第7話
「水を差したいわけじゃないんだけどさ、冬鷹は本当に『特能課』に入れると思ってんの?」
杏樹が尋ねてきた。いつものようにあっさりとした口調だ。
だが、バカにしてるのではない。
むしろ、心配して言ってくれているのだと冬鷹は判っていた。
「ああ、今のままじゃ全然ダメなのは分かってる」
現実的に考えれば、特能課は宮内庁内の対異能組織で、一流が集う場所。
故に一流の戦闘力と対処能力、加えてそれらを示す高い実績が必要となる。
たかが、高等部一年の冬鷹には『夢』で終わってしまう確率の方がはるかに高い。
そもそも噂が本当なのかも判らない。
だが――。
「でもやっぱり、じっとしてられねえ。少しでも希望があるなら、とにかく目の前の事を全力でやるしかねえだろ」
力をつけ、経験を積み、実績を作る。
軍に入ったのは、夢を現実に変えるための第一歩目だった。
舟が着き、「工房ン中まで運んじゃって」との指示で、積み荷を下ろしてゆく。
杏樹の実家は二、三階が住居スペースで、一階は異能具販売店と工房が隣り合う『黒川工房』となっている。
木箱を抱えた冬鷹と英吉が近付くと、工房の奥から杏樹の祖父兼師匠の重信が顔を出した。
「おう、英吉、冬鷹。済まねえな」
浅黒い肌に深い笑い皺が刻まれる。工房内のモワっとした空気にもどこ吹く風の表情だ。
しかし、置かれた箱から〈黒川〉を取り出した途端、表情は引き締まる。異能具職人の顔に変わった。
つばから切っ先を覗くように顔を近付ける。時折目を細めては次の刀を確かめてゆく。
全ての荷を下ろす頃、重信は孫娘兼弟子に「とりあえずこれがおめえの分だ」と十数本の刀の束を示す。普段から、比較的手のかからないものを仕分け、杏樹に任せていた。
「おめえらのはどうする?」と訊かれ冬鷹と英吉は目を合わせる。
とりあえず見せてみるという事で、重信にそれぞれの腰にあった〈黒川〉を渡した。
「英吉のは……おめえ、あんま使ってねえな」
「はい。射氣銃の方が使う機会が多くて、刀はサブになってますね」
「これなら杏樹にもできるだろう。まあ、そもそもメンテしなくてもよさそうだが。さて、冬鷹のは、っと……うわッ! こいつはひでえな」
重信は露骨に顔を曇らした。
「刃こぼれだらけに……芯も少し歪んでんな。……一応手入れはしてるみてぇだけど、」
重信が杏樹にも見せるために手渡した。
すると、「かわいそう」と杏樹は刀身を優しく撫で始める。
その手付きは、傷付いている子供を慰めるかのようだ。
「乱暴な主人で大変だったね……」
出た、異能具マニア――。
という言葉を冬鷹はグッと飲み込んだ。
異能具の保護者と化した杏樹には細心の注意が必要だ。さもなくば途端に沸騰してしまう。
『幼馴染の』という事もあったのだろう。冬鷹の刀も一先ず杏樹に預けられた。
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