第43話

 迫る景色は冬鷹たちを避ける様に次々と左右へ別れ流れてゆく。スピードが上がるにつれ、視界は先細り、耳は風音をばかりを拾う。

 だが、外河川に近付いてくると激しい衝撃が風の膜を越え確かに届いてきた。


「あの角を曲がればもうすぐだ! 冬鷹、俺の動きに合わせて体を傾けろ!」


 英吉は全く速度を落とさない。正面のビルの外壁に激突するかの勢いでT字路に入る。

 ――その瞬間、英吉の身体がグッと外河川の方へと傾く。刹那、英吉を信じ、冬鷹もそれに倣う。


 バイクのテールがギュッと流れ、一気に向きが変わる。

 一瞬失った速度を急加速によって取り戻すと、バイクの傾きも正常に戻された。


「おいッ、英吉! なんだ今のはッ!?」

「多角形コーナリング。兄貴にやり方教えてもらったんだ。成功して良かった」

「はッ!? お前、まさか初めてやったのかッ!?」

「タンデムでは、ね」


 頼もしげにそう応えるドライバーに思わず二、三文句を言いたくなった。

 しかし、それどころではない。

 英吉の言葉が、冬鷹の思考を目的へとクリアにした。


「それより、ほら、見えてきた」


 まず目に付くのが二メートル強程度のアイスゴーレムが五、六……九体。それを隊員一人で相手にしている。

 もう一人の隊員は、敵の一人と対峙中だ。相手はフードローブの両袖口から氷柱のような氷剣を出している。

 残り四人いるとされる敵は、外河川にかかる橋に今まさにさしかかろうとしていた。その中には氷漬けになった雪海をアイスゴーレムに担がせた伊東怜奈の姿もあった。


「おおいッ! 聞こえるかアアアッ!」


 怒気を孕み、冬鷹は力一杯に叫ぶ。


「俺がアアッ! 郡司冬鷹だアアアアアッ!」


 その声に、橋を渡ろうとしていたローブたちの足が止まった。


 よし、狙い通り――。


 ローブたち三人は一瞬頷き合った。すると、アイスゴーレムの内三体が冬鷹たちを目掛け走り出してきた。


「冬鷹、突っ切るぞ」

 英吉は速度を上げる。冬鷹は〈黒川〉を抜き、リンクした。


 バイクは右に膨れるように前へと進む。つられる様に向かってくるゴーレム達も進路が逸れる。英吉はそれを多角形コーナリングの要領で咄嗟に左へと切り替えし、二体をまとめて躱す。三体目は僅かに軌道を戻し、腕を伸ばしてきた。だが冬鷹の〈黒川〉が、魔の手が届く前にその巨大な手首を切り落とす。


 橋の前には新たに三体のアイスゴーレムが現れる。隊員と闘っている内の一体を合わせ、今度は四体で向かってきた。


 だがそれで余裕ができたのか、隊員は残る五体のアイスゴーレムの内、一体を斬り伏せる。そして更に素早くもう一体も。


 敵は動揺したのか、アイスゴーレムが引き返す素振を見せる。だが時遅く、手の空き始めた隊員は、もう一方の隊員に加勢する形で一気に氷剣を振るう敵を無力化した。


 ――と、その時だった。


 橋の入り口辺りの上空。何も無かったはずの中空に、突如、氷塊が現れた。

 はじめは然程大きくはなかった。恐らく中学生一人をすっぽりと覆える程度だっただろう。

 だが、なんだ? ――と疑問を抱く間に、それは見る見ると巨大になっていった。


 数秒後には、氷塊は二車線の橋を優に二倍は越える大きさまで成長を遂げる。


 ――と、突然の事だ。

 吊っていた糸を失ったかのように、巨氷は真下へと落下した。


 重く、鈍く、巨大な音をたて、橋へと激突。

 バイクに乗っていても判る程、地面が大きく揺れた。

 巨氷が落ち、大く上がる水しぶき。波の一部は堤を越える。


 一瞬の事だった。高く押し寄せる水が橋の前の戦況を大きく変えた。


 無に還すかのように、アイスゴーレムも、フードたちも、隊員も、全てを押し流す。 

 だが、冬鷹たちが乗るバイクに届く頃には波は、ただの薄い水の膜となっていた。


 これで、阻む敵はもういない。あとは雪海を連れる伊東怜奈ただ一人のはず。

 ――だった。しかし、新たな障害が生まれていた。


 橋の入口部分が完全に崩落したのだ。

 そして、怜奈は橋の向こうにいる。雪海も、アイスゴーレムに抱えられる形で一緒だ。遠くて表情までは解らないが無事なようだ。


 どうする――。


 入り口がごっそりと無くなった橋の先へは、例え身体強化の異能を使用したとて、とても渡る事ができそうにない。


 姉さんなら――。


〈パラーレ〉を足場にした中空での跳躍。


 達人でも難儀な技を、新人の冬鷹にできるはずがない。それは解っている。

 だが、試さなければ意味がない。


「冬鷹、捕まってろ」


 意を汲んでくれたのか、英吉はアクセルを最大まで開いた。濡れる地面を恐れず、速度はぐんぐんと上がる。


 冬鷹は〈パラーレ〉にリンクをはかる。


 大丈夫だ。やれる。やるんだ――その想いが冬鷹の心拍数を上げた。


 だが、おかしい。

 いくらなんでもスピードを上げ過ぎだ。これでは止まれない。川へ落ちてしまう。


 しかしそんな心配をよそに、英吉はハンドルギアをイジった。

 すると、今までとは比べ物にならない程、強烈な加速が始まった。

 全身を襲う急激なGに堪えながら、冬鷹は杏樹の言っていた事を思い出す。


 さすが軍用。それに〈瞬間加速〉の異能具まで載せて――。


「英吉ッ、お前まさかッ、」


 それ以上は口にできなかった。

 言葉を紡ぐ前にバイクは、崩れた橋のアーチ部をジャンプ台にし、勢いよく空へ飛びだす。


「飛べッ、冬鷹ッ!」


 考えている暇はない。

 徐々に失ってゆく上昇感のなか、冬鷹はリア座席を踏み台にして跳躍。それをきっかけに英吉を乗せたバイクは下へ、冬鷹の身体は上へと別れる。

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