第11話 悲鳴
時刻は午後九時。
既に学校関係者は退勤し、残っているのは警備員と学校側から入ることを許された者達だけだ。
その許された四人組みが校庭に集まっている。
彼らは幻想埋葬機関零のメンバーであり今回学園の調査を行う者達だ。
「首尾はどうだ?」
「校内は終わりました」
「後は旧校舎だけです」
リーダーと思しき男が声をかけると残りの三人が報告する。
「しっかし、所詮は学校の七不思議だな」
メンバーの一人があっけらかんとしている。
オカルト、都市伝説、怪談話……この世に噂話は数あれど学校の七不思議は定番中の定番だ。
そして、その九分九厘がただの噂話で終わる。
まれにトイレの花子さんみたいなのが出るがそんなものは彼らのような専門家からしたら歯牙にもかけない存在だ。
それは今回も今のところは例に漏れていない。
「こんなの右も左もわかんねぇルーキーの仕事だろう?」
「無駄口を叩くな。これは局長の直々の命令だぞ」
「へいへい」
四人が旧校舎に辿りつくとその異様さが感じ取る。
「これは人払いの結界?」
見た目の不気味さだけではない。
本能的にこの場所を忌避するように訴えてくる。
誰がこのようなことをしたかわからない。
しかし、何者かが意図的にこの場所に人を寄せ付けないようにしていることは確かだ。
「とにかく、用心して調べるぞ」
四人は慎重に中に入った。
どうやら、中には罠はない。
床の木はだいぶ老朽化しており時々ぎしぎしと音が鳴る。
「そう言えばここ相当古いんだっけ?」
「戦前に建てられたらしいからな」
報告では何度も解体が断念されたらしい。
生きている人間に複数影響を及ぼすとはかなり強力な存在がいてもおかしくない。
リーダーの男は今回持ってきた装備を確認する。
普通の怨霊程度ならこの四人なら十分対処可能なレベルだ。
しかしこれが幻想種だった場合はこのメンバーでは心もとない。
「式紙を出せ」
四人はポシェットから墨で何か書かれた短冊みたいな縦長の白い紙を取り出す。
それに向かって小声で何かを唱えると鳥や犬などの形に変化した。
式紙は術者が紙に言霊と力を込めると何かしらの形に変化する。
元は紙切れなので物理干渉は苦手だが偵察には持って来いだ。
式紙達は主の命令を受けそれぞれの方向に散開する。
これで結界及びこの建物に潜む何かを見つけ出す。
数分待つと放った式紙の一体から連絡があった。
二階の奥の教室に強力な怨霊がいるらしい。
怨霊ならこちらだけで十分に対処可能だ。
二階の奥に移動し廊下から教室を覗く。
そこには首吊りの黒い影があった。
メンバーは教室の前と後ろの扉に二人ずつ体をしゃがんで待機する。
準備はできてる。
後はリーダーの指示一つで突入できる。
式紙の報告では罠はない。
ならば、先制攻撃で一気に殲滅する。
リーダーが目配せする。
それに呼応したメンバーは教室内にお札を投げつける。
壁に張り付いたお札からは鎖が飛び出し黒い影を拘束する。
それに対して影は自らを肥大化して反撃に移ろうとする。
しかし、時既に遅し。
飛び込んできたリーダーが影の中心にお札を貼り付ける。
残りのメンバーも続くようにお札を貼り付ける。
黒い影から振り下ろされた腕を回避すると素早く印を組み呪文を唱える。
それに反応しお札が輝きだし怨霊を浄化する。
光が消えるのと合わせる様に怨霊は消滅した。
「対象の完全消滅を確認」
リーダーが言うと他のメンバーは戦闘態勢を解除する。
「よし、終わり。帰りに飲みに行こうぜ」
リーダー以外のメンバーが教室を出て行こうとする。
何かが変だ。
言いようのない違和感が頭の中から離れない。
確かにあの怨霊は危険な存在だ。
恐らくこの学校で他殺か自殺した人物だろう。
その深い念は生きている人間に害を及ぼすレベルだ。
それが消滅し、人払いの結界は消えた、ここまでは良い。
なぜ、これで終わりだと結論することができる?
まだ自分たちはこの建物を完全に調べていないはずだ。
嫌な予感がする。
何かを忘れている気がする。
「待て、お前ら」
「どうしました?」
「お前ら、自分の式紙はどうした?」
最初の怨霊を発見し報告したのはリーダーの式紙だった。
それ以外からの報告は一切ない。
他のメンバーは顔を見合わせる。
全員が自らの式紙を確認する。
誰一人として連絡が取れない。
全員の顔がこわばる。
式紙は本来自分の力を分け与えた分身である。
連絡が取れないということは何かが起きているということだ。
「もう一度、式紙を召喚する」
全員が頷くとお札を取り出し意識を集中する。
「ギャッ!?」
悲鳴にした方に視線が集まる。
そこには黒衣マント体を隠すオールバックの男がメンバーの一人の首筋に牙を突き立ていた。
あまりに突然のことにその場にいる全員が頭の中が真っ白になる。
「ごきげんよう」
こいつはまさか……!?
リーダーは最近組織で全面調査している事件を思い出した。
深夜、若い女性を中心に首筋を噛まれる事件が頻発している。
マスコミは面白がって『吸血鬼事件』と呼んでいたがまさかこんな所に現れるなんて予想外だ。
吸血鬼は世界で有名な幻想種だ。
対策さえ積んでいれば倒すことは不可能ではないが奇襲を受けた上に装備も乏しいこの状況では相手にならない。
食事を終えた吸血鬼はメンバーを投げ捨てた瞬間、懐に仕込んでいたお札を投げつける。
吸血鬼は首を曲げ回避する。
脇をすり抜けたお札は壁に張り付くとバチバチとスパークする。
「拘束結界?」
いつの間に地面に置いていた札が共鳴し電撃の檻を形成する。
それを確認してからリーダーは指示を出す。
「全員散――――」
空気を切り裂く音がリーダーの言葉を遮る。
頭を失い体からは噴水のごとく血が噴き出す。
倒れ伏す肉体の傍らに転がる顔には苦悶も絶望もなくただ疑問が残っていた。
電光石火の出来事の先には銀髪の男が獣の牙をむき出しにした笑みを浮かべていた。
「ひっ……!」
後ずさりする二人の背後で結界から脱出した吸血鬼がいた。
「いけませんね。恐怖で混乱するとは」
二つの悲鳴が重なったのは言うまでもなかった。
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