第10話 嗤う者

 記憶を、世界を遡る。

 この巨人が歩んできた生き様、歴史を読み取る。

 それは古い映写機のフィルムを分解したようにモノクロのコマを一つ一つ検分する。

 どれだ、どの記憶だ?

 この巨人が何者かの手引きでこちら側に来たが、まだ日は浅い。

 鏡界にのみ存在できる幻想種が自力でこちらに来ることは不可能だ。

 その手引きした奴と今回の件が繋がっている可能性が高い。

 目星こそついているが時間は膨大だ。

 何せこの巨人が生きてきた歴史そのものだ。

 こちらの世界に来た時間だけでも見つけるのは骨が折れる。

 その中で一つの映像に目が止まる。

 黒いフードつきのローブをまとった仮面の映像。

 詳しく覗くと三つの影とそれに跪く数十人の仮面をした人間たちの姿だ。


「時は来た古の秩序を新たに作り出す」


 高らかな宣言に仮面たちから歓声が聞こえる。

 どうやら、こいつが頭目か。

 隠蔽するための何かがかけられているらしく映るのはシルエットだけだ。

 しかし、この語り口。

 その場にいる人間を高揚させやる気にさせる力。

 宗教の創始者や政治家などが持つカリスマを感じさせる。

 カリスマの有無は幻想種において重要な要素だ。

 存在を高める信仰を集められる。

 神代はそうして人々を支配していた。

 古の秩序とは恐らく神代を取り戻すことだろう。

 だが、それはこの世界に暗躍する多くの幻想種の目的だ。

 あまり、参考にならないな。

 なんとかして連中の顔がわかれば手掛かりにはなるんだが……。

 勇人が他の記憶を探ろうとした時、映像が切り替わる。

 突然飛来した紅蓮の炎に自らを焼き尽くされる。

 そんなリアルな死を見た。


「く……」


 巨人を手放し急いでバックステップで距離を取る。

 直後、巨大な火の玉が巨人に直撃する。


「ギャアアアアアアアアッ!」


 立ち上る火柱は空を焦がし巨人の苦悶の叫び声が響き渡る。


「これは神の炎?」


 感じる熱量はこの世界の温度で測れるものではない。

 溶岩など比べるべくもない。

 太陽など生温い。

 この世界の全てを探してもこの炎を超える熱は存在しない。

 いるとすればそれはこの宇宙の外側だ。

 それが神の炎だ。

 これをまともに食らえばいくら勇人でも無事では済まない。


「どこからだ?」


 燃え尽きた巨人を無視して炎の出所を探る。

 確か、あっちから来たな。

 直線で飛んで来た仮定し、その方向に向かって走り出す。

 しかし、あるのは異常一つない結界に囲まれた天津邸だった。

 さっきの攻撃がこの結界の中からその前に反応するし通過したなら同様だ。

 当然、中に幻想種の反応はないし、あったなら舞がすぐに連絡を入れているはずだ。

 そもそも、炎が直線で飛んできたのかどうかさえこちらにはわからない。

 この霧の中では他の幻想種の正確な位置を探ることはほぼ不可能だ。


「くそ……」


 勇人は拳を強く握りやり場のない怒りを持て余しつつ踵を返す。

 歩いた先には黒炭になった巨人がいた。


「…………結局ほとんど何もわからずか」


 死者から記憶は読み取れない。

 仮に読み取れたとしても有益な情報をもたらしてくれるとは思えない。

 ただ、いくつかわかったことはある。

 一つはある程度の規模の組織であること。

 もう一つ、炎の力を持つ幻想種であること。

 そして、最大の収穫は。


「どうやら、一筋縄ではいかないようだな」


 勇人は消し炭の頭部を踏み潰す。

 消し炭は舞い上がり風と共に消えてしまった。



「まあ、こんなものか」


 天津邸の屋根の上にいる女は敷地の外を覆う霧に向かって呟く。

 この女は天津邸の侍女であるが本人ではない。

 侍女は屋根から飛び降りるとその姿が変わっていく。

 地面に着地するころにはその姿は一変していた。

 口元に髭を生やした奇術師風の男になった。

 工藤たちを狂戦士に変えた男は悠然と天津邸の柵に向かっていく。

 高さ数メートルはあろうそれを男は一足飛びで軽々超えると再び変化が起こる。

 着地すると今度は青年に変わっていた。

 年齢は十代後半ぐらい、身長は百八十以上はあろう長身に眉目秀麗。

 その容姿は女性を魅了する要素を多く備えている。

 天津邸を襲った男と同じ姿になってから


「かくして演者は舞台に上がり、ここに物語りは幕を開ける。しかし、これは人の世の終わりに繋がる序章に過ぎない」


 謡い終わると視線を別の方向に向ける。

 そちらにはまだ勇人がいるがその姿は常人には見えない。


「仕込みは終わった。後は花開くようにさせるだけ。さあ、始めようか、あの日の続きを」


 狂気を秘めた笑みを浮かべ霧の中に姿を消していく。

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