"シオン"-Lost Begining-

@randol0025

第1話 失うには早すぎて

朝奈擬汐音あさなぎしおん

その人物の生き方は実に汎用的、とは呼べるものではなかった。

レネゲイドウィルスに感染し、オーヴァードと呼べる超人へと変貌していたのだから。

だけど彼は特にそれに対して嘆くことも、悲しむことも無かった。

何故なら、榊ナユタが居たからだ。

幼馴染である彼女もまたオーヴァードとして覚醒しており、彼と共にUGN狭間市支部に所属して居たからだ。

彼に孤独は無かったはずだ。大切な友が居たからだ。

彼は多くは無いが幸せだったはずだ。大切な家族が居たからだ。

そして彼には多くの未来があるはずだった。

命を賭して護りたい家族が出来たのかもしれない。

隣に居て支えてくれる相棒が出来たのかもしれない。

例え死んだとしても、多くの仲間に見守れながら安らかに逝けたのかもしれない。





―――けれど、それは多くの幻想を孕んだ、残酷な夢でしかなかった。





次に目を醒ました時、そこは燃え盛る炎の中だった。

何があったのかと想い、身体を起こす。

が、上手く動けずに喉奥に溜まっていた血液を口から吐き出す。

ふと視線を身体の方へ向ける。

そこには狭間市支部の残骸の一部が、彼の身体を貫いていた。

貫かれた所から幸いにも血は漏れだしてはいなかった、が。

彼が自分の死期を悟るには充分すぎた。

不思議と痛みは無い、果ては痛覚が途絶えてしまったのか。

意識がはっきりして居るうちに、辺りを見渡す。

何があったか分からないまま死ぬのだけは、癪だったからだ。

すると、瓦礫が崩れていく音が響く。

そこには異形の影があった。

ああ、あれが今回の事件の元凶か。

そう思うと異形はこちらを振り向く、顔は炎が邪魔をしてよく見えない。

けれど、分かる。

"あいつは俺を嘲り嗤っている。"

"羽根を捥がれた羽虫がまだ生きている。"

そう思うしかなかったのだ。

異形は瓦礫をどかし、全てを壊した支部を後にする。

後を追おうとするが、身体が上手くいかない。

目が霞み、視界がグニャリと歪む。

自分の命の灯が、消えゆく感覚。

周りの人間は…誰一人して生きてないだろう。

父さんも、母さんももう死んでいるんだろう。

誰一人として、此処を守ることができなかった。

自分を含めて、誰一人大切なものを護ることができなかった。

それをきっかけに、心の中に秘めていた感情が、濁流のように押し寄せる。

そして死の間際に迫りくる、何もかもを飲み込む後悔の嵐。

護ることができなかった後悔、仲間と共に歩むことができなかった後悔。

何も出来なかった、何もなし得なかった。

自分の思考が、今まで考えもしなかった後悔で塗り潰されていく。

それは今までの想いすら、まるでペンキをぶちまけられたかのように、黒に染まる。

…淀む思考と、意識が己の自我を掻き消していく。

これが『死』か、なんて自嘲気味に笑う。

ならば、せめて。

彼は重く感じる身体全てに身を任せ、瞼を閉じる。

最期に想いだすのは、ただ一人。





榊ナユタ。

俺の幼馴染にして、友人にして、そして―――

嗚呼、恥ずかしくてこれ以上は言えねえな。

そしてごめんな、ナユタ。

俺はここまでみたいだ、せめて。

お前だけでも、幸せに生きてくれ。




段々白く染まっていく視界。

途切れ途切れになっていく思考。

―――自分の胸打つ鼓動が静まり返る。

そして。

プツリ、と。

まるでハサミで糸を切り落とすように容易く。

彼、朝奈擬汐音の生は、あっけなく終わりを告げた。

そしてUGN風間市支部は、一度目の死を遂げたのだった。

…ただ一つ、新たに生まれてくる生命を除いては。


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