。彼、両親がいないんだってよ。親がいないと非行に走っちまうもんなんかねぇ」




キノコ

目の前ではハアハアと息を漏らした声が聞こえてくる。手に持っているサバイバルナイフをぎらつかせるたびに、目の前の女は何かを訴えかけてくる。口にタオルを縛ってあるのでほとんど聞き取れない。


「やっと見つけたんだよ、やっとな。だからお前をただで見放すわけにはいかないんだよ。」

彼女を監禁してからどれほど経つだろうか、すごい目で睨みつけてくるので口枷を外してやる。


「私が何をしたっていうのよ」


「まあ、こっちにも色々事情があるんだよ。じき分かる。」 彼女の口にタオルをかけた。

テレビのニュースで、自分の顔にモザイクかかっているといえど報道されている。未成年で助かった。さすがに家出した女ではない子を長時間監禁するものではないな。

情報を集めるのに時間がかかりすぎたか、居場所がばれるのも時間の問題かもしれない。

まあ、もういい。これで終わりにする。




悠太

文化祭当日、校門の前で彼女を待っていた。

「お・ま・た・せ!」

ふいに横から菜月が顔を覗かせた。そのぱっちりとした大きな二重に心が吸い込まれそうになる。

彼女に会うのは何か月ぶりだろうか、都内の生活に慣れたからなのか、少し大人っぽくなった気がする。

「久しぶりだな、少し大人っぽくなったんじゃないか?」


「そうかな?久々に悠くんに会うから張り切ってきちゃった」


あざといな。と感じながらも悪い気がしないのは確かである。



 クラスの出し物をいろいろ回った後、みたらし団子を奢ってやり、体育館のイベント会場にやってきた。

 食べ物を食べた時に菜月がとてもしあわせそうな顔をするのは、京都に一緒に出掛けた時と何一つ変わっていない。


「ね、今から何やるの?」

 

「食べながらしゃべるな、口の中が見える。」


 「あ、ごめん。で、何やるの?」


 「えっと…この時間だと美女コンテストかな。」


 「へ~」 そう言いながら菜月は団子を頬張った。


 

彼女を見つけたのはコンテストが始まった直後だった。

おそらく席の2個先の斜め前、その子はサラサラとしたセミロングのかすんだ茶色のよく似合う女の子だった。

完全に俺の好みだった。髪の長さも、色も顔もどストライクだった。

俺の視界に入ってからというもの、美女コンテストの出場者よりも目が行ってしまう。

見とれているうちに、コンテストは終わりを迎えていた。


「あの3番の子可愛かったよねー。ハーフっぽいし、綺麗だった。悠君のタイプじゃない?」

「ああ、そうだな。」 すまん、全然見てなかった。


「反応薄っほんとに見てたの?」


イベントが終わって会場を後にしてからもこの所の姿を目で追っていたが、人混みで姿を見失ってしまった。

菜月がお手洗いに行きたいというので、待っているうちに自販機で飲み物を買うことにした。小銭を入れ、缶コーヒーとオレンジジュースを取り出した。

 さっきの彼女はいないだろうか、座って目で辺りを見渡すも、その姿を目にすることはなかった。




 キノコ

 部屋に戻ると、そこに一枚の手紙が置いてあった。

ハガキの相手からだと思い、身構えたがあの泣き虫からだった。

 

 きのこ、いままでありがとう。私やっぱり、彼のところに行くことにした。いつもお邪魔してごめんね。苦しい時いつも側にいてくれて、ありがとう。叱ってくれてありがとう。

また戻ってくることがあったら連絡するね。  〇〇


そうか、寂しくなるな。中学の頃から一緒だった彼女にもう会えないと思うと、心にポッカリ穴が開いた気がした。




 ゆうた

目が覚めると、見慣れた天井、明るさからして昼の12時を過ぎたころであろうか。

起き上がって勉強をするのは億劫だったが、夜にまた彼女と電話で話ができると思うと、やる気が湧いてくる気がした。


彼女と話し始めて6カ月程経つが、未だ彼女の顔は見たことはなかった。自分の顔は見せたことがあったが。どうやらトラウマがあるらしい。

しかし声も話し方もとても魅力的で、一日の疲れなど忘れられるほどだった。

今夜、旅行でも誘ってみようか。




「ごめん、やっぱりいけない。」 この言葉を言うのに何時間かかったろうか、迷った。ものすごく迷った。 こんな私の話を真摯に聞いてくれる人なんて初めてだったから。

怖かった。実際に会ったら貶されそうで、罵倒されそうで、私の顔を知らないからこそイメージと違って、絶望されるのが嫌で。

でもやっぱり後悔してる。だからこうしてまた彼に相談して、体の水分がなくなるまで涙を流している。

今まで好きな人できたことなかったっけ私。 

やっぱり行こう。

荷物の支度をした。覚悟はできてる。今までの私とはさようならをしよう。




菜月

 悠太と飲み物を飲み終えた後、文化祭を後にした私たちは居酒屋に飲みに行くことになった。

 何か様子がおかしかった。動揺しているというかなんというか、やっぱりあの3番の子が気になっているんだろうか。

席に着いた私たちはビールが入った大きなジョッキを持ち乾杯をする。

「菜月お前まだ誕生日迎えてなかったんじゃないか?」

「いいのいいの、年確されてないし、今日は一杯飲も!」


アルコールに強い私は顔が赤くなるものの、何杯でもいける口だった。一方彼はお酒にめっぽう弱くてビール1杯とレモンサワー1杯でベロベロになっていた。

酔った勢いなのか話は恋愛の話になっていた。


「菜月さ、好きな人とかいないのか?」 単刀直入に聞かれたので動揺する。

うん。目の前にいるよ。なんて言えやしなかった。


「え、ん~内緒♪」


「なんだそれ」


「ところで悠君の彼女とはまだ仲直りしてないの?」


「ああ、喧嘩した後から全然連絡来ないんだよ。学校にも来てないみたいだし。」

「心配だね、それは。家とか行ってあげればいいのに」


「知らないんだよな、それが。」


「そっかあ~」


ああ~と酔ったふりをして、テーブルの下でつま先を悠太の足をツンツンとつつく。不意を突かれたようでビクッと反応する。

顔にも動揺しているのが目に見える。


「ねえ、明日なんかあるの?」


「ないけどなんで?」


「悠君の家で、飲みなおしてもいいかな?」




悠太

 目が覚めると隣には菜月がスヤスヤと寝息をたてていた。昨日の事はまるで無かったかのようである。

昨夜はだいぶ酔っぱらってしまった。

忘れては無いのだが、記憶が曖昧で初めて菜月と寝たのに少し惜しい気持ちになった。

 彼女を起こさないようにと静かに立ち上がろうとしたが自分の携帯の着信音がそれを邪魔した。


菜月が眠たそうな目をこすりながらこちらを見つめてくる。小声でごめんと言うとその着信に出た。 


電話の相手は喧嘩別れした彼女の母親からだった。

どうやら行方不明になったらしい。

しばらく娘から連絡がなかったので、心配になり一人暮らしをしている彼女の家に行ったところ、姿がなく、冷蔵庫の中身も消費期限切れのものばかりで事件に巻き込まれたのではないかと、警察に捜索願を出したというのだ。

警察からは誘拐に巻き込まれたのではないかと言っているが、未だ手当たりも見つかってないらしい。


俺にも責任がある。あの時彼女を一人で返していなければ、このようなことには巻き込まれなかったかもしれない。そう考えると彼女に対する罪悪感でいっぱいになった。


何があったのか菜月に伝えると、俺が彼女を探すのに快く賛同してくれた。私も手伝うと言ったが、さすがに危険すぎるので感謝の気持ちだけ伝えた。

「どうするの?これから」


「わからない。でもとりあえず、周りの人に聞いてみるよ。今日は帰りな、送るから」


菜月は何か言いたげだったか、気を使ってくれたのか、うん。と返事をしてくれた。

菜月を駅まで送り、心配だから家に着いたらちゃんと連絡するように伝えた。


さて、どうするか。どこから探そう。彼女の行き先を考えるも全く思い当たらない。彼女だったのにまだ何も知らないんだな、俺は。というか知ろうとしなかったのかもしれない。愛想を突かれるのも当然だ。


追い打ちをかけるように着信が鳴った。スマホの画面には非通知と出ている。

基本非通知からは出ないようにしているのだが。応答ボタンを押した。


無音だった。3秒ほど経過してこちらから


「もしもし」


「長谷川悠太か。」 全く知らない男の声だった。しかし若い。おそらく同い年か俺より下だ。


「誰だ」


「お前の彼女だっけか。俺が預かってるぞ。」 こんな若い奴がか?

そこでラーメン屋で見た人さらいの少年を思い出す。


「どういう事だ。誘拐したとでもいうのか」


「まあそうなるな」


「俺にかけてきたって事は何か欲しいものでもあるのか?金か」


「いいや、違う。悠太、お前と話がしたい。」

分からなかった。こいつとは全く面識がなかったし、あのキノコ頭の友人も心当たりがなかった。


「どこで話すんだ。話したら彼女を返してくれるのか?」


「もちろん。新宿のアトレだ。そこの吹き抜けのシンボルツリーの前に来い。1時間後だ。警察には言うな。お前ひとりだ。」

返事をする前に電話が切れた。


考えた。新宿のアトレには人でごった返しているはずだ。そんなところで話をするというのか。

ただし時間がない。今から支度をしてぎりぎり間に合うかだった。



案の定、アトレの中は大勢の人でごった返していた。彼女をどうやって探せというのか。心臓がバクバクとする。さすがに怖かった。結局誰にも連絡をせずに目的地にまでついてしまった。最短で来たが、待ち合わせ時間の5分前だ。

シンボルツリーにはイルミネーションが施され、キラキラと輝いていた。

そうかもうこんな季節か。気が動転していて自分が何を考えているのか分からない。


携帯が鳴った。画面には彼女の名前があった。今度は携帯からかけてきているのだろうか。


「もしもし、着いたぞ。」


「よし、そのままイヤホンを着けて通話状態を保て」


幸いなことにイヤホンをポッケの中に入れておいた。カナル式のイヤホンから男の声が響いてくる。


「そのまま立ってろ。」


心臓の音が聞こえる。今まで感じたことのない恐怖だ。立っていたら後ろからいきなり襲われるかもしれない。

すると、正面から不自然にくっ付いた二人がこちらに向かって歩いてきた。

人混みでよく見えないが、二人ともニット帽を被りマスクを着けている。不自然ではあるが人の多さと、寒い冬という事もあって。気にする人はあまりいなかった。


目の前で止まる。背丈の小さい方は彼女だと分かった。もう一人はおそらく人さらいであろう。遠くで見えなかったが大きい。細身ではあるが俺より5センチは上だ。

不自然にくっ付いているその後ろではおそらく、凶器を突き付けられているのだろうか。彼女の怯えが伝わってくる。


どうする?どうする俺。奴の持っているものは銃か?ナイフか?犯人は一人か?複数か?複数いるとすれば下手に動けない。もし仮に一人だとしてもどうする?頭が回らなくなった直後だった。


キャアアアアアア!!!!!!


甲高い悲鳴が聞こえた。

それは目の前の彼女からではなく二階から聞こえた。


人さらいが目を離した隙に彼女が駆けだした。一瞬で人混みの中に紛れ、直ぐに姿を見失う。俺もその後を追いかけた。

何が起きたのか分らなかった。しかし今はとにかく前を向いて走るしかなかった。



人ごみを掻き分けて走る。追ってきてないのか、凶器は銃ではないのか。

突然の悲鳴から周りの人たちはまだ状況が理解できずにいるようだった。しかし、上の階からは悲鳴や騒ぎ声が鳴りやまない。一体何が起きてるんだ。

パニック状態がこちらに伝染する前に、彼女を見つけてここから出なければ、安全な所へ。

エスカレーターから人がすごい勢いで降りてくる。何が起こってるんだ。

登りエスカレーターに彼女の姿が見えた。こんな状況で上に上る人なんか一人としていなかった。

「何やってんだバカ」

俺もエスカレーターを駆け上がる。

また彼女を見失った。

すると突然、腕を掴まれ脇道に勢いよく引っ張られた。

目の前には文化祭の時に見たくすんだ茶色の綺麗な髪をしたあの子だった。


「なんで君がここに?」 彼女は驚いた顔をした。そりゃそうだ。俺が一方的に知っているだけなんだから。


「私を知ってるの?……まあいいや。あなたを追いかけてきたの。でも状況が変わっちゃった。とりあえずこっちに来て。話はあと」


「待って、君は一体………誰?」


「私?………私は、はな…覚えてない?」


ああそうか、君だったのか




なつき

鴨川で話し始めてどれほど時間が経ったろうか。自分の好きな人がする好きな人の話ほど聞くのが辛いものはない。


「そう、じゃあ本当にその子の事が好きだったんだね。」


彼が京都にいると連絡がきたのはつい先ほどだった。仲がいいと思っていたから、一言言ってくれればよかったのにと思ったが、家が京都から近かった私はすぐに駆け付けた。

彼は人に会いに来たらしかった。好きな女の子に、でもその子は待っても待っても現れなかったらしい。


「ね、お腹すいちゃったね。あんみつ食べに行こ!」

私は涙を堪えながら、彼に元気になってもらえるようにニコニコとしていた。




悠太

「こっちに非常口があるの。来て。」 

なんで彼女がここにいるのか分らなかった。聞きたいことがたくさんありすぎる。


「ここで何があった。」


「ちょっとしたトラブルよ。ここは危険すぎる。とにかく見つかる前に早くここから出ないと。」


「ダメだ。まだ彼女が中にいるかもしれない。外には出れない」


「何言ってるの。こんな人ごみでしかもパニック状態の中人を見つけるなんて自殺行為に近いの、あなた今の状況分ってる?」


「分かるわけないだろ。何で君が今になって僕の前にいるのか、何で俺が狙われているのかも。ただ、彼女を危険に晒したのは俺の責任なんだ。探させてくれ。」


「ごめんなさい。そうだよね。分かった。じゃあ私たち二人で探す。見つからなかったら直ぐにここから出るわよ。」


「ダメだ。君は先に逃げろ。追われてるのは俺だ。」


「いや、私にも原因があるの。だから一緒にいさせて。」


何を言っているのかさっぱりわからなかった。

どうして俺が追われている事を知っているのか、なぜ彼女がそれに関わっているのかも。


外に出るとさっきのパニック状態が嘘のように静まり返っていた。大勢の人は下に行ったのだろうか。

フロアを駆ける。吹き抜けを見下ろすがそこには誰もいなかった。


「もうきっと外に出たはず。私たちも逃げよう。」

やるせないがそうするしかなかった。


非常口への道を引き返そうと振り返ると。そこには人影があった。

その人影は正面20メートル程離れた所から人さらいがこちらに銃口を向け、ニット帽とマスクを外した彼は身長にそぐわずとても幼い顔をしていた。


「最悪だよ。計画が台無しだ。上手くいってたのに、最後の最後で……」


「俺はお前に何もしてない。なのになんで俺を狙うんだ。」恐怖で震える足を踏ん張りながら声を出した。


「お前は俺の大事な人を奪ったんだよ。悠太。心の支えをな。」


「心の支え……?」


「目の前にいる彼女だよ。」


はなが俺の目の前に立ちふさがる

「キノコもうやめて!彼は何も悪くない。撃つなら私を撃って!」


「そこをどいてくれ、はな。一人で寂しかったんだよ俺は。」彼の声は震えていた。


「もうやめよう………」


彼が涙を流し、銃口を降ろした直後だった

バタッ


人さらいが膝から崩れ落ちた。彼が消えるとその後ろから真っ赤に染まった大きな出刃包丁を持った見覚えのある顔がそこに立っていた。


その人物はつい先ほど一緒にいた菜月だった。


「陽太郎!!!!!!!」はなが泣きながら叫ぶ。彼の名前であろうか。


「悠君は殺させない………」菜月の口はそう言っているように聞こえた。


「菜月?なんでおまえがここに……」

そう言った矢先、彼女は包丁を持ったまま全速力でこちらに突っ込んできた。そこにはニコニコとしたいつもの彼女の姿は無かった。


「おい待て、菜月」


彼女の行く先は、はなだった。

菜月は思い切りはなの胸倉を掴みその勢いのまま押し倒した。


「なんで………何であなたはいつも私の邪魔ばかりするの!!」菜月の今まで聞いたこともない嗚咽交じりの怒涛が誰もいないフロアに響く。


「あなたみたいな人間が平然と生きているのかが許せないの!!どれだけあなたは人を不幸にさせるつもりなの!?」


「ごめんね。好きにして。」はなは目を真っ赤にしながら観念した様子だった。


菜月が包丁を振りかざす




きのこ

 どこからはなを探したらいいか全く見当がつかなかった。彼女は突然消える。消えたと思ったら突然現れる。

SNSで彼女の名前を検索する。出るはずがなかった。SNS恐怖症の彼女が本名で登録するはずがない。キーワード検索をかけると、一つのアカウントに目が留まった。


驚きのあまり目を丸くした。こいつだったのか。ハガキを書いたのは。こいつならうまく利用できるかもしれない。

俺は新しいアカウントを作成し、適当に名前を付けてメッセージを送信した。


【こんにちは、僕もはなに遊ばれた者の一人です。どうにか復讐したいので手を取り合いませんか?】 はなに危害を加える気は一切なかったが、こいつと接触するにはこれが一番だろう。


すぐに返信がきた。




ああ、何でこんな事になってるんだろう。まさかオレが刺されるなんて。

体が言う事を聞かない、意識が朦朧ととする。彼女に気持ちをちゃんと伝えたかった。彼女ともっと話したかった。一緒にいたかった。

冷たい地面に顔を付けたままゆっくりと目を閉じた。




ゆうた

結局はなが現れる事は無かった。

顔も合わせた事もなかったが、大好きだった。

天真爛漫で笑い声が絶えない彼女の声、でもたまに過去の話をして独りぼっちになるのが怖いと泣いている彼女を守ってやりたかった。

京都で告白するつもりだった。電話越しに何度も言いかけたことはあったがさすがにあったこともない人に告白されるのも困るだろうし、それこそ俺に会ってくれなくなる気がした。

彼女がいつかプレゼントしてもらいたいと言っていた小さな花がぶら下がっているピアスが入った小さな箱を強く握りしめる。


菜月があんみつを食べに行こうと言うので、立ち上がった。彼女がよそを向いているうちにその箱を思い切り川に投げ入れた。



「あれ、なんか今音した?」菜月が川の方を見つめる。


「いや、聞こえなかった。魚じゃないかな。」


俺はこっそりとはなの連絡先を削除した。




菜月

 彼が私を強く抱きしめた。強張った手がピタリと止まる。


「お願いだから、もうやめてくれ。」


体の力が抜け、悠君の肩でワンワンと泣いた。


私は高校時代、同級生に彼氏を寝取られたことがあった。その寝取った張本人がはなである。

私は復讐のために、関東にやってきた。最初は血眼になってはなを探していたが、悠太が復讐のストッパーになっていた。好きな彼と話ができて復讐なんかどうでもよくなっていた。

でも文化祭のあの日、見つけてしまったのだ。人生で一番傷つけられた人間を。殺したくて堪らなかったあのはなを。




はな

彼から返事が来る事はなかった。旅行をすっぽかしたのだ。もしかしたら連絡先を消されているのかもしれない。

私はそこそこ勉強ができた。彼が前話していた関東の大学を受験することにした。しかし普通高校を中退した分、追いつくのは大変だった。

そこに彼がいる保証はない。でもやらないよりはマシだった。



 入学してから少し経った頃、同じ大学で彼を見つけた。

声をかけられずにいた。彼は私の顔を知らないのだ。唯一分かると言えば名前であろう。彼には本当の名前を教えた。

 悠太のルックスの良さから、学部が違っても彼の噂が流れてきた。


男慣れしているはずなのに声をかけられないのは、私が恋をしているからなんだろうと初めて気が付いた。


お気に入りだった長くてきれいな黒髪を悠太の好きだと言っていたセミロングでくすんだ茶色の髪の毛にした。

でも、うだうだしてるうちに、彼女ができてた。


好きだと伝えたかったけど、彼と純粋に付き合いたかったけど、もう遅いみたい。

彼の肩で泣きじゃくる菜月を見てそう思った。

 あの時京都に行っていたらもっと違う未来になってたかな。




悠太

警察と救急車がやってきたのは人さらいが刺されてから15分ほど経ってからだった。

人さらいの陽太郎は一命を取り留めた。しかし誘拐や銃刀法などの疑いで退院後に警察に引き取られることとなった。

 あの時の悲鳴ははなのモノだった。俺とキノコを見つけた彼女は注意をそらすために悲鳴を上げた。

その悲鳴に気付いた菜月がはなに襲い掛かってパニックになったらしい。

出刃包丁は店で売られているものであったため、正当防衛と処理され、菜月は警察からすぐに釈放された。

喧嘩別れした彼女も、先に脱出していたらしく、無傷だった。


事件の日以来、突然俺の目の前に現れたはなは大学に来る事は無かった。


彼女はまた、姿を消したのだ。



                    完



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あの日、彼女が消えた。 RY1213 @GOB1213

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