第21話 決着

 勇人が同調率を下げたのは既にこの敷地にこれ以上の敵がいないのは確認済みだからだ。

 残った敵の力を考えればフルパワーでいる必要はない。

 陽菜の願いを叶えようと思ったらむしろフルパワーは足枷になる。


「さあ、やれ。我が僕たち!」


 そんな彼の考えなど露知らずアルカードは部下たちに突撃命令を下す。

 先ほどの陽菜とのやり取りを見たからであろう。

 だが、それも無駄だ。

 その対策をする為にわざわざ力をセーブしたのだから。

 勇人は拳を軽く握り前を見る。

 こちらに向かうは有象無象の吸血鬼もどき。

 普段なら歯牙にも掛けない存在だが今は違う。

 依頼人からの要望に添い殲滅ではなく無力化せよと言われている。

 こう言った輩は残らず殺してきた勇人からすれば門外漢な話だ。

 思えば陽菜の護衛を始めてから初体験ばかりでストレスばかり溜まっていく。

 それは今回もだ。

 なぜ、自分がどうでもいい人間の命など助けねばならないのだろうか?

 経済的な利益もなく、繋がりのない人間など彼にとってそこいらの石ころ未満の価値しかない。

 これからやることも普段やらないから力加減がわからない。

 強すぎず弱すぎず。

 言うは易く行うは難しとはまさにこの事だ。

 近づいてきた吸血鬼もどきの腹を軽く触れる。

 そうすると吸血鬼もどきは何かに躓いたかのようにうつ伏せに倒れてしまう。


「まあ、こんなものか」


 勇人は振り返って吸血鬼もどきの様子を確認しながら呟く。

 その様子を見た吸血鬼もどき達はそんな事は意に返さず勇人に襲い掛かってくる。

 所詮、意志のないゾンビだ。

 仲間意識などと言う高尚なものは持ち合わせていない。

 力加減を確認した勇人はすり抜ける様に他の吸血鬼達に触れていく。

 アルカードの前に現れた時、吸血鬼もどき達はまるで糸の切れた人形の様にバタバタと倒れていく。


「き、貴様何をした?」

「竜種の権能を使っただけだ」


 竜種の権能と聞いてアルカードはハッとなり自分の手駒を見る。

 動かなくった吸血鬼もどき達は皆痙攣して動けなくなっていた。


「毒か!?」


 火を吹き、風を起こし、雨を降らせるなど竜には様々な自然現象との繋がりがある。

 それ故、竜と分類される幻想種はそれだけで前述した事象を権能として使えるのだ。

 以前戦ったキマイラ戦では、勇人はキマイラの吹いた炎を跳ね返した。

 それは炎を操れる竜種の力でもってキマイラの炎を支配し自分の力を上乗せした上で放ったからだ。

 こう言った複数の自然現象を操れる権能を持つ幻想種は他になく、神でもあり悪魔でもある竜種にのみ許された特権だ。

 そうした中でも毒は竜種の権能の一つと数えられる。

 有名どころで言えばギリシャ神話のヒュドラや聖ゲオルギウスの竜退治に登場する竜は強力な毒を持つと言われている。

 この他にも毒を持つ竜の伝承は枚挙にいとまがない。

 勇人は吸血鬼もどき達に麻痺毒を与え動きを封じた。

 いくら幻想種に近い存在になった彼らでも筋肉を麻痺させれば動くことはできない。

 答え合わせが済んだところで勇人はアルカードの顔面を殴りつける。

 顔面が変形するほどの一撃が炸裂する。

 アルカードの体は壁を突き抜けてなお威力は衰えず体が回転しながら地面に叩きつけられる。

 重いダメージを受けたがアルカードにはまだ策がある。

 残った手駒を陽菜に差し向ける。

 そうすると勇人の意識がそちらに向く。

 その隙を突こうとアルカードは考えていたが、勇人はそんな事はお見通しだった。


「出てこい、次元龍」


 勇人の呼びかけに応じ黒き龍が影から飛び出してくる。

 龍は陽菜の周りでとぐろを巻くと口から毒の息を吐く。

 毒は勇人と同じ麻痺毒であり陽菜を襲おうとした吸血鬼もどき達はバタバタと倒れていった。


「あ―――――あ――――――」


 完全に策が読み切られたアルカードは言葉を失う。

 彼に残された手は目の前にいる捕食者からあらゆる手を尽くして逃げる事だ。

 払った損失は大きいが幸い彼は吸血鬼だ。

 不老長寿な彼にとって百年や二百年など安いものだ。

 アルカードは自身の体を霧状にしようと試みる。


「逃がすか」


 しかし、勇人の手がアルカードの首を掴む。


「ば……馬鹿……な……」


 アルカードの体は既に霧になっており物理的に掴むことは不可能なはずだ。


「不思議か?ちゃんと感じろよ。


 アルカードが意識をこの学園の敷地に意識を向ける。

 すると、驚愕の事実に気づく。

 今まで張られていた結界『幻夜の帳』がなくなっていた。

 正確には別の結界に上書きされていた。

 その証拠としてこの学園を覆っていた霧が晴れていく。


「お前は俺の事は何も知らないのか?」


 そう言われたアルカードはハッとなる。

 勇人の契約している幻想種次元龍、時間と空間を操る権能を持っている。

 この結界を上書きするのは容易だ。


「さて、どうするか」


 勇人はもはや戦意喪失のアルカードをどうするか考える。

 確かにフラストレーションは溜まっているし相手は不死の吸血鬼だ。

 死ぬまでボコボコにする事は可能だ。

 だが、今ここでそれをする事に意味はない。

 無駄な行動を取って逃げられては後々の禍根になりかねない。

 勇人は自らの力でゲートを開く。


「な、何をする!?」

「なに、お前ら吸血鬼にとって最も相応しい死を与えてやるだけさ」


 機械的で無感情な目から彼が何を考えているかアルカードは瞬時にわかってしまった。


「い、嫌だ!放せ放してくれ放してくださいッ!!」


 無様に命乞いするをするアルカードの姿はとてもあの有名な吸血鬼とは思えない。

 しかし、いかに暴れようとも許しを請おうとも勇人は決して見逃しはしない。

 もはや、アルカードにできる事はもうない。

 体を霧に変える事は受けてきたダメージの影響でもうできない。

 力では勇人の圧勝。

 これは民話に名高い吸血鬼と神話に語られる竜との圧倒的な力の差から来るものだ。

 こうなっては勇人のやる事は全てを終わらせる事だけだった。

 勇人はアルカードを穴に放り込む。

 その先は学園の遥か上空。

 高所から落ちた程度では吸血鬼は死なない。

 しかし、遮るもののない昼の上空は吸血鬼の天敵の活動時間だ。

 雲一つない秋空を照らす太陽がそこにある。

 世界を照らす眩い光は吸血鬼を一瞬で飲み込んだ。

 それは断末魔も上げられない呆気ない最後だった。

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