第五章 繋ぐ

第34話

 雪海が連れ去られまもなく、駆け付けた先輩隊員たちによって、冬鷹たちを拘束していた氷が解かされる。

 まだ二分と経っていない。

 しかし、今も雪海は確実に冬鷹から離れてゆく。

 僅かな間でさえ、何も出来ずに経過してしまった時間は途方もないものに思われた。


「つまり、あの伊東怜奈を名乗る女児も、氷のテロ集団の一員だったというわけか」


 冬鷹、英吉、杏樹から話を聞いた佐也加は情報をまとめる。


「街でアイスゴーレムを出現させたのは軍内部を手薄にする為と混乱による追跡妨害。恐らく、十数日前のアイスゴーレムの件は伊東怜奈と軍に繋がりを持たせるためだろう。

 先のエントランスでの騒ぎは伊東怜奈を『犯人の目的』や『被害者』にするためのもの。要求の内容は伊東怜奈との関連性を冬鷹・雪海に感じさせるためか。

 ……伊東怜奈は貴様の固有異能についても知っていた。つまりは雪海の事も知っていたと考えるべきだ。伊東怜奈は部屋の様子をつぶさに観察していたのだったな?」


 はい、と答えたのは杏樹だった。


「たぶんですけど、雪海の〈制御〉を補助しているこの部屋の術式なんかを見ていたんだと思います」

「ああ、恐らくそうだろうな。雪海の事を知っていたのならば、雪海が補助がなければ身体の維持が困難である事も承知していてもおかしくはない。『基本的な方向性は想像通り』『用意していたので十分』と言っていた事から、伊東怜奈たちの方でも〈補助〉のための施設を準備していた――その確認、といったところか」


 聞こえるか通信室。と、佐也加は軍服の襟に声を当てる。


「すぐに郡司雪海奪還のチームを編成する。最高司令官と各部長、副部長、追跡に向かわせた班、及び特級、上級隊員たちに通信を繋げ」

「俺も行きます! 行かせてください!」


 冬鷹、一歩前に出る。だが佐也加は猛禽類を思わせる瞳で鋭く睨みつけた。


「貴様が行ったところでなんになる」

「姉さん、お願いだッ! 役に立てるかなんてわからないッ! でも、じっとしてられるわけないッ!」

「行く事は許さぬ。敵の狙いが『雪海であった』事は事実だ。だが、『冬鷹ではなかった』という事かは定かとは言えぬ。貴様はこの部屋で待機――これは上官の命令だ。もし違反したのなら処罰の対象、隊員としての貴様の評価に響く。功を上げ特能課に入るという夢も遠退く事になる――これは姉からの忠告でも――、」

「そんな夢なんか、雪海がいないんじゃ何の意味もないッ!」


 冬鷹はかつてない程に声を荒げ。


 訓練も、軍で励むのも、特能課を目指すのも、全ては雪海のため。

 雪海がいてこそ、冬鷹が選んできた今に意味があった。


「……どうしても行くと言うのなら、相応の覚悟を持ち、私に歯向かうが良い」


 佐也加は刀に手を掛け、静かに告げる。

 勝てるわけがない。そんなのは解り切っていた。

 しかしそれでも、冬鷹も〈黒川〉に手を掛け、構える。


「やるというのだな。時間が惜しい。やるなら全力、且つ一瞬で決める。手加減はできぬ。立ち上がれぬよう両足を切り落とす。だが案ずるな。重陽町の医療ならば一年とかからず完治する。リハビリにも付き合ってやる」


 恐ろしい宣告を淡々の口にしながら、佐也加は〈黒川〉を抜いた。

 一瞬にして気が極限まで張り詰める。


「まっ、待ってくださいっ、佐也加副本部長! おい、冬鷹っ、冷静になれ!」


 英吉が慌てて二人の間に割って入った。

 だが、冬鷹は構えたまま何も応えない。佐也加がまだ臨戦態勢を崩してはいない。


 すると、冬鷹のすぐ目の前に杏樹が立ち塞がった。


「落ち着け、バカ」

 杏樹は、いつでも抜ける様にと構えていた冬鷹の〈黒川〉の頭を、手でそっと抑え込んだ。


「家族を斬る為にアンタの〈黒川〉をメンテしたわけじゃない。それに、〈黒川〉でアンタが傷付く姿も見たくない……お願いだから」


 いつになく、どこか悲しく、しかし真剣な眼差し。

 毒気を抜かれたかのように、冬鷹の身体の強張りは解かれた。


「…………ゴメン、杏樹、英吉。ありがとう。……姉さん――いや、郡司佐也加副本部長、すみませんでした」


 戦闘意思を失ったのを察したのか佐也加から殺気が消えた。


「被害者が家族だという事を考慮し、此度こたびの事は特別に不問とする。だが、次はないと思え。もし命令違反をした場合、除隊を覚悟しておけ」


 低く告げられる言葉と鋭い視線が冬鷹のみならずその場の全員に圧をかける。


「もう一度言う。郡司冬鷹隊員、貴様は待機だ。二ノ村隊員には郡司冬鷹隊員の監視を命ずる。根本、去川両隊員は脱走せぬよう扉の外で監視の任に就かせる」


 あっ、あの、佐也加さん。と、その場で唯一隊員ではない杏樹が恐る恐る声を上げる。


「あの、私も、冬鷹を落ち着かせるためにここに残っても良いですか?」


 射抜くような視線は杏樹にも向けられる。

 ほんの二秒ほど。だがたっぷりと凝視した佐也加はスッと視線を外し、去りながら言った。


「……許可する」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る