乙女ゲームの世界に転生するのは女性だけじゃない。
松井奈緒
第1話
目を覚ますと、そこは見覚えのない部屋だった。
昨日、寝る前に何してたんだっけ? 確か、仕事から帰って来て、スーツを脱ぐこともせずに、ベッドに倒れ込んで……。
そこまでは思い出せる。うん、じゃあ、なんで今俺が来ている服がスーツじゃなくて、ピンクのフリフリパジャマなんだ?
まあいい。これはいい。ピンクのパジャマなんて、買った覚えもないけれど、これはいい。
この奇妙に重い胸の感覚は一体なんだ? 落ち着け、深呼吸だ。
すぅ、と。息を吸った所で、違和感が俺を襲う。
……? 何だ? いつもと、何かが違う。物理的に、胸の部分が重い。視線を落とすと、そこには見慣れない胸の谷間があった。
胸の谷間があった。
とりあえず、揉むか。流れるように、ほとんど自動的に、俺はそのたわわに実っている胸へと手を伸ばしていた。
おお……! すげぇ、柔らけえ……!
なんだこれ……。女の身体ってこんなにもすげえものなのか……?
十分に、おっぱいの感触を楽しんだ所で我に返った。
いやいやいや、おかしいだろ。
夢……? 夢にしては、随分と生々しい感触だが。
とりあえず、ベッドから降りて――部屋の隅に置いてあった姿見に、俺の身体が映り込んだ。
鏡に映り込んだ自分の姿を見て、言葉を失った。
まるで、台風でも通り過ぎたかのように荒れ狂った寝癖のついた黒髪に、人形のような顔立ち。少しでも力を込めようものなら折れてしまいそうな細い首に、衣服の上からでも主張してくる豊満な胸のふくらみ。
どこからどう見ても、女の子の姿です。ええ。
「はぁ!?」
喉から出る声も、いつもの低音ではなく。
びいどろを擦り合わせたかのような透き通った声が、耳に聞こえてくる。
なんだ? 一体何が起こってるんだ……?
いや、待てよ……。この姿、どこかで……。
いまだに整理が出来ていない頭をフル回転させ、記憶の糸を手繰り寄せていく。
あっ、思い出した。
この顔……確か、麻央の奴が置いていったゲームの……。ベッドの横に放り投げられてる携帯で、日付を確認する。
4月1日 午前7時。
俺の記憶が正しければ、確かこのあと玄関のチャイムが鳴って……。
「ピンポーン!」
チャイムが鳴った後、ガチャリ、と玄関の扉が開く音がして。
足音がこちらへと近づいてくる。
「おい、いつまで寝てんだ。さっさと起きて支度しねえと、遅刻するだろうが」
近づいてきた足音の主は、俺がいる部屋の扉を乱暴に開け、ずかずかと中へ入って来た。
真っ黒な学ランに身を包んだ、つんつん頭の青年。
確か名前は、御堂筋晃……だったはず。
「晃くん! もう! 勝手に入って来ないでっていってるでしょ!」
俺の思考と関係なく、勝手に口が動く。用意されていた台詞をなぞっているようで、なんだか気持ち悪い。
「うるせぇ。こうでもしねえとお前が起きねえだろうが」
わしゃわしゃと、寝癖のついた頭を撫でてくる御堂筋。いや、ごめん。普通に気持ち悪いからやめてくれ。
腕を払いのけようとしても、身体が全く動いてくれない。
確かここ、イベントスチルだったもんな……。
「着替えるから早く出て行ってよ!」
身体が一人でに動き出し、ベッドの上にあった枕を扉を方へとぶん投げた。御堂筋はそれをひょい、と避けると「また後でな」と言ってそのまま廊下を歩いていく。
ああ、確かあれメインヒーローだったよな……?
え、嘘だろ? 乙女ゲームの世界に来ちゃったわけ?
俺、このままだと男と恋愛することになっちゃう……?
乙女ゲームの世界に転生するのは女性だけじゃない。 松井奈緒 @matsuinao
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