第20話 力の差

 異形の力が吸血鬼の体を引き裂く。

 その力は吸血鬼の体をバラバラにしただけでは飽き足らず、地面にも大きな爪痕を残すものだった。


「ゴハッ!?」


 吐血と鮮血が入り混じる。

 とっさに防御しながら後ろに飛んだ分ダメージは減ったが、攻撃は内臓を引き裂く所までの傷だった。

 辛うじて急所を守ったが、瀕死の重傷には変わりなかった。


「はぁ……はぁ……」


 勇人は息も絶え絶えのアルカードの事などお構いなしにもう一度右腕を振り下ろす。

 これ以上のダメージは食らえないとアルカードはありったけの血で防壁を張る。

 しかし、勇人の異形の腕はそれを紙を破くかのように容易く貫いてくる。

 防ぎ切れないと判断したアルカードは瞬時に後ろに飛び何と異形の腕から逃れようとする。

 結果、勇人の攻撃は空振り大きな砂煙が上がる。

 アルカードはありったけの血を槍に変え雨霰あめあられと砂煙向けて降らす。

 常人なら一瞬で十回は死ねる連撃も勇人は無視して走ってくる。

 アルカードの攻撃が機関銃なら勇人は装甲車だ。

 鋼鉄を上回る勇人の肉体がアルカードの血槍の雨をないかのように突き進んでくる。

 このままでは止まらないと悟ったアルカードは巨大な血の塊を投げつける。

 血の塊は勇人を直撃し破裂するも止まらない。

 血の塊の威力は大砲の弾をも上回る威力があった。

 それでも構わずアルカードは弾幕を張る。

 しかし、アルカードの持てる最大の攻撃も物ともしなかった勇人がそんな程度で止まる訳がない。

 後退しながら弾を撃ち続けるアルカードを勇人はスピードを落とさず最短距離で壁まで追い詰めていく。

 壁際まで追い込んだ勇人はすかさず腕を振るう。

 当たる直前アルカードは自らの体を霧に変え回避する。


「――――――逃げたか」


 時間と空間を支配する空木勇人にとって空間把握能力は基礎中の基礎である。

 例え目が見えなくても感知範囲なら相手がどこで何をしているかわかる。

 それ故に勇人は奇襲を受ける事はほぼない。

 加えて今の勇人は次元龍との同調率が高まっているおかげでこの学園の敷地に誰がいるか正確にわかる。

 当然、霧となったアルカードがどこにいったかもすぐにわかった。

 いや仮にわからなくても狙いはわかる。

 アルカードの顔には明確な恐怖の色が見えた。

 圧倒的な力の差から来る恐怖。

 だが、ここまで大きな事を起こして手ぶらで逃げ出すとは考えづらい。

 せめて一番の目的を果たそうと動くだろう。

 奴らの最大の目的と言えば――――――。

 勇人はゲートを開き瞬間移動する。

 移動先は体育館、そして陽菜の前に移動する。

 結果は予想通り、アルカードは結界を破壊し陽菜を攫おうとしていた。

 勇人の蹴りがアルカードの顔面を捉える。

 その体はサッカーボールの様に壁と言うゴールに叩き込まれる。


「ガハッ!?」


 全ての策を見破られほぼ動けなくなったアルカードに勇人はトドメを刺そうとする。

 しかし、それを守るように吸血鬼のなりそこないがアルカードを守るようにバリケードを張る。

 そんなものは勇人には関係ない。

 目の前にいる存在は動く豆腐のようなもの。

 壁にすらならない。

 勇人がその拳をできそこないに叩き込もうとした直前――――――。


「――――――ダメェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!」


 陽菜が背中に抱き着いて制止した。

 勇人は拳を止める。

 目の前の吸血鬼もどき達は主を守ることを優先しているために微動だにしない。


「何のつもりだ?」

「お願い、殺さないで」

「殺すんじゃない、処理するんだ」

「どちらも変わらない!あの人たちはまだ人間だよ!?」


 陽菜の悲痛な声が体育館に響き渡る。


「だが、奴らは幻想種でもあり、俺の敵だ」


 しかし、勇人の心には響かない。

 彼女の言い分は理解できる。

 目の前にいる吸血鬼もどき達はアルカードの傀儡だ。

 自立した思考を持たないゾンビだが完全に幻想種に落ちた訳ではない。

 彼らを救ってほしいのだろう。

 だが、それは出来ない。

 彼らは半分は人間でも半分は幻想種となっている。

 そう言った存在は勇人達の業界では殺さなければならない。

 連中を見た人間が幻想種の認知度を高めこの世のバランスを破壊するきっかけになりかねないからだ。

 幻想は幻想でなければならない。


「――――――どうしても聞いてくれないんですか?」

「あぁ」

「――――――わかりました」


 陽菜は腕を緩め勇人から離れると、彼の前に回り込み両手を広げる。


「何のマネだ?」

「見ての通りです。彼らを殺すなら私を殺してください」

「ふざけるな」

「大まじめです」


 そんな事をしても勇人が止まらない事は陽菜は百も承知である。

 それでも精一杯の抵抗をするのは彼の気持ちが変わって欲しいからだ。


「――――――いい加減にしろ」


 勇人の声に怒気がこもる。


「あいつらはもう幻想種だ。もう元には戻らない」

「それは嘘です!舞さんは私が元に戻れる可能性を聞いた時難しいと言っていました!!それはまだ可能性があることに他ならないんじゃないですか!?」


 勇人は心の中で余計な事を言った舞に舌打ちする。

 確かに彼らを人間に戻せる可能性はまだある。

 ゼロとは言わないが果たして五割に届くだろうか?

 その辺は専門でない彼にはわからない。


「――――――隙ありです」


 悠長な時間を過ごしている内にアルカードは回復し陽菜に襲い掛かってきた。

 勇人はすぐに陽菜を抱きかかえ後ろに下がる。

 こんな問答をしている時間が勿体ない。

 一気にケリをつける。

 そう思った彼の脳裏に先ほどの陽菜の顔が浮かぶ。

 せっかく美人の顔が泣きそうな顔で台無しだった。

 しかし、それは強い思いの裏返しだ。

 被害者である吸血鬼もどき達の事だけではなくそれを殺す勇人の事を思っての事だった。

 血に塗れた道を行く彼を思っての事だった。

 昔から変わらない。

 自分が一番辛いはずなのにいつも相手の事を思ってしまうその優しさ。


「――――――クソ」


 自らの甘さに悪態が漏れる。


「わかった。殺さないでおいてやる。ただし、この後どうなるかは知ったことではないがな」


 それが勇人にできる最大限の譲歩である。

 それを理解した陽菜が小さく頷くのを確認すると彼は自らの幻想種との同調率を下げた。

 すると、今まで彼の体の一部を覆っていた鱗は消え、異形の腕も元の形に戻った。

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