第15話
駆け付けた時は日が高かったが、現場を離れた頃にはすっかり辺りは暗くなっていた。
――にも関わらず、まさかと思い行ってみると、近くの船着き場には黒川工房の舟が泊まっていた。
「ずっと待ってたのか?」
「そんな、訳ないでしょ。さすがに二、三回家に帰ったわよ。んまあ、そんな事はいいから、送るから、さっさと乗りなさい」
驚く冬鷹とは対照的に、杏樹はサバサバとした物言いだ。
冬鷹と英吉は舟に乗り込む。すると、杏樹は途端に冬鷹の腰から〈黒川〉を引き抜いた。
「あー、やっぱり! 刃こぼれしてるし、歪んでる……よく頑張ったね」
杏樹は言葉をかけると、〈黒川〉をゆっくりと
「これもメンテするから」
有無を言わさぬ言圧から逃げるように、冬鷹は視線を刀の持ち主に流す。英吉は何故か楽しそうな表情で「お願いします」と穏やかな声で応えた。
「それで、冬鷹、アンタは大丈夫なの?」
「ん? ん、あー、まだちょっと痛むけど、明日には治ってんだろ」
テキトーな返答に、杏樹は大きな溜め息を吐いた。
「アンタがボコスカやられてんの見てたんだけど、本当に死んでてもおかしくなかったわ」
「ああ、マジでダメかと思った」
「ちゃんと感謝しなさいよ」
「まったくだな。別の件も含めて先輩達には感謝しかない」
「それもそうだけど、
「あ……あー、そうだな。確かに、こいつらがなかったら今こうしてないわな」
さすが異能具マニア――と、内心呆れ笑いを浮かべた。
「まあ、これを機に異能具をもっと大切に扱う事ね。こまめにメンテに出して、使った後は手入れして調子を保って――それぐらいできるでしょ?」
「はい。今後はそうします。今回は勉強になりました」
「なんで敬語? 私、かなり真面目な話してるつもりなんだけど」
「冬鷹はまじめに受け止めてるさ。なあ?」と英吉は微笑みながらフォローを入れた。
「ああ、もちろんさ」
「どうだか」
呆れた息を漏らしながら、杏樹は舟のエンジンに魔素子を流し込む。
舟が動き始めると、言い忘れていたと言わんばかりに英吉が口を開いた。
「そうだ、杏樹。冬鷹、この事件の担当になった」
「……え? はあァッ!? ホントッ!?」
杏樹目を見開き、眉間に皺を寄せる。
「入ってまだ二ヶ月ちょっとじゃない。早すぎない?」
「これは出世コースだな」と、英吉は穏やかな笑みを浮かべる。
「助けた女の子の聞き取り担当になっただけだ。英吉も、変な言い方するな」
「それでも新人が任されるのは異例だろ?」
「先輩と一緒だから、そういう事はあるだろ」
「そうかな? まあ、それでも僕は夢への二歩目って感じたけどな」
「二歩目?」
冬鷹にはあまり実感がなかった。
「単純な話さ。冬鷹があのコから聞いた情報が捜査を大きく進めたり、事件解決に繋がったら評価に繋がる。ことによっては出世が早まる。そういう事だろ?」
全く考えていなかった――と言えば嘘になる。
だが、仕事内容は単なる聞き取りだ。第一、出世や評価を意識しての志願ではない。
しかし、英吉から――客観的に言われる事で、自然と肩に力が入った。
「私もウカウカしてられないわね。燃えてきた」
杏樹は強きに微笑む。その瞳の眩しさが自身の夢をも照らすかのようで、冬鷹は一層気を新たにした。
「っていうか、俺たちがこうやって話してんだから、英吉の夢もいいかげん聞かせろよ」
「はは、何回も言ってるだろ? 夢なんてないよ」
英吉は川面を揺らす風のようにさらりと答えた。
「だいたい、僕たちぐらいの歳じゃ、ちゃんと夢を持って頑張ってる奴の方が圧倒的に少ないんだ。変なプレッシャーをかけないでくれ」
「またそうやって、テキトーに流そうとして。小さい頃は、ピクス・ブリッツの選手になりたいとか言ってたじゃねえか。中等部で三年間やってたし、高等部の先輩にも誘われてんの見た事あるから、てっきり続けんのか思ってたけどよ」
ピクス・ブリッツとは異能界で最も人気のあるスポーツの一つだ。
「実は今でもちょくちょくピクス部から勧誘されるんだけどね。でも、さすがにプロは無理さ」
「そうか? 顧問の前林とか、部外者の俺でも判るくらい英吉に期待してたけどな。中二の時だっけ? 捻挫したくらいで『将来に響いたらどうするんだ』って血相変えて病院連れてった時には、あのピクス馬鹿の前林がそんな事言うんだからやっぱすげーんだな、って実は結構ビビったし」
「みんな買いかぶりすぎなんだよ」
英吉は笑った。本気にはしてないようだ。だが、期待したくなる周りの気持ちが冬鷹にはよく解る。
ピクス・ブリッツに限った事ではない。恵まれた体形と何でもそつなくこなすセンス。地頭がよく、勉強もできる。異能においても、不得意といえる分野がないだけでなく、ところどころ高い才能を感じざるを得ない。
その上、家柄もよく、人付き合いも上手い。強いて欠点をあげるとすれば、普段「みんなを引っ張る人気者のリーダー」なのだが、冬鷹や杏樹の前だけでは「多少覇気に欠けるが穏やかな親友」になる――というくらいで、かなりパンチが弱い。
「僕の話はいいよ。僕は夢を追う二人が眩しくて、近くにいるだけで精一杯なんだ。ただそれでも、二人が夢に向かってる姿は見ていて楽しいし、好きなんだ。僕には今みたいな立ち位置が性に合ってるんだと思う」
「んー……そんなもんか」
穏やかな表情で言い切られてしまっては他に何も言えなった。
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