こま犬は微睡みを見る
HaやCa
第1話
夕暮れのなか、辺り一帯は着物や着流しをきた人々でいっぱいだった。カップルで屋台に出向くひと、友達同士でわたあめをかじっているひと、みんなが笑顔を咲かせている。
森のなかにこぢんまりとあるこの村にも、一年に一度たくさんのひとが訪れる。それが今日。
主に若い人々が中心となって、祭りの運営を支えている。わたしのその一員だ。とはいっても、昨日、友達の綾乃に誘われてついてきただけなんだけどね。
「みずきちゃん、後は俺らでやっとくから。祭り、楽しんできなよ」
「先輩、本当にいいんですか?」
「おう。みずきちゃんの接客マジでよかったからさ。そのお礼、みたいな」
何もない方向に目を向け、先輩は少し恥ずかしがっている。部活では決して見せない表情に、不覚にもドキリとした。
「ではお言葉に甘えて、いってきます」
手を振ると、先輩はまっすぐわたしを見据えた。その瞳には、当たり前だけど、わたしが照れくさそうに笑っていた。
途中で綾乃と合流して、わたしたちは適当に喧騒のなかを歩いていく。すれ違う子供の歓声が、夏の終わりを告げているみたいで切なくなった。
安っぽい電球に照らされる中学生くらいの男女が、何やら揉めている。それでも繋いだ手を離さないでいる。
夏の暑さがそうさせているのだ。今年はやけに暑いから、彼らの恋も自然と。
○○すくい、そこには色々な言葉が入る。なかでもわたしが好きなのはヨーヨーすくい。
つるりとしたフォルムから落ちる水滴が瑞々しくてとてもいい。
普段は鳥やカエルの声で溢れかえっているけれど、今夜はあの子たちの声も聞こえない。
たくさんの出来事が同じ場所で起こっている。夏の祭りはもどかしいくらいだ。
楽しくて、ときどき儚くて戻りたくなったりする。
(夏は人生で80回しか来ない。だから一回を時間いっぱい楽しむ。人それぞれなんだし、自分なりに楽しめばいい)
綾乃はそんなことをいう。
頭の後ろで手を組んでいる綾乃は、どうして急につぶやいたのだろう。突然わたしの目の前からいなくなるみたいに聞こえた。思った矢先のことだ。
(あたし秋になったら転校するから。ごめんなさい、いままで言い出せなくて。やっぱりそうだ。みずきが今みたいに悲しい顔するから、言い出せなかった。向こうでも元気にやるし、心配はいらない。でも、たまに電話するかも。ち、違うから。寂しがりやのみずきのためだし)
綾乃の明るい声音とは裏腹に、涙はぽつぽつと落ちている。間もなく砕けて飛った。
(記憶は古くなっても、思い出はきっと鮮明であり続ける)
祈りをこめてわたしはいう。いままでありがと、いえいえこちらこそ。なんてかしこまっってはぷっと噴き出す。別れがこんなにもおかしなものだとは思わなかった。
やがて人が帰り、祭りが跡形もなく消えてしまった。それでも、石段の上でわたしたちは明ける朝を夢みている。
こま犬は微睡みを見る HaやCa @aiueoaiueo0098
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