星かぞえ

徒歩

第1話 星かぞえ

僕の村には「星かぞえ」と呼ばれる爺さんがいた。


爺さんは夜空を眺めては、

「今年は夙星が多いから豊作だぞ」

「今日は揚星が少ないな。家族で遠出するといいことがあるだろう」

などと、預言めいたことを言っていた。

的中率は当たってるようなそうでもないようなという感じだったが、

昔から続いているものだからと、一年の節目や悩み事があるときなんかに

爺さんのところに訪れる人は少なくなかった。

僕も大人と一緒に何度か訪れていたが、

その内に僕だけ爺さんの話友達みたいになっていた。

社交的じゃない僕にとって、年の離れた爺さんといるのが逆に気が楽だったからだ。

家族のいない爺さんも僕が来てきっと嬉しいだろうと勝手に思っていた。


以前、爺さんに

「どれがどの星なの?」

と聞いてみたことがあった。

けれど、爺さんは少し笑っただけで教えてくれなかった。

自分で夜空を眺めて何となく星の数を数えたこともあったけど、

気付いたら寝てしまっていた。

僕に星かぞえの才能はなさそうだと思った。

爺さんにその話をするといつもより少し嬉しそうな顔をした。


そのくせ、爺さんは

「星かぞえの跡継ぎがいないのが、残念だ」

と口癖のように言うのだった。

「聞いても何も教えてくれないくせに」

と僕が思わず言ったこともあった。

「…星かぞえは教えてもらうもんじゃない。自然とできるようになるもんなんだ。

 お前は星かぞえになりたいのか?」

爺さんが言葉を選びながら応えると、今度は僕が答えに窮した。

爺さんはいつもより少し残念そうな顔をした。

「…星を見るんじゃない。人を見なさい。友達と家族と過ごしなさい」

その時、僕は本当に残念な顔をしたと思う。説教なんて聞きたくなかった。

それ以来、星かぞえの話はしなくなった。



爺さんはやっぱり年だった。

ある日、野良仕事で転んだのをきっかけに起き上がれなくなり、みるみるうちに弱っていった。

僕も通って水を運んだり食事を手伝ったりしたが、やがて大人たちの手が本格的に入るようになると外に出されてしまった。


村医者が「そろそろだろう」という頃になって、ようやく僕は爺さんに会うことができた。

枯れ木のような体から荒い息遣いが聞こえる。

外はどんより曇って太陽も全く見えない、いまにも雨が降りそうだ。

これが爺さんと僕との最期のひと時なのだと感じられた。


僕は涙が止まらなかった。何か声をかけたいと思うが言葉が出てこなかった。

どのくらい時間が過ぎたか分からない。

「爺さん…僕、星かぞえになるよ」

ふいに僕の口から出てきた。

爺さんは死にそうだった目を見開いてこっちを見た。

何かを考えるようにこっちを凝視し続けたかと思うと、視線を天上に移した。

「最後の、星かぞえだ」

「はぁ!?」

僕は涙でぐちゃぐちゃになった顔をさらにひん曲げた。曇りで室内でいまは昼だ。

爺さんは構わず何か小声で、咽ながら数えだした。そして、

「ああ、宿星が、たくさんだ。かならず星かぞえに、なれるぞ」

笑顔でこちらを向いて答えた。


その瞬間、僕はすべてを理解した。

これが星かぞえなのだ、これこそが星かぞえなのだ。

夜空も星も必要ない。あるべきはしるべなのだ。


爺さんを見つめ。

そして、僕は空を見上げる。その天井を超えて満天の星空が見えた。

僕は輝く星を数える。これが宿星だ。そういうことだ。

いくつもいくつも出てくる。僕は数える。

「爺さん、爺さん。宿星がいくつもある。

 星かぞえの跡継ぎが今できたよ!できたんだ!」


爺さんの目は濡れていた。顔は笑顔だった。

もう返事はなかった。

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星かぞえ 徒歩 @habanana

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