第8話

「運んでくれたお礼に茶ぐらい出すから、飲んでいきなさいよ」


 そう言われては、冬鷹もやぶさかではない。

 冬鷹たちは工房の入口前で椅子を囲み、出された麦茶とあて・・に出されたせんべいを口に運んでいた。


「ホンっト、どうしたらこんなんなるの?」

 杏樹は冬鷹の〈黒川〉を改めてしげしげと眺めていた。


「佐也加さんのもいっつも戦場帰りかってくらいボロボロで来るけど、ド新人のアンタがこんなにするんなんて。どんな訓練してんのよ」

「別に……ただ、姉さんが毎朝稽古けいこ付けてくれるから、たぶんそのせいで、」


「「ああー」」と杏樹・英吉は納得の声を洩らした。


「にしても、刀をこんなんなるまでほっといたら、そのうち肝心な時にポキッと折れて、下手したらアンタ死ぬわよ」

「肝に銘じます。……というか、そんなヤバい状態なのを直せるのか?」

「まあまず私だけじゃ無理でしょうね。刃こぼれくらいならどうにかなるけど、芯に関してはおじいちゃんに任せるしかないわ。ま、普通なら新調を勧めるんだけど。こんな使い方する奴が一々新調してたら即破産だわね」

「軍さまさま、黒川工房さまさまだな」


 冬鷹は杏樹に向い拝むように手を合わせた。


「はいはい。にしても、真剣な話、少しは使い方気を付けなさいよ? 予備でもう一本持たせてもらって、ちょくちょく見せにきなさい。そうすれば私の出来る範囲だったらタダでメンテしてあげるから」

「ありがてえ。幼馴染さまさま。杏樹さまさまだな」


 え? 何? おちょくってんの? と杏樹の眉間に皺が寄る。


「精一杯感謝してんだよ」

「なら、他じゃやんない方がいいわよ、それ」


 杏樹は呆れた息を漏らした。


「まあ、ともかく感謝はいいから。こっちも修行になるし、それにこのコが可哀想だわ」


 杏樹は冬鷹の刀に手を優しく手を添え、眉尻を下げる。感謝するやいなや、冬鷹の方も呆れた息を洩らしそうになり、咄嗟に息を止めた。


 ――とその時だ。軍服の襟から声が発せられた。


『朝暘町西区四番通りにて、〈人外〉出現の通報。現場近くの隊員は至急急行せよ』


人外――という言葉に冬鷹と英吉は首をかしげ、顔を見合わせた。




 帝都北方自警軍では『人外』という言葉を、妖怪や幻獣、亜人種など、〝N〟系生物と人間を除いた生物的存在の総称として使われている。


 冬鷹は〝実験〟で『人外』――それも禍々しく異形化したモノたちと幾度も対峙してきた。それに半精霊なら冬鷹だけではなく英吉も杏樹も日常的に見てはいる。


 しかし、雪海に関しては例外中の例外だ。現在では、「ほとんどの『人外』が人の目に触れぬ場所に住んでいる」というのが異能界における一般的な認識といえる。


「どうする冬鷹」と英吉は訊いてきた。


 黒川工房は南西区にあり、決して『近く』とは言えなかったが、それ以前に軍では一組二人以上の行動が基本で、新人同士で組む事は認められていない。軍服を着て装備もほぼ万全ではあるものの、オフであるが故に当然、二人とも相棒となる先輩隊員はいない。


 大丈夫なの? と杏樹は不安げに尋ねてきた。


「今回のメンテの依頼すごかったし、武器ある人足りてる?」

「いや、さすがにそのへんの事はちゃんと考えてるだろ」


 だが運んできた武器は舟がパンパンになる程の量だった。さすがに不安になってくる。


 冬鷹は立ち上がった――が、すぐに座った。

「なに!? どうしたの?」と、杏樹は眉間に皺を寄せる。


「いや、心配になってきて思わず立っちまったけど、刀忘れてたから、」


 冬鷹が〈黒川〉を受け取ろうと手を出した。

 すると「はあぁッ!?」と杏樹は目を剥いた。


「ダメに決まってんでしょ! すぐ折れるし、下手すればアンタもタダじゃすまないわ」

「んじゃあ、誰のでもイイから貸してくれ!」

「それもダメに決まってるでしょ!」


 杏樹に呼応するように冬鷹の語勢も上がるが、つられて杏樹はさらに上をいく。


「依頼された物だし、第一、メンテが必要だからウチに来てんの!」

「んじゃあ、店に並んでるのなんでもいいから!」

「佐也加さんじゃないんだから、手にした異能具をすぐに実戦で使えるわけないでしょッ!」

「じゃあ、〈黒川〉の予備とかねえのかよッ!」

「軍用の特注なんだから注文受けた分しか作んないわよッ! 個人経営なめんなッ!」


 まあまあまあまあ、と英吉が入り、ヒートアップする二人を宥めた。


「わかった。じゃあ冬鷹は僕の〈黒川〉を使え。ほとんど使ってなかったから正直メンテにも出す気あまりなかったし。杏樹も、それなら文句ないだろ?」

「え? ん、んー、うん、まあ、それなら」


 熱が冷めかけの杏樹は、英吉の刀を抜き一応状態を確かめると、それを冬鷹に渡した。


「サンキュー助かる。でも、英吉はどうすんだ?」

「僕は避難誘導をすればいいし、必要なら射氣銃がある」


 その言葉に納得し、冬鷹は立ち上がる――と、杏樹も立ち上がった。


「んじゃ行くわよ」

「は? なんでお前まで」

「舟トバせば十分もかからないわ」


 堂々とした物言い。民間人の協力と考えると、実にありがたい申し出だった。

 しかし、杏樹を巻き込むのは気が引けた。

 ただ、時間がない事も考えられた。

 逡巡した末に、冬鷹は緊急性を優先する事にした。

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