太陽みたいな彼を僕はどうにも好きになれない。

そばあきな

アイスの話



 夏は、嫌いだ。暑いし、日焼けすると肌が赤くなって痛いし、夏バテはするし、散々な季節だと思う。それに、夏には変な奴がうようよいる。おそらく変な奴は四季折々でいるだろうけど、夏は全体的に浮かれた奴が多い気がする。それが集団で絡んでくるのだから、僕に初めから勝ち目はなかったのだ。



「……本当、嫌になる」



 額に浮き出た汗を拭いながら、ため息をつく。どうして、今日だったのだろう。普段なら、学校に持っていく財布には、自販機でジュースを買うか、購買でパンを買うくらいの小銭しか入れていないのに。どうして、よりによって今日だったんだ。普段なら、帰宅までの最短ルートから外れたこんな道なんて通ってはいかないのに。


 前々から気になっていた単行本が、文庫版で発売することをネットで知った。文庫版なら、学生の僕でも躊躇なく買える金額だ。そう思って、帰りがけに本屋に寄ろうとしただけだった。その分の金額を入れていたから、今日は普段よりも多い金額を所持していた。なんで、そういう日に限って変な奴らに絡まれるのだろう。

 あっという間だった。囲まれて、威嚇されて。力を行使される前に大人しく財布を渡したら、彼らはすぐに立ち去ってくれた。昔からよく、こういうことはあった。おそらく僕の見かけがひ弱そうだからだ。自覚はある。同年代の平均身長に届いていない辺りで、そんなことは嫌でも気づいているのだ。だからといって、今からどうにか出来ることもない。きっとこの立場は、一生変わらないのだろう。唯一助かった部分といえば、今日の僕の財布には、本を買うための代金しか入れていなかったことくらいだろうか。全額入れていなくてよかった。無駄遣いしないように、普段から必要分しか入れていない僕の癖がここで役立つなんて思わなかった。どうせなら別のところで発揮してほしい。

 しかし、今日の本代しか入れていなかったと言っても、つい今しがた財布を取られた僕は一文無しである。相手が誰か分からないから何も出来ないし、これ以上うろうろしているとまた変な奴に絡まれるかもしれない。


 大人しく帰ろうと踵を返そうとした時だった。


「――大丈夫?」


 声をかけられて、振り向く。振り返った先に、明るめの髪色をした男子が立っていた。僕とは違って、平均ほどの身長がある、爽やかな風貌。夏の暑さにも負けなさそうながっしりとした体格。クラスメイトの一人だった。

 太陽の光が車に乱射して顔を照らし始めた。目を細めて、じっとクラスメイトの彼も見つめる。そろそろ太陽も下り始める頃だ。


「……何が。ていうか、なんでこんなところにいるの。通学路、こっちじゃないでしょ」

「道路の向こうに、ファストフード店があるでしょ。さっきまでそこにいたんだ。それで、窓から君の姿が見えて」


 ファストフード店は、ついさっき変な奴らに絡まれた場所の、すぐ目の前にあった。それで、察する。そうか、彼はおそらく。


「……見えたんだ」


 気まずそうな顔をした彼と、目が合う。

そのまま目をそらすことなく、彼は儚げに笑った。


「……うん。気付いた時、すぐに抜けられたらよかったんだけど」

「別にいいよ。アンタが気に病むことじゃない」


 ――人格者。そんな単語が頭をよぎった。


 僕と彼は、そこまで親しくない間柄だ。挨拶されたら返すくらいの、当たり障りのない、ただのクラスメイト。そんな僕にも、彼はわざわざ来てくれたのだ。一緒に居たであろう友達を置いてまで。

 なんとなく、感謝しないといけない気がした。


「……ありがとう?」

「何が? あとなんで疑問形なの」

「……分からない」

「何それ」


 初めて、こんなに長く彼と会話をしたかもしれない。そう思うくらい、僕は教室の中で言葉を発しないだけなのかもしれないけど。もしくは、彼が聞き上手だからだろうか。クラスメイトの大半と親しい彼にかかったら、教室でいつも一人で行動している、何となく浮いた僕ですら、朝飯前かもしれない。


「いくらくらい入っていたの?」

「……八百円。文庫って話だったから、それくらいかと思って」

「……それは、取った人も残念がっているんじゃないかな。せめてお札が無いと」

「勝手に取っておいて残念がられても困る」

「……それはそうだ」


 彼が苦笑する。和らいだその表情が、そのまま清涼飲料系のコマーシャルにでも起用されそうな爽やかっぷりだったので、自然と目をそらしてしまう。


「そうだ、ちょっと待っていて」


 そう言って彼は、道の角を曲がって姿を消してしまった。炎天下の中、一人取り残されてしまうと、放置されてしまったんじゃないかというネガティブな発想が頭を占めてしまう。そう思うなら帰ればいいじゃないかという話だけど、普段の彼の性格からしてそんなことは断じてしないだろうし、まだ不確定の中で帰るような勇気は僕にない。だから、大人しく待つことにした。

 直射日光を十分に浴びていて、そのまま卵でも割ったら焼けそうなアスファルトに、僕の影がうつっている。見つめながらしばらく待っていると、再び彼は戻ってきた。手には、大抵のアイスケースに入っているであろう、例の二本に分けることが出来るアイスのパッケージが握られている。そういえば近くにコンビニがあった。きっとそこで買ってきたのだろう。


 ――本当にコマーシャルの一部みたいだ。音楽をつけたらより完成度が高まる。このままテレビ局に渡したら採用されないだろうか。テレビに出る彼を思い浮かべてみる。彼なら、他の芸能人と並んでも見劣りしないだろう。彼は、同性の僕から見ても顔立ちが整っているように見える。異性から見たら相当イケメンに見えることだろう。


 そんなことを考えていた僕の目の前に、一本のアイスがずいと差し出された。日差しを背にして、彼は笑う。まるで彼自身が、太陽のように。



「可哀想な君に、おすそわけ」



 馬鹿みたいに暑い炎天下の中、二つに分けられたコーヒー色のアイスを受け取りながら考える。

 なんで彼は、こんなに明るいのだろう。しかも、そんなに会話していないクラスメイトに対して。僕にはとても真似できない。この差がきっと、人望の差に繋がるのだろう。


「買ってから聞くのも変だけど、甘い味苦手じゃなかった?」


 彼が首を傾げて尋ねる。

受け取ったアイスについた水滴を見つめながら、僕は短く返答した。


「……平気」

「それならよかった。今日は本当に暑いねえ」

 そう言いながら、彼がアイスの口を開けて食べ始めたので、それに合わせて僕も食べ始めた。

 ――どうやらチョコレート味のようだ。舌に残った甘ったるい味で分かった。最初コーヒー色だと思っていたけど、チョコレート色だったらしい。結局まとめると茶色になるのだから、かなりどうでもいいことではあるけれど。


「……元気、出た?」


 太陽のように明るい笑みを向けられて、反射的に目をそらす。

 おそらく彼は、僕に本心から同情している。だから、クラスメイト以上友達未満の僕に対しても、こんなに優しいのだ。



 でも、普段の僕は、彼のことを苦手にしているのだ。隠してはいるけれど。



 いい奴だ、おそらく。彼の周囲に集まる人の多さが、それを証明してくれている。そんな彼に、裏があるのじゃないかと疑ってしまう僕の卑屈さが嫌になって、仕方ない。


 口に含んだ甘ったるいチョコレートの味が、舌に乗ってすぐに溶けて消えていく。


 夏は、嫌いだ。暑いし、日焼けすると肌が赤くなって痛いし、夏バテはするし、散々な季節だと思う。それに、日差しが僕を照り付けてくる。



 真上からも。そして、すぐ隣でも。


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太陽みたいな彼を僕はどうにも好きになれない。 そばあきな @sobaakina

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