6
グラウンドには見覚えのあるリングが設置され、周囲は観客の生徒達で賑わっている。
予選の時に静佳がぶっ壊したリングはどうやら無事修理されたらしい。
「皆さんお待たせしました。それではこれより生徒会選挙決勝戦を開始します」
リングの両端に静佳と星観がスタンバイしている。
そしてリングの前には二人をデフォルメしたぬいぐるみが磔にされてるのも見慣れた光景だ。まーたこのぬいぐるみさんが串刺しになるのだろうか。
グラウンドに集まった生徒達の声に耳を傾けると星観への声援が多いことがわかる。
流石は前生徒会長。人望も十分だ。
逆に静佳を応援する声なんて一切聞こえてこない。やっぱりヒールレスラーみたいな戦い方が悪かったんだろうか? この前は確か紗雪が応援してた筈だが。
そう思って周囲を見渡すと、沈んだ顔で選挙剣を弄ってる紗雪の姿を見つけた。
「おーっす、紗雪」俺は彼女の元へ近寄り声をかける。「今日も静佳の応援すんだろ?」
俺はそう信じて疑わなかったのだが、紗雪からの返答は俺の予想とは異なるものだった。
「どうでしょう。静佳さんが生徒会長になった方がいいのかどうか。私にはわからないんです」
どうしたんだろう? この前はあんなにノリノリで応援してたのに。
紗雪は暗い顔で言葉を吐き出す。
「もし静佳さんが生徒会長になったら、きっと大変な目に遭います」
大変な目ってなんだ? 彼女は一体何を危惧しているのだろうか。
紗雪はチラと俺の顔を覗き見た後、誰にも聞こえないくらい小さく息を吐き出した。
いやいや、人の顔見て溜め息吐かないでください。
俺、別に紗雪の機嫌を損ねるようなことしてないよね?
そうこうしているうちに進行役の少女がマイクを手に試合の開始を告げる。
「それでは春期生徒会選挙決勝戦! レディーファイッ!」
その宣言と共に静佳がリングの床を蹴り、星観へと向かっていく。
接近戦を得意とする静佳にとって当然の行動だが、星観も簡単にそれを許しはしない。
星観は人差し指を一本立て、空を指差す。
晴天だった空に急速に暗雲が集まり、グラウンドへの光を遮る。
そして雷鳴が空を裂き、閃光が二人の少女の元へ落ちた!
星観と静佳、双方を襲った雷光により俺達の視界が真っ白に染め上げられる。
その光が晴れた時、星観の傍らには
彼女の聖霊、金銘獅子雷獣。
通常、聖霊の召喚には魔方陣を描くのが常だか星観はそれを必要とせず光速で聖霊を呼び出すことができる。どういう仕掛けで魔方陣を使わず召喚ができるのかはわからんが、この時点で星観は並の聖霊術師より遥かに早く攻撃に移ることができるのだ。
ガンマン同士の戦いが一瞬の早撃ちで決まるように、開戦直後の電光石火の一撃はそれだけで勝負を決めかねない。
金髪のお嬢様は視線を鋭くして静佳の方を見やる。そしてポツリと呟いた。
「呆気ないものですね」
彼女に釣られて俺も静佳の方を見る。静佳の元にも同様の落雷があった筈だ。
白光が晴れた時、そこにあったのは黄金に輝く雷撃の檻、そしてその中に閉じ込められ身動きを封じられている静佳の姿だった。
星観の得意技、雷星牢だ。
終わった。俺は自分の策が尽きたことを悟る。
数日程度の特訓でどうにかなるほど姫宮星観は甘い相手ではなかったらしい。
今の静佳は四方を敵の駒に囲まれた王将に等しい。一歩でも動けば電撃に身を焼かれるだろう。完全に詰みだ。
彼女が悔しげに歯を食い縛り星観を睨みつけたところで、この状況は覆せない。
一人、また一人と生徒達が選挙剣を星観ちゃんぬいぐるみに投げ始める。
そこに冷たい声が響いた。
「それで勝ったつもりですか?」
静佳が右手の拳を握りしめる。
おいおい、何をするつもりだ。
俺の困惑をよそに彼女は気合いと共にその拳を振り抜いた!
「おらああああ!」
ビクリと紗雪の肩が震える。俺達の見守る先で静佳はその拳を電撃の檻に叩きつけた。
同時に強烈な電流が彼女の体を襲う。静佳は苦痛に顔を歪めるが、怯まず一歩踏み出す。
彼女の拳が黄金の檻を破る、静佳は強く地面を踏み抜いて檻から飛び出した。
「はあはあっ」
身体にダメージを蓄積させながらも静佳は闘志を秘めた眼差しで星観を貫く。
「この程度で、私は立ち止まらない!」
それを見て星観は困ったように息を吐き出す。
「相変わらず、乱暴な子」
マジかよ、あの電気の檻を力づくで突破しやがった。
静佳のそんな姿を見て投票に入ろうとしていた生徒達の動きが止まる。
まだ勝負はついていない。誰もがそれを理解したのだろう。
星観は優しく微笑みながら静佳に問いかける。
「静佳ちゃん、貴方は何の為に生徒会長を目指すの?」
そんな彼女に静佳は強い視線を返す。
「知れたこと! 迷宮に入る為です! 私はあの化け物に借りを返さなきゃいけない!」
化け物? 言葉の意味はわからないが、星観にはそれだけで伝わったらしい。
「やっぱり、そんなくだらない理由だったんだ」
「くだらない?」
星観の言葉を受け、静佳は苛立たし気に目元を歪める。
それに構わず星観は諭すように語りかける。
「あの迷宮には何もないよ。たとえあの怪物を倒したとしても貴方の望んでるものは返ってこない」
静佳の望んでるもの? どうやら星観は俺の知らない静佳の事情を知ってるようだ。
静佳はそんな星観に敵意を剥き出しにして噛みつく。
「そんなもの、やってみるまでわからないです!」
言葉と共に静佳は床を蹴り星観へ接近を試みる。
しかしその横から黄金の雷獣が彼女に飛びかかってきた。
咄嗟に後方へ飛び雷獣の一噛みを躱した静佳は、反動を利用してカウンターの蹴りを金獅子の顔面へ放つ。だがその攻撃を受けても雷獣は微動だにせず静佳を睨み返した。そこにダメージを受けた様子は全くない。
静佳は舌打ちを一つすると、金獅子と距離をとる。そこに星観の声が割り込んだ。
「あの怪物は人間の手に負える相手じゃない。私は迷宮の守り人としてもう誰もあそこに立ち入らせない。これ以上、誰も犠牲にさせない」
強い意志を感じさせる真っ直ぐな瞳がそう宣言する。
祖父から受け継いだ迷宮の守護者としての使命、それが姫宮星観の戦う理由。だから生徒会長の座は誰にも渡さないというわけか。
ギリッと静佳が歯を食いしばり、吠える。
「だったら! 既に犠牲になった人間は見捨てるということですか!」
ビクリと、その言葉に隣にいた紗雪が瞼を震わせた。なんだ、紗雪は何を動揺してる?
星観は不機嫌そうに表情を歪めそれに反論する。
「そうは言っていない」
静佳は星観を一瞥し、すぐに視線を雷獣へ移した。星観を守る黄金の聖霊、こいつを倒さなければ星観への攻撃は叶わないと彼女も理解しているのだろう。
「うおお」
拳を握り締め、静佳の右ストレートが雷獣の顔を捉える。間髪入れず左の拳は獅子の顎を打ち抜く。続いて踵落としを頭に叩きつける。
だが、黄金の獅子は全く動じることなく表情一つ変えずその攻撃を受け入れていた。
「くっ」
静佳が肩で息をしながら、顔を歪める。
まずいな。あの聖霊は今まで戦ってきた相手とは格が違う。
熊を昏倒させるほどの静佳のパンチを連続で喰らっても全くのノーダメージ。人間の殴る蹴ると言った単純な攻撃では傷一つ負わせられないのではないだろうか。
そんな時、リングの上に透き通った歌声が響いた。
――遠い昔、憧れたあの人の背中を追って。全てを守る為に。
――無力な自分に別れを告げる。この手を零れ落ちた過去へ。
それは星観の歌だ。聖霊の力を引き出す霊唱。ついに静佳を仕留めに来たというわけだ。
雷獣のタテガミが電気を帯びる。獲物を追う獅子の眼光が静佳を捉えた。
金獅子は地を蹴って静佳に飛び掛かる。静佳はそれを躱そうと動くが、それより早く雷獣の口から吐き出された電撃が静佳の足元を襲った。
「ぐっ、これは」
電流がリングの床を這う。その中心にいる静佳は、どういうわけか足がリングの床から離れなくなったらしい。回避を封じられた静佳に容赦なく雷獣は襲い掛かる。咄嗟に右腕で顔をガードした静佳に対し、雷獣の牙はその腕を貫いた。
「ぐあああああ」
同時に静佳の体を電撃が襲う。
まずい、試合は完全に星観のペースだ。静佳はここまで聖霊の召喚すらできてはいない。
それでも静佳の反抗的な目は星観を捉えて離さない。
その視線を受け、星観も歌を止め静佳に冷たい言葉を放つ。
「静佳ちゃん、貴方は私に勝てない。ましてやあの怪物になんて叶うわけもない。その程度の力で迷宮に入ったところで何も為せはしないよ」
その言葉に、静佳を憎悪の籠った瞳で星観を射抜く。
「だからって、全てを闇に葬ろうとするお前らに私は負けない。こんなところで私は立ち止まらない」
それを聞いて星観は、一瞬寂し気な顔を見せる。
そこで今まで隣で試合を見ていた紗雪が叫んだ。
「もうやめてください!」
悲壮な様子で訴える彼女に驚き、俺は動けなかった。
「どうして二人が争わなくちゃいけないんですか! 私達、昔はこんなんじゃなかった筈です!」
「黙れえ!」
紗雪の言葉を静佳が遮る。静佳の憎しみの眼差しは今度は紗雪に向いていた。
「元はと言えばお前こそが全ての元凶だろうが! お前に私を止める権利なんてない!」
おいおいおい、一体この三人にどんな因縁があるんだよ。
紗雪は言葉を失い、目の端に涙を浮かべる。そして彼女はリングへ背を向けその場から逃げ出した。
お、おい紗雪! くっ、彼女達がどんな関係なのかはわからんが紗雪を放ってはおけない。俺は迷わずその背中を追った。
静佳の暴言によって追い払われた紗雪の背を見ながら姫宮星観は憤りを露にする。
「あの事件で一番傷ついているのは紗雪ちゃんなんだよ。貴方には人の痛みがわからないの?」
「痛みも何もかも私には必要ない。必要なのは強さだけ」
雷獣に腕を噛まれたまま、静佳は迷いのない言葉を返す。
静佳の目は未来を見据えている。半年前の事件で傷ついているのは静佳とて同じだ。だからこそ理解している。いつまでも打ちひしがれていては何も取り戻せない。
失ったものを取り返すために、誰に反対されようと静佳は自分の道を行く。
この数日間で幸平と特訓したときに教わったことを思い出す。
静佳は戦いの最中に霊唱を歌うことが苦手だ。
そして歌いながら戦うなんていつまでも集中が続くものじゃない。集中力や持続的な聖霊のコントロールでは星観の方が何枚も上手だろう。だから相手の土俵で戦っては駄目だ。長距離走では勝ち目がない。勝負を仕掛けるなら短距離走。そして静佳は歌い始める。
――たとえ世界を敵に回しても、この手に掴みたいものがある。もう何も恐れずに!
カラオケでの特訓の中で見つけた彼女が最も燃えることのできる曲。
それを冒頭からではなくあえてサビから歌い始める。
「瞬間霊唱!」
星観がそれに気づいた瞬間、彼女の足元に赤い魔方陣が現れ、そこから大量の闇色の手が伸びてくる。
霊唱の中で最も聖霊を強化できるのは歌のサビの部分と言われている。
そしてあえてサビから歌いだすことで瞬間的に聖霊の力を引き出す技術。それが瞬間霊唱。常に完璧な歌で聖霊をサポートすることが求められる聖霊術師にとって邪道な戦い方であり、学校のカリキュラムで習うこともない。
「一体誰の入れ知恵だか」
星観は悔し気に表情を歪ませそう吐き出す。足元から伸びた無数の腕は彼女の足を掴み、闇の中に引き摺り込もうとしていた。
本来星観を守る役目の雷獣は、今静佳の相手をしている。
静佳の動きを封じたと思ったのにこんな形で反撃をされるとは。
雷獣を星観から引き離すために、あえて腕を差し出したというならまさに肉を切らせて骨を断つ静佳らしい戦い方だと言えた。
「くっ、雷獣」
星観は雷獣を呼び戻そうとする。
その命令を受け、金色の獅子は静佳の腕を開放し星観の元へ走る。だが遅い。
「うおおおおお」
静佳は右の拳をリングに叩きつける。瞬間、リングの床に亀裂が走り足場を崩していく。それはまるで予選の再現のようだった。
黄金の獅子は地割れに巻き込まれ歩みを止められる。
さっきまでの攻防で雷獣にまともにダメージを与えられないことはわかっている。だが攻撃は通らずとも足止め程度なら可能だ。
「くっ」
闇色の手に体の自由を奪われ、星観は認めがたい現実を突きつけられる。
「そんな、私が、負ける?」
「これで、決着です!」
静佳が地を蹴って星観へ接近する。身動きの封じられた彼女の腹部に渾身のブローを叩き込む。
衝撃に星観は歯を食いしばった。静佳に殴り飛ばされた彼女の体はリングの外へと投げ出される。決着と共に、グラウンドに歓声が響いた。
なんかグラウンドの方が騒がしいがどうやら試合が決着したらしい。
俺はというと、紗雪を探して校舎の中まで来たわけだが見事に見失った。
とりあえず静佳が勝ったのはいいんだが、と。
紗雪の向かった先を追いながら階段を上る。
すると最上階の廊下に辿り着き、さらにその上にも階段が続いていた。
屋上へと続く階段、けどその扉は今は封鎖されていることを俺は知っている。
だからここを上っても行き止まりがあるだけだ。
それでも一応紗雪がいるかもしれないと、俺はそちらを探しに行く。
階段を上り、踊り場の大鏡の前を通過してさらに上の階へ足を運ぶ。
その先には先日も見た金属製の扉と生徒立ち入り禁止の看板があるのみ。紗雪の姿はやはりなかった。
無駄足か。仕方なく俺はグラウンドに戻ることにする。階段を下りる途中、踊り場の大鏡が目に入った。鏡に映る校舎の姿は俺のいる場所とそっくりで、鏡の向こうにもう一つの世界があるような気がする。いつ見てもそんな感想を抱く。
そう言えば、学校の七不思議では屋上に出た生徒があの世に引き摺り込まれると言っていたっけ。そもそも屋上には出られないのに何でそんな噂が立つのかずっと疑問だった。
だが逆にこうは考えられないだろうか? あの噂話ができた時点では屋上は自由に出入りできた。その後何らかの理由があって屋上は封鎖された、と。
そう考えるとしっくりくる。となるといつ、どんなきっかけで屋上が立ち入り禁止になったのか。それを調べてみるのも面白そうだ。もっともそんな時間はないだろうけど。
静佳が生徒会長になったことで、俺の計画も動き出したのだから。
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