性格。スキンシップ。おっぱい2。

「ねえ。高須君って彼女いるのかな?」

「さぁ?」

 今日も今日とて私のもとには悠を狙う女がやってくる。朝一からこれとか勘弁してくれや。お手洗いからクラスに戻る前で、そいつは私の横にさも私の友達のように並んで歩く。名を名乗れ。あとクラスとスリーサイズも出来れば欲しいところ。

「ねえ。石黒さんって高須くんと仲良いよね?」

 なんて思っても通じるわけもなく、そもそも私の気持ちを察する気など、微塵もないのだ。

「そう?」

 嘘はつかない。質問に質問に返していけば嘘をついたことにはならない。多分。そういうことにしておこう。

 私と悠が付き合っていることは秘密だけど、一緒にいないわけでもない。クラスだって同じだし、普通に話をする。むしろ見目麗しい女どものほうが緊張してるのか知らんけど、中々悠に話しかけることは出来ないらしい。

 そういう女子たちはもちろんクラス中の誰も、いや、学校中、日本中、世界中探しても私と悠が付き合っているなんて考える人間はいない。私と悠じゃまったく釣り合いが取れない。月とすっぽん。提灯に釣鐘。世が世なら悠と並んで歩いているだけで射殺されている。そんな世は知らないけど、私が知らないだけで多分そんな世もあるはずだ。

 そして、悠はなぜか直接の誘いやラブレターでの誘いには一切応じない。どんな女から呼び出されても、その場所に現れることはない。もちろん私は除く。そう。私が呼び出せば悠はその場所に現れる。どこそこで誰々ちゃんが悠を待っているから行ってね。とちゃんと言っているのに、行く。なんで行くのかはわからないけれど行く。そのおかげで私を通せば悠が来てくれると学校中に広まって、私はすっかり悠呼び出し係である。

「今日の放課後。高須くんにさ。教室で待ってるように言ってくれないかな?」

 私はこいつの名前を知らないけれど、存在は知っている。確か吹奏楽部の部長かなんかだ。身長は私よりも少しだけ低い。髪も私と同じように短い。胸はでかい。いや、めっちゃでかくない。やばくない。いや、やばい。でも、可愛いブラジャーはつけてないな。噂で聞いたことがある。サイズがあがればあがるほどブラジャーはダサくなる。ご愁傷様。こちとら小学生がつけるレベルの可愛さのブラジャーまでつけれる。羨ましいだろう。でも、こいつ。可愛いブラジャーはつけてないだろうけど、顔は可愛い。笑うとえくぼが出来て、人懐こっそうな雰囲気がする。人気があるだろう。男子を無駄に勘違いさせるタイプのやつだ。悠とふたりで並べば、子犬とその小さな飼い主みたいな感じでさぞお似合いだろう。射殺もされない。子犬にしては悠は大きすぎるが、まあ雰囲気がそんな感じで、可愛いのだ。ほんと。

 そして、こいつもそのひとりというわけだ。私がノーということを彼女は一ミリも想像していないような顔をして、私に両手を合わせてお願いしてくる。かといって彼女に悪気がないのもわかる。

「いいよ」

 だって私は断らない。今まで断ったことはない。散々心の中で悪態を垂れ流しても私は基本断らない。だって、私は悠呼び出し係だし、世が世なら私は絞首刑とかになっている存在。私には悠は眩しすぎる。もし私がアンデッドだったら悠に見られるだけで塵になって消えている。

「ほんと! ありがとう!」

 ひまわりみたいな笑顔で私の手をつかみ、ぶんぶんと振る。ほら、こういうスキンシップをさらっとしちゃうところとか。絶対モテる。男子の肩を「おっはよー!」とか言いながら叩くやつだこれ。こいつ、俺のこと好きなんじゃ。とか思わせるだけ思わせるだけのやつ。

「やめといたほうがいいよ」

「え、なんで?」

 ひまわりは驚いた顔で私を見る。

「確かに高須くんは顔は良いけどさ。やめておいたほうがいいんじゃない?」

 具体性ゼロ。でも、だって、振られるから、とは言えない。悠は私の彼氏で、私は悠の彼女なのだ。でも、もし悠がこの子の告白を受けて、私とサヨナラをするというのなら、私は甘んじて受け入れる。だって、しょうがない。

「確かに顔もかっこいいけど、それだけじゃないんだよー。悠君はね……」

 ひまわりが頬を赤くして、目を伏せる。まつ毛が長い。その表情は恋する乙女そのもので、いつもは元気いっぱいであろう彼女が見せるその表情は、普段の彼女を知っていれば知っているほど加速度的に威力を増していくだろう。多分クラスメイトの男たちがこの表情を見たら即死する。もし、悠がこの表情で即死したら、私には立ち打ちできない。というかすでに立ち打ち出来ていない。だって、女で、心の中で散々けなしまくっている私が見ても彼女はとても可愛い。

「ってもう! なに言わせるの!」

 そう言って彼女は私の肩を叩く。おう。痛い。肩外れるわ。

「あ、ご、ごめん」

 こうやってすぐ謝るところもいいと思う。きっと悠にお似合いだ。

 そうこうしているうちに予鈴が鳴って、彼女は自分の教室へと戻っていく。私も自分の教室に戻る。ずいぶん長いトイレになってしまった。

 教室に戻ると悠が居た。まあそりゃいるわ。同じクラスなのだ。

「高須君。今日も放課後、体育館裏ね」

「え、か、霞と?」

「は?」

 散歩に行くときの犬みたいな浮かれ顔で、なおかついまだに名前を呼び慣れないせいでほのかに赤くなった悠を睨みつける。

「い、石黒さんと?」

 そう。私を名前で呼ぶのはふたりのときだけだ。今はクラスメイトがうじゃうじゃいる。

「違う。知らない人。多分吹奏楽部の部長? 多分」

「あー。木田さんかー」

 キダサン。なんで名前を知っているの。彼女のことを知っているの。

「知ってるの?」

「うん。二年のとき一緒のクラスだったから。文化祭の実行委員も一緒だったし」

「そうなんだ」

 やらかしました。そりゃ三年も同じ学校に通っているんだから接点がある可能性のほうが大きいってもんでしょう。私。


 お昼休みのうちに木田さんには「ごめん。間違えて体育館裏って言っちゃった」と伝えておいた。だから、木田さんも体育館裏に来た。だって、今目の前にいる。悠と向かい合っている。

 私はそれを植木の陰から見ている。私の定位置。悠の顔がよく見える。

 教室で告白とか舐めている。だって教室には隠れる場所がない。隠れる場所がないと私の居場所がない。

「高須君。あの来てくれてありがと……」

 木田さんの顔は見えない。だけど、想像はつく。あの朝、廊下で見た恋する乙女の顔をしている決っている。悠は普段の木田さんをきっと知っているだろう。だから、加速度的に威力を増した悪魔的恋する乙女の表情が悠に襲いかかっているはずだ。

 果たして悠は耐えきることが出来るのか。

「あのね!」

 あの野郎。木田さんはよりにもよってその両手で悠の両手を掴む。出たよ。スキンシップ。年頃の乙女が気安く男に触れるな。恐れを知らない。そして、そのままその両手を胸元まで持ち上げる。破壊的巨乳に悠が触れたことは想像に難くない。その手はまだ私のおっぱいにも触れてないんだぞ。

「私!」

 さらに木田さんは悠との距離を詰める。顔が近づく。悠は顔を赤くして、あわあわしているだけ。さっさとその手を振り払わんかい。こら。

「高須くんのこと好き! 二年のときからずっと好きだったの!」

 悠は相変わらず顔を真っ赤にしてごにょごにょとなにか言っている。ここは隠れるにはもってこいの場所だけど、悠の声が小さすぎて全然聞こえない。なんで背中を向いている女の声は聞こえるの悠の声は聞こえないのか。声小さすぎるだろ。

「……そう。うん。ごめんね。いきなりこんなこと言って」

 明らかに木田さんの声のトーンは落ちる。どうやら悠は振ったらしい。また悠がなにかを言っている。

「ううん。大丈夫。ありがと。良かったら、これからも友達でいて欲しいな……」

 甘えるな。諦めろ。すべてを。そして無駄に期待させられたまま卒業していくクラスメイトの男子たちに詫びろ。

「じゃあ、私帰るね。……またね」

 またはない。さっさと帰れ。

 木田さんは振り返る。目が赤くなっている。前も思ったけれど、可愛い子や美人は泣き顔も可愛いし、美人のままなのだ。むしろ、普段見せない表情だけに胸に来るものがある。私なんて映画見て感動して泣いていると家族に感動が冷めるから振り向かないでね。と言われる始末。

 木田さんの後ろ姿が見えなくなってから、私は物陰からがさがさと出る。

「あ! また覗いてたの!」

 私に気付いた悠が抗議の声をあげる。だけど無視する。毎回欠かさず覗いているのだから、いい加減慣れてほしい。

「また振ったの?」

「……うん」

「なんで? 仲良かったんでしょ?」

「そりゃあ……」

「タイプじゃなかった?」

「まあ……」

「おっぱい大きかったね。触ってたでしょ?」

「ささ、触ってない! ちょっとだけ、一瞬、当たっちゃっただけ!」

 触ってるやんけ。こら。でも、私もあの巨乳には一度触ってみたい。

「おっぱい大きかったのに、よかったの?」

「べ、別にお……、胸の大きさなんて関係ないし」

「ふーん」

 でたでた。大きいほうがいいに決っているでしょ。私だって大きいほうがいいよ。

「俺はお……胸なら誰でもいいわけじゃないから」

 いや、もう諦めておっぱいって言えよ。でもそうか。なるほど。誰でもいいわけじゃないのか。そうか。んん。ひとつ咳払い。落ち着け私。

「でもさ。性格も良さそうだったじゃん。明るくて元気でさ。きっと優しいよ」

「そりゃ、まあそうかも知れないけど……」

 やっぱりイケメンが重視するのは外見は当然として内面だろう。選び放題だからこそ厳選するはずだ。悠は特にそのタイプのはずだ。手当たり次第に片っ端から右から左まで全部頂戴するタイプではない。

「でも、俺は明るくなくても、元気なくても、いや、そりゃ元気ではいて欲しいけど、とにかく違うから」

「手も握ってくれるよ。もうすでに握ってくれてたじゃん」

「俺は霞の手を握りたい」

 なんで。なんでこういうときだけはっきりと言うんだよ。さっきまで迷子の子犬みたいな顔をしていたのに、急にキリッとするな。急にイケメンモードになるな。大きな瞳で私を見るな。瞳の中の私が見える。やめて。私だって手を握りたい。手を握って一緒に帰りたい。

「ま、まあ、ダメだけど」

「やっぱりそうだよね……」

 鋼鉄の意思で跳ね除ける。危ないところだった。こいつ。たまにやたら押してきやがる。恐ろしいやつ。

 でも、鋼鉄にはどこかには綻びがあるもので、例えばどこか錆びていたり、薄いところがあったり、鋼鉄だと思ったらスポンジケーキだったりもするかも知れない。

 私は周囲を見渡す。私と悠以外誰もいない。校舎へと続く通路も確認する。やっぱり誰もいない。グラウンドのほうから部活の声は聞こえる。だから、今、誰もいないからって誰にも見られないわけではない。でも、今は誰もいない。今はいないのだ。

「ん」

 私は悠に左手の小指を差し出す。

「な、なに?」

「これはなに?」

「こ、小指」

「そう。指だよ。指って手の一部だけど、指だから。指は手じゃないから」

「ん?」

「ああもう! 小指だけなら握っていいって言ってるの!」

「いいの!」

「いいよ! 早くしないと誰か来るでしょ!」

「うん」

 悠は私の小指を握る。小指と小指を絡ますのかなとも思っていたけれど、がっつりと握られる。

「校舎入るまでだからね」

「うん」

「誰か来たらすぐ離してよ」

「うん」

 悠は本当に嬉しそうに私の小指を握って歩く。話を聞いている気がしない。

 悠に握られた小指が暖かい。悠、汗かいている。でも不思議と嫌な気持ちにはならなかった。それ以上に大変なことがある。私は生まれてはじめて知ったのだ。がっつりと小指を握られて歩くとどういう気持ちになるのかを。

 そう。私は今こう思っている。

 これ、下手すると小指折れるんじゃね。

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