第六話 決断③

 屋敷に大勢の役人が踏み込んできたのは、偽善が走り去って間もなくのことであった。

 せきが傷の手当を受けている間、領主が役人に事の顛末を説明した。

 逃げた偽善の処遇については、「今は捨て置け」とだけ命じた。

 庭で倒れている豪堂を役人たちが起こし、引っ立てていく。

 これにて一件落着である。

 石は領主の前に跪き、借り受けた太刀を返還すべく差し出した。

 しかし、領主は受け取らなかった。

「その刀はそなたに預ける。余がその刀にふさわしい遣い手となった時、改めて返してほしい」

 言葉の意味がつかめず小首を傾げた石に、領主は言う。

「石よ。此度のことで、余は自分がいかに力不足か思い知った。もう二度と、豪堂のような悪をのさばらせぬよう、今一度鍛え直したい。余を雲月流の門下に加えてはもらえぬか?」

 石は恐縮し、頭を下げた。

「勿体なきお言葉にございます。孝水様が望まれるのであれば、この倉井石、全身全霊を以てお鍛えいたします」

 


 後日、豪堂重座衛門は牢獄入りとなった。

 罪状は公費の不正濫用、殺人教唆、他多数。当然、新屋敷の建設は中止。旧屋敷を含む全財産を樒原領が没収。領主の意向により、没収した財産は農村部の復興に使われることとなった。

 また、塾頭以下多くの高弟を失った一刃流道場は閉門となり、残された若い門弟たちは他流派に散っていった。

 もっとも、一刃流全体にとっては無数にある支部の一つが消えただけで、流派そのものにさしたる影響はない。今回の一件について一刃流宗家は「すべての責は豪堂にあり」とし、一切の関与を持たなかった。

 これは一見無責任のように思えるが、逆に言えば道場を潰された報復もしないということなので、石にとってはありがたい結果であった。

 事件より十日が経ち、事後処理があらかた済んだ頃、由宮師範が雲月流道場にやってきた。

 空は快晴。桜は満開。

 そんな清々しい情景の下で、これまでのこと、これからのことを話し合う。

「そうか。樒原領始まって以来の大事だった故、どうなるかと心配していたが、すべて丸く収まってくれたようだな。これも善太のおかげか」

「そのとおりです。彼が来てくれなければ、この地は未曾有の混乱に陥っていたところでしょう。感謝の言葉もありません」

 石の言葉に、由宮師範は喜ばしくも悲しい複雑な表情をした。

「その善太が、役人に追われたまま行方知れずか……」

「今回の事件が思いのほか大きくなってしまったため、公儀による捜索が厳しくなったようです。いかに領主でも、お尋ね者を庇いたてすることはできませんから、仕方ありません。傷も深いですし、今は動くに動けないのでしょう。ですが、偽善には蒼葉との約束があります。だから、そのうち、ひょっこり現れると思います。その時には、由宮師範のところにも顔を出すよう伝えておきます」

「頼む。だが、無理はしなくともよいと伝えておいてくれ。あの子が無事であるなら、それでいい」

「はい」

 話が一区切り付くと、由宮師範は表情をパッと明るくした。

「ところで、雲月流に入門なさった孝水様の様子はどうだ? 昨日お城で指導が始まったと聞いたが」

「ええ」

 石の傷も浅くはなく、まだまだ完治には遠い。

 だが、じっとしているのは性に合わないので、できる範囲で稽古を始めることにした。

 もちろん、領主が道場まで来て他の門弟と一緒に稽古をするわけではない。

 石の方から城に赴き、一対一の指導をするのだ。

「今日も朝から一刻(約二時間)ほど稽古を行ったのですが、孝水様は素直であらせられるため、とても呑み込みがよい。将来はきっと立派な剣客となられるでしょう。そして、立派な領主にも」

「ふふ、我が由宮流も負けてはおれぬな」

 由宮師範は頼もしい笑顔で言った。

「共にがんばりましょう」

 長きに渡る泰平がため本質を失いつつある武士道精神を呼び起こす。

 この桜が、何度散ってもまた花を咲かせるように。

 石の戦いは、まだ始まったばかりであった。

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