第4話 不穏

 世の中には現場百篇げんばひゃっぺんという言葉がある。

 簡単に言えば現場にこそ事件解決の手がかりがあるという言葉なのだが、相手が幻想種でもそれは変わらない。

 どんな存在でもこの世界にいるというだけで痕跡を残してしまう。

 それが時間と共に消えてしまうものでも今の内に調べるだけ調べてしまおう――。


「――と思っていたがな」


 流石に目新しい痕跡はなかった。

 先日の戦闘の痕跡はなく、あるのはきれいなフェンスと整備されたグラウンドだけだ。

 元々、勇人は調査をするような人間ではない。

 そういうことは組織の調査班がきちんと行っているし、勇人も聞き取りにはきちんと答えている。

 それでも何か発見があるかも知れないと期待したが――――。


「はぁ……」


 結果は見ての通り勇人が深いため息をつくばかりだだ。

 餅は餅屋。

 生兵法では専門家には勝てませんでしたってことがわかった。


「黄昏ているな」


 勇人の背後に老人が立っている。

 口元を覆う豊かな白いアゴヒゲを持ち、顔立ちからは六十代後半から七十代という感じだ。

 しかし、背筋はすっと伸びており足元もしっかりしている。

 ヨボヨボの老人ではなく、老成した男だと言うのが一目でわかる。


げんさん、アンタか」


 源さんこと藤木源ふじきげんは『幻想埋葬機関零げんそうまいそうきかんぜろ』の元職員である。

 全盛期は戦闘、調査の両面から組織を支えていた。

 数年前に高齢を理由に引退し、現在は幻想種関連の相談員として各組織に仕事を回している。

 勇人と出会った時には既に引退間近であったが、戦闘面などの指南をしてくれたこともあり彼がプライベートでも交流を続けている数少ない人である。


「聞いたぞ。ロキが現れたとな」

「どこで聞いた?」


 ベンチに座って開口一番藤木が本題を述べると勇人は疑問を伝える。

 この情報は他の組織には公開されていない。

 既に退職し部外者となった藤木は知らないはずだ。


「再雇用じゃよ。人手が足りないと先月に臨時職員としてな」


 全く年寄りを労らんかと藤木は不満を口にする。

 そもそもこの業界は慢性的な人手不足だ。

 適性のある人間しか入れない上に公にはほとんど目につかない業界だ。

 大抵の場合はどこかの宗教関連で才能を見出されるか、そういった一族の出のものである時だ。

 宗教ではなく、幻想種の討伐を主軸に置く組織に就職する人間は極めて少ない。

 そう言った意味でも高齢でも藤木の様な存在はありがたいのだ。


「酷い話だな。ようやく楽隠居出来たって言うのに」

「全くじゃ。まあ、今回は事が事だけに仕方あるまい。相手はの幻想種じゃからな」


 神話級とは幻想種の強さの等級を示している。

 幻想種の強さは大まかに三つに大別される。


 都市伝説級。

 民話級。

 神話級。


 都市伝説は噂話や与太話、怪談話が形になってしまったものや素人の生兵法が一般に広まってしまったものを指す。

 有名どころで言えばメリーさんや口裂け女、人面犬にトイレの花子さん。

 古いのではコックリさんとかがこれに当たる。

 自殺の名所やオバケトンネルなんてのも該当する。

 このレベルで害になるケースはほとんど無い。

 対処法さえ間違えなければ素人でもなんとかなるし、そこいらにいる自称専門家に頼めば余裕だ。

 しかし、民話級になってしまうと話が変わる。

 以前勇人が倒した牛鬼などの妖怪や悪魔と言った人を襲う存在が多数を占める。

 ここまで来ると一人の人間では対処できない。

 高位の専門家の手が絶対に必要だ。

 そして、神話級。

 それは最早自然災害を相手にしている様なものだ。

 当然だ。

 彼らは元々神なのだ。

 天変地異を起こすなど彼らにとってさして難しいことでは無い。

 そういう意味では先日屠ったキマイラはこの神話級の中でもかなり弱い。

 もしかしたら最下級かもしれない。


「やれやれ、このおいぼれに神様の相手など荷が重いと思わんのか」

「そう思うなら後進の育成をしておくんだな。そうしたら楽ができる」

「――――舞ちゃんの苦労が偲ばれるのぅ」


 藤木は勇人の付き合いが長いから気にしないが、彼の歯に衣着せぬ発言は無用な敵を作ってしまう。

 しかも、タチの悪いことに勇人自身がこの事を理解しているが本人は矯正する気は全くない。

 本人曰くまどろっこしいのは嫌いとのことだ。

 それを毎回フォローする舞のことを気の毒に思えてならない。


「ところで源さん。アンタなんでここにいるんだ?」

「無論。お前を探しにだ」

「だろうな」


 臨時職員であるなら本部にいなければおかしいし、休みでもここにいても変だ。

 そもそも藤木の家は東京にはない。

 ならば、わざわざこんなところまで来たと言うことは勇人に用があったことに他ならない。

 用があれば電話をすればいいと思うが勇人は基本的に電源を切っている。

 それがわかっているから藤木も何も言わない。


「お前さん、翼ヶ原学園の旧校舎の調査について何か知っているか?」

「旧校舎?」


 陽菜が通う翼ヶ原学園は過度な競争による歪みが負のエネルギーとして溜まっていたことから調査と除霊を本部に要請していた。

 舞からはつい先日、正式に除霊が行われる日付を聞いていた。


「それは既に終わったんじゃないのか?」


 舞の話から聞いた除霊の四人のメンツはかなりの手練れだ。

 相手が民話級ならその場で対処できるレベルだ。


「それが昨夜から連絡が取れないらしくてのう」

「何だと?」


 勇人は四人とは面識があるが普通に真面目で有能な人物だと思っていた。

 単純に連絡がつかないだけなら問題ないが、昨夜と言えばちょうどロキの一味と激突した時間帯だ。

 もしかしたら……。


「勇人。ここの所変だと思わんか?」


 先日の牛鬼の件、天津邸を襲った巨人、最近の吸血鬼事件と民話級以上の幻想種が立て続けに出現している。

 加えてギリシャの怪物キマイラに北欧の悪神ロキと神話級の幻想種まで確認されている。

 こんなこと藤木の記憶にはないし、記録が残っている文献や記録にもない。

 まるで、神話の時代に戻ってしまったと錯覚してしまう。

 藤木の愚痴を聞き終わると勇人はすっと立ち上がる。


「勇人?」

「篠原に連絡する。その後に本部に行く」


 確認しなければならない。

 もし、予想が現実になっているとしたら事は思っているより深刻かもしれない。

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